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散文の後/南風  作者: 新辺守久/小珠久武
第〇九幕 使と笑う者
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第一〇〇話

 私達がザキセルオンの有料展望台で据え付けられた無骨な窓から外を見ていると、上階か屋上に通じる階段をローブを羽織った少年と赤い軍装を纏った集団が降りてきた。


 先頭を歩いているのは白い長髪を後ろで結んだ眼鏡を掛けた十代半ばぐらいの少年。ゆったりとした黒のローブを纏い、自身の背高せたけ以上の長さが有る先端に赤珠が嵌った、三十センチぐらいの部分でくの字に曲がっている杖を手にしている。


 その少年に続いて、赤を基調とした軍装と帽子、サーコートを纏った、なんとなく気苦労の絶えなさそうな中間管理職の幹部っぽいおっさんと、同様の格好をした数人の兵隊さんが歩いていた。


 雰囲気から、黒いローブの長杖を持った白い長髪の少年はルーリエ・セーブルと同じ宮廷魔術師かそれに近い者。背後の者達は、キルマ男爵家襲撃事件時に、ゲーノイエ家四男レイナードが着ていた赤を基調とした軍装と同じ。恐らくブリタニア帝国関係者だと思われる。


「仮にも君達は世界最強のブリタニア正規軍でしょ。取り込むなんて手間を掛けずさっさと力尽くで潰して改易すればよかったんだ」

「し、しかしですね、先任のセーブル様が辺境の開拓地は破壊するより、諜略を仕掛けてそのまま接収した方が効率がいいと申されて……」

「そんな甘っちょろい事やってるから穏健派に揚げ足を取られるんだ。まさかこんな辺境の地であの女がられるとは思ってなかったよ、まったく」

「……それよりも、本当に完全装備の大隊規模で追跡するのですか? 小官と致しましては戦力過剰と判断しますがー……」

「まぁ今更だよね。行き先は判ってるんだ。訓練がてらちゃちゃっと身柄を押さえて、ついでに仕事も終わらせるよ」


 彼等は会話を続けながら近付いてくる。クリスさんは夢中で窓の外を見ている。絡まれると面倒な気がしたので気付かないフリをしてやり過ごそうと、私も一緒に窓の外を眺めてる。そして通り過ぎる寸前、私達の背後で彼等の足が止まり、少年が声を掛けてきた。


「天然物の魔法使いが居ると思ったら、なんだ地元の冒険者かな? いいね、その溢れ出る魔力」


 はい、天然の魔法使いのご指名入りましたー。眼鏡を掛けた白い長髪の少年は私の魔力を感知した模様。気付かないフリは無駄な努力でしたー。


「どうかな、不安定な冒険者家業なんか辞めて僕の弟子にならないかい?」


 しかも弟子と来たか! 誰も居ない展望台通路で窓の外を眺めている私とクリスさん。それに声を掛けた少年とその一行。外の風景に夢中だったクリスさんも気が付いた様子で、無視出来る状況では無い。私達は背後に立つ少年一行に身体を向ける。


「……あ、赤服!? ブリタニア帝国軍関係者っ!!」


 そしてクリスさんのこの反応。よっぽど窓の外の景色が珍しかったのだろうか、想定外とは言え、最近の情報も踏まえて、旅先の穏健派であるシスイ侯爵の所へ向かっている事を考えて、少し警戒心を持って欲しいモノだ。


 それにここで推定宮廷魔術師とブリタニア正規軍の幹部っぽい人達を相手に余計なトラブルは避けたいと、何も知らない小娘を演じる為、咄嗟に彼女の右腕へすがり付く。


「く、クリス姉様ナンパですよ。ナンパ師が現れましたよ」

「か、カノン、こいつ等は……」

「まだ十一歳になったばかりの私に声を掛けてきたんです、ロリコンのナンパ師です! 危険人物です!!」


 うわっ、クリスさん過剰反応し過ぎぃ。一応、私達は穏健派の人間なんだけど好戦的だ。私が縋り付いている右腕が、腰にいた剣の柄に伸ばそうとりきんでいる。身体全体で抑え込んでいるけれど、ここは事を荒立てずにナンパ師やロリコンで流すんだとの意思を込めてクリスさんを睨むと、通じたのか判らないけれど腕から力を抜いて口を摘むんでくれた。


