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「マドリード戦記Ⅱ・女王動乱編」  作者: JOLちゃん
第一章
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「御前会議」2

「御前会議」2



マドリードの外交を決める御前会議が続く。

諸外国の情報を述べる重臣たち。

ザムスジル帝国の進軍行動は疑いようがない。

各国がその脅威を受ける中、アリアの決断は……?


***



「コクロス王国は論外です。あそこはもはや事実上ザムスジル帝国の属国です。ガエル共和国南部が帝国に抵抗しているので一応まだコロクス王国も国として体裁を保っていますが、ガエル共和国勢力が瓦解すれば、すぐにでも帝国に飲み込まれます。いや、ガエル共和国を完全征服する気になった時、価値のなくなったコロクス王国は滅亡します」


「つまり鍵はガエル共和国の反帝国勢力か」とザール。


「ガエル共和国は元々連邦制の国で各領領主も独立心が強い。国に対する忠誠心という

より自国領土に対する愛情というべきですが、その分帝国に対し反発心も強いのでしょう」


「ペニトリー少将。ガエル共和国とトメイル王国との国境の状況に変化はありますか?」


 この中ではグドヴァンス内務大臣の次に年長者であり国境警備司令官であるペニトリー将軍が次に指名された。これも居並ぶ重臣たちは内心意外に思った。ペニトリー少将は元国防軍将軍で唯一前政権の生き残りだ。アリアの革命戦に参加してはおらず、能力でいえば新進気鋭の若い将帥たちより劣るが、長年国防将軍を務めただけあり、軍での人望はある。


 ペニトリー少将の報告は、レイス大佐ほど明晰な分析はなく、「国境は平穏で現在脅威を感じるような動きはありません」と答えただけだった。


「しかし何故ザムスジル帝国はガエル共和国を一気に滅亡させず、さらにトメイル王国に侵略を伸ばすのか? 戦線を拡大されすぎて身動きが取れなくなるのではないのでしょうか? 帝国の行動限界は近いと感じますが?」


 東部方面司令カルレント=フォン=バーダック大佐が発言する。トメイル王国は彼の管轄になる。

 この疑問に答えたのはザールだ。


「帝国は、地道な統治ではなく、まずは破壊によって領土を拡大させる戦略を採っているのだろう。内政は二の次、まずは征服だ。一気呵成にこのクリト・エ大陸を恐怖で統一する、それが奴らの野望だ」


「それでは帝国内の経済が破綻するのではなくて? ザール元帥」


 この中で唯一の経済人であるガレット大蔵大臣がその帝国の動きに疑問を投げる。ザールは頷く。


「だから早急に支配領域を広げてしまうのですよ。侵略戦争を早く終わらせる事が連中にとっての経済対策です」

「どうしてそんなに侵略を急ぐのかしら?」


 軍人ではない純経済人のガレットには、侵略者の気持ちなど、これっぽっちも理解できない。


「大陸連邦の脅威に対するためでしょう。少なくともザムスジル帝国は真面目にそう考えている。現大陸連邦帝王チルザ=バトランは諸外国に軍を出し属領を広げる構想を持っている事はクリト・エでも知れ渡っています」


 チルザ=バトランの領土拡大計画は事実だ。そのための帝王直属特別軍……帝軍の設立だ。この軍事政策に異を唱え