「帝国の使節団」
「帝国の使節団」
ついにザムスジル帝国の使節団が到着する。
マドリードの規模に、余裕をみせるザムスジル。
しかし帝国宰相だけはアリアの政治力を見抜く。
アリアは無事この外交使節を乗り切れるか。
***
パラ暦2337年 5月27日。
マドリード首都シーマ。王城ハーツティスに隣接してある飛行場に、<サルベルク級>の巨大戦艦が姿を現した。その船体にはザムスジル帝国旗がはためいている。
ザムスジル帝国所属<グレンセシル>だ。
軍の戦艦だが、砲門には白い布が被せられ、戦闘意志はないことが示されている。
「ちいさい国だ」
戦艦の艦橋で、男がそう呟いた。
「この程度の小国ならば、我が帝国軍をもってすれば一ヶ月で征服できましょう、カミスラ宰相閣下」
「シア将軍。貴方の気勢と能力は十分分かっています。ですが、私はそう甘くはないと思いますよ」
ザムスジル帝国政府宰相カミスラ=ド=ナルイア侯爵。41歳という若さでザムスジル帝国の政治面を牛耳る男だ。風貌はザムスジル帝国人らしくなく、細面で優しく涼やかだ。一見すると温厚で礼儀正しい貴族男だが、ザムスジル帝国が行う内政、政略、権謀術数は、この男の頭脳から出ている。ザムスジル帝国は帝王と四人の地方公、そして全貴族が属する貴族院の頂点に立ち内政の頂点にある宰相……この6人が帝国を運営している権力者だ。
随行は十七将の一人シア=レ=ボーダン将軍。そして同じく十七将のレクス=ラ=フラサ将軍で、レクスは27歳の若き女将軍だが、その高い武勇と残忍さで周辺諸国を震え上がらせている猛将だ。しかし彼女は戦場以外では優雅で雅な女伯爵で、帝国内の華だ。彼女を連れてきたのは、相手が歳若い未成年の女王に配慮しての人選だ。一方シア将軍は軍歴30年、歴戦で老獪だが未だに戦闘意欲旺盛な猛将だ。
飛行場では、ザムスジル帝国を受け入れる用意が整っていた。
マドリードとザムスジル、両国の旗が掲げられ、飛行場には白い絨毯が敷き詰められている。
そして、正装したマドリード正規軍の1個大隊が整然と隊列を組み、ザムスジル帝国使者を出迎えている。その後ろに見たことのない同型のアーマーが10機並んでいる。
が……それだけだ。
他国がザムスジル帝国の重臣を迎えるときは、もっと国を挙げ歓待するか、過剰なほど警戒するか、不必要なほど武威を見せようとしたりする。どうもそういう具合ではなさそうだ。
<グレンセシル>が飛行場に着陸した。
その30分後……正装したカミスラ宰相一行が下船した。
マドリード側は、正装したザール元帥が一人出迎えに来ていた。
出迎えが一人……ということに、ザムスジル帝国側は一瞬不快感を覚えた。
だが……その直後、事件が起きた。
王宮のほうから、町娘のような質素な服を着た少女が駆け寄ってくるのが見えた。
それが、マドリード女王、アリア=フォン=マドリードだと分かったとき、ザムスジル帝国側はさすがに言葉を失った。
アリアは完全な私服だった。それも、王族や貴族の子女の服ではなく、ごくありふれた市民と変わらない服装だ。化粧も装飾品の類も何一つ身につけていない。
アリアは無邪気な微笑みを浮かべ、カミスラ宰相一行の前に立った。
「遅れて申し訳ありません。私がマドリード国女王、アリア=フォン=マドリードです。皆様のお越しを歓迎いたします」
「これはアリア陛下。お初にお目にかかります。帝国宰相カミスラ=ド=ナルイア侯爵でございます」
カミスラは口元に笑みを称え、胸に手を当て、静かに会釈した。
その時だ。
アリアは静かに片膝を折り、深く会釈を返す。
「…………」
これには、ザムスジル帝国側も驚いた。声には出さなかったが。
膝を折る会釈は、上位者に対する会釈だ。臣下の態度というに近い。
だが、不思議なことに、アリアの表情は屈託なく、声に服従の意志はない。
「初めまして、宰相閣下。遠い旅でお疲れでしょう。すぐに王宮の部屋にご案内しますので、まずはお寛ぎください」
「陛下。丁寧なお出迎え感謝いたします。頭をお上げください」
「すみません、こういう事に慣れなくて」
アリアは無邪気に微笑むと立ち上がった。そして王宮のほうを手で差す。
「何分世間知らずなものでして。それに田舎の小国です。皆様にご満足頂ける歓迎ができるかどうか分かりませんが、精一杯もてなしをさせて頂きます。今晩は私と夕食会の予定としていますが、それまでは自分の家だと思って何でも仰ってください」
アリアはそういうと、すぐに先導役として歩き出した。
カミスラ宰相の顔から、一瞬笑みが消えた。が、すぐにいつもの涼しげな笑みを浮かべ、アリアの後に続いた。
そして王宮前で、案内役をユニティアに引き継ぎ、アリアは一人政庁に向かって行った。来たとき同様、戻るときも取り巻きも護衛も引き連れない。
王宮には、先代から使われている賓客用の間がある。そこはアリアの意向とは関係なく貴族趣味が贅沢に施されていて、他国の城に引けは取らない。
カミスラ宰相たちが王宮賓客室に落ち着いたのは午後15時過ぎの事で、ユニティアが接待の任についているが、軍人や護衛の類はない。平和そのものだ。
部屋に落ち着いたカミスラ一行は、主賓であるカミスラの応接室に集まっていた。
「小娘らしい平和ボケした国だ。こんな国、我らだけで制圧できそうだ」
レクス将軍は一笑する。
暢気すぎる、と笑いたいくらいだ。
「わざわざ宰相閣下が足を運ぶほどのことはなかったのではないかね? あの小娘など、内心我らが怖くてしょうがないのではないか?」
シア将軍も愉快そうに笑う。
「忘れてはいけない。あの少女は、たった一年で20倍の兵力差を覆して国を奪い取った英雄だ」
「お飾りでしょ? なんて言いましたっけ? 凄く優秀な将軍が三人いるって聞いていますけど?」
「飾りではないよ」
カミスラは、用意されたシャンパンで唇を濡らしながら笑った。
「クレイド=マクティナスの報告書を見たが、革命戦はほとんどあの女王の頭脳から生まれ、実行された。それに、中々政治巧者だよ」
「ほう」
カミスラもただの貴族宰相ではない。この戦国時代のクリト・エ大陸で、帝国の進攻を支えている重要人物だ。人を見る目がなければ、この若さでその地位にはいない。
アリアは見事な演出をしてのけた。
アリアは過大な出迎えも、武威を見せ虚勢を張る手も行わなかった。そのどちらかの手をとれば、マドリードの内心を見透かされる可能性がある。だが高飛車に出て帝国の敵であると、現時点で思わせたくない。
だからアリアは、素朴な対応をすることにした。
出迎えは、自分が出るしかない。相手は宰相で、マドリードには同格の地位にある者がいない。しかし、女王が自ら正装し、臣下を引き連れ出てきた場合、応対は儀礼的なものにならざるを得ず、ザムスジル帝国側も相手が女王であれば下風に立たざるを得ない。
しかし国の規模としては、ザムスジル帝国のほうが上だ。
どちらが相手を立てて礼を行うか……そこから政治の駆け引きは始まっていた。
アリアは、そこは素直に自分が折れて、下風に立ち、頭を下げ歓待の意志を伝えた。
だが……アリアは私服で、臣下も連れず、ごく自然にそれを演じた。
女王としてではない。アリアは私人として礼をしたのだ。一方カミスラ宰相たちは正装し、公式な存在だ。
結局アリアの奔放さと無邪気さに飲まれ、カミスラ宰相は第一声を友好的な会話から始めざるを得なかった。戦闘でいえば、挑みかかる直前で気を抜かれた。これでは挑みづらい。
そして歓待するといっても夕食会だ。園遊会でもないし国賓として遇するわけではない。その意味ではザムスジル帝国など恐れてもいないし、その威も怖くはない、と言ってのけている。
これを高飛車に明言されれば、カミスラたちも面白くない気分を覚えただろう。だがアリアは無邪気と人懐っこさであっさりとしたものにしてしまった。現に政治眼もある2将軍は、アリアをただ無邪気な少女としか見ていなかった。
が、さすがにカミスラ宰相は気付いた。
しかし不思議と腹は立たないし、逆に感心した。
アリアは別に自分の腹芸が、知られても構わないと思っている。知られても効果は変わらないことを知っているのだ。政治手管の巧みな者でも、この領域まで辿りつける者が幾人いるだろうか。
……面白い対談になるかもしれんな……。
帝国宰相としては、マドリードなど歯牙にもかけていない。こういう政治ゲームを遊戯として楽しむ心の余裕があった。
「帝国の使節団」でした。
ここでザムスジル帝国宰相登場です。
敵の大物登場ですね。
とはいえまだ両国は戦争状態にはありません。
しかしいつかは戦争になるのは必須。
アリア様がこの問題をどう処理するか。アリア様の政治力が試される。
当分は戦争編というより政治編です。
平和主義のマドリードと真逆をいくザムスジル帝国の思惑は?
彼らの政治暗躍はこれからです。いくらザムスジル帝国でもいきなり戦争をはじめるわけではありません。
ということで双方の政治劇をお楽しみください。
これからも「マドリード戦記Ⅱ」をよろしくお願いします。