 クリスさんは気付いているのだろうか。<赤服>と叫んだ瞬間、目の前で取り繕った感じの表情で苦笑いしている少年の掛けている眼鏡が反射して視線が僅かに鋭くなった事に。後ろに居る気苦労の絶えなさそうな中間管理職みたいなおっさん達の雰囲気が変わった事に。流石、世界最強のブリタニア正規軍と云われる者達だ。


「…………」

「…………」

「……ろ、ロリコンとかナンパ師の意味が判らないんだけどー、方言か、何かかな? 弁明すると、今のところは、危険人物でも無いと否定しておくよ」


 無言の遣り取りのあと、少年が口を開いた。って、そうだった、この世界にロリコンやナンパ師って言葉が無かったわ。ロリコン、ロリータコンプレックスは少女、幼女趣味に変換、言い換えられるかな。でもナンパ師って何になるんだ? 遊びに誘う行為や軽薄な男ってなるのかな。判らないけれど、取り敢えず謎言語の勢いで少年の気が削がれてるっぽいので有耶無耶に誤魔化せた感じがする。


「ま、ま、ま。お嬢さん、そう身構えなくても大丈夫だからさ。僕も彼等は何もしないからさ、ちょっとした勧誘なんだからさ、は、はは」

「あ、アラウンド様。そろそろお時間が……」

「そうか、そうだね。うん。僕はダーニッチ・アラウンド。まぁ無駄かもしれないけれど、気が向いたらザキセルオンのゲーノイエ伯爵騎士団支部に訊ねておいで。じゃあ、この辺で失礼するよ」


 無駄かもしれないって言うか、クリスさんの行動で余り良い感情を持っていないと察したのだろう。一介の冒険者にしてはに過剰に反応し過ぎだ。有り難い事に社交辞令で声掛けされたぐらいで、深く問われなくて安堵しました。そんな思いで私は、今度は先程と違って聞き取れないトーンで会話しながら去って行く、彼等の後姿を見ていた。


 クリスさんは、彼等が階段を降りて行ったのを見計らって、私の肩を強く掴んで顔を覗き込みながら「絶対、絶対に誘いに乗っちゃ駄目だからね」って念を押してきた。その表情は過去に<赤服>に対してなにかしらのトラウマでも有ったのかってほどに真剣だった。


 彼女の気を紛らわせようと、手を引いて展望台の反対側、南側へ移動する。北側東側の街並みと変わって南側西側は海に面していた。西側は陽に照らされた海面がキラキラと反射して、空も赤く染まり始めていた。南側は、沖合いに前世の大航海時代を髣髴ほうふつさせる頑丈そうな木造の巨船。ガレオン船と言うのか戦列艦って言うのか、そんな感じの軍艦が数隻停泊、小船を使った人や荷物の積み下ろし作業をしていた。


 その風景をクリスさんと二人で眺めながら、心情的に他人の個人情報を覗き見たくなかったのだけれど、何か有ってからだと遅いと心に言い聞かせて、宮廷魔術師っぽい少年の<鑑定>したその内容を反芻していた。


 名前と出身地、所属。必要そうな場所以外は中略の流し読みで最後の方をチラ見した感じだと以下の通りになる。


<ダーニッチ・アラウンド。ブリタニア帝国アイズベリー出身。……―――……。……―――……。十七歳で魔弾の射手としてブリタニア帝国宮廷魔術師に昇格。……―――……。……―――……。百十六歳でルーリエ・セーブルの後を引き継ぐイーシン総督府へ派遣された植民化推進派の一人。……―――……。ゲーノイエ伯爵家一族を領都シューロクロスに軟禁、領都に戒厳令を公布する。同時にブリタニア陸軍を大隊規模で手配して近隣の主要地に部隊配置した。ゲーノイエ伯爵家長男が警備の隙をいて城塞都市ペンタグリムへ領都の救援を求め落延びた情報を受けて、その身柄確保の作戦行動中にカノンとザキセルオンで宿命の出会いをする>


 ダーニッチ・アラウンド百十六歳って、眼鏡を掛けた白い長髪の少年も若作りどころの話じゃない。ブリタニア帝国の宮廷魔術師って皆こうなのか? しかも私との宿命の出会いをするって最後の一文が不穏過ぎる。


 つか、ルーリエ・セーヴルの時にエンヤさんから発せられた例の言葉「一応はカノンさんの行動半径を基準にするので大丈夫ですよ」が思い出される。これは私が倒せと言われたブリタニア帝国に巣食う宮廷魔術師達に適用される言葉。


 それだけでもう敵認定になるでしょう、これ。

我が妄想……続き、でした。

読んで頂き有り難うございます。

更新は不定期でマイペースです。

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