第一〇一話
ザキセルオンの見張り台兼灯台の中ほどに在る展望台。
私とクリスさんは据え付けられた窓から一面に広がる海を眺めていた。遠くの海岸沿いに西日を受け大気に霞む街並みが薄っすらと見えて、沖には小さくだけれど、ここと同様に船が多数浮かんでいる。そして木々に覆われた小高い丘の上に大きな建物が見える。位置的にシューロクロスとゲーノイエ伯爵の居城だろうか。
目に見える風景を観察していると、心を落ち着かせたのかクリスさんが口を開く。
「……カノン、さっき取り乱したりしてごめんなさい」
「私もまさか声を掛けてくるとは思いませんでした。それでも、問題無くやり過ごせたから大丈夫ですよ。クリス姉様の方こそあまり気にしないで下さい」
「そうね、ありがとう」
景色を眺め心落ち着けたのかクリスさんが謝ってきた。やり過ごせたって言うよりか見逃して貰えたって感じだったけれど。でも、まさかクリスさんが<赤服>に過剰反応するとは思ってもみなかった。
クリスさんは過去に赤服と何か有ったんだろうなぁ。ってのが雰囲気から想像は出来た。こーゆー時こそ<鑑定>なんだって思うのだけれど、特に親しい人間にはそんな無粋な真似はしたくないし、余計な詮索もしたくない。彼女の方から話して……貰えるか判らないけれど、それまでは黙っている事にする。
それに人間誰しも知られたくない事、言えない事だってある。私の様に実は中身が男で精神年齢六十オーバーな爺さんの転生者でした。なんて、この秘密は墓の下までも持って行くつもりだ。
少しの間だけ二人で展望台から黄色く染まった景色と黒い影が長く落ち始めた街並みを眺めていた。
「クリス姉様、遅くなる前に戻りましょうか」
「……そう、ですね」
ただ、オリガさんにはここでブリタニア正規軍<赤服>と遭遇した事を報告しておくべきだろう。そう考えながらクリスさんと二人して、口数少なく見張り台兼灯台を出た。若干、沈んでいるクリスさんのモチベーションを上げる目論見で、敷地内で観光地の名物なお土産っぽい小物を売っている屋台を冷やかしして、本日の宿である<新港>へ戻った。
丁度、馬車置き場、厩舎の方から、作業を終わらせて宿に向かおうとしていたサツキさんとばったり行き会った。
宿までの短い距離の会話。他の商隊の仲間達も各自作業が終えた順から晩御飯タイムに入ったと言っていた。まだ隊長であるシガート氏は最終点検をしているそうだ。クリスさんは私とサツキさんが親しそうに話している姿を変な顔をして見ていた。
そしてサツキさんみたいな恰幅のいい年上の人が好みなんですかってマイルドな表現で訊ねてきたのだけれど、如何やら私の好みが、気の良さそうな肉付きのいいおっさんである、と考えたっぽい。
ノーセロからザキセルオンに来るまでの間、ずっと一緒の馬車で移動だったから仲良くなるのは当然でしょう、お友達です。って反論しておいた。私は可愛い女子が大好きである。綺麗なお姉さんも可! おっさんなんて以ての外だ!! サツキさんは、そんな私の心の叫びを知ってか知らずかは判らないけれど、苦笑いを浮かべていた。
尚、サツキさんに関しては道中でちらっと探りを入れて聞いたのだけれど、彼は商人として店舗を構え一人前に成るまで所帯を持つ気は無いと、好みも同い年或いは年上の姉さん女房的なしっかりした女性がいいと言っていた。残念ながら各街々に現地妻は居なかった模様。
ついでに私の外見は可愛いけれど線が細過ぎると、もう少し物を食って身体に肉付ければ将来的に、更に男共から言い寄られるぞ、って有り難いアドバイスも頂いている。現状、俺は保護者、親父みたいな年齢だからその中に居ないけれどなって付け加えて。なので私も安心して会話出来る人間の一人として見ている。
私とクリスさんは、宿のフロントでサツキさんと別れて、自分達に宛がわれた四人部屋へ案内された。二階の外れに在る部屋ではオリガさんとイーサさんが冒険者装備を外して寛いでいた。私と、クリスさんは言葉少なに、展望台での顛末を報告する。
ローブを羽織った少年と赤い軍装を纏った集団、ブリタニア正規軍<赤服>の単語が出た時にオリガさんの視線がクリスさんに向いたけれど、その様子を見て何も言わずに話を聞いてくれた。
最後にシガート氏と情報の擦り合わせが必要だと頷いていた。シガート氏も商隊隊長として、何かしらの情報を得ているか探っているのかもしれない。部外者である私にそう云った情報が伝えられる事は無いと思うけれど。
一階の奥に在る食堂兼酒場へ移動して晩御飯を頂く。それぞれ賑やかに、商隊の仲間達は仲のいいグループ同士、護衛の冒険者に別れて席に着き食事と酒を摂っていて、中には離れた場所の仲間とお酒を酌み交わしに席を立つ者も居た。
それとは逆に、騎士達の席を挟んで奥の衝立の向こう側、恐らくマチルダ嬢が座っている席は、回りの喧騒から取り残された様に静かだった。
食後、本館の離れに在る大浴場で湯浴みをして旅の疲れを落とした。なんでも地下から温泉が湧いているらしく、泊り客以外にも有料で解放しているそうだ。近くに火山帯でもあるのだろうか、もしくは地下の岩盤を伝って流れて来たのか、等等の彼や是な考えが浮かんだものの、そんな事よりも、無心で温泉に浸かって楽しむべきだという考えに落ち着いた。うん、連日お湯に浸かれる幸せ。
入浴中。イーサさんが、クリスさんの胸が以前よりも大きくなっていると騒いでいたけれど、私からマッサージを受ける様になってから育ち始めた。なんて冗談を聞いて恨めしそうに私を睨んでいた。興味が有るのであれば験してみるといい、ふははは。
まぁ、正直、クリスさんと大体同じ様な食事を摂っているにも拘らず、イーサさんが薄いままなのを考えると体質的なモノでじゃないかな、なんて思ったりもする。
ちなみに私のは先がツンとした感じで、少し土台が出来たぐらいのまだまだ発展途上のままだ。ぶっちゃけ、さわり心地から、前世のお爺ちゃんなダラしない身体だった頃の胸の方が大きかった気がする。……ぐっ、くうっ!
そんな私達の姿をオリガさんは、持つ者の余裕を醸し出しながら、微笑ましそうに見ていた。
我が妄想……続き、でした。
読んで頂き有り難うございます。
更新は不定期でマイペースです。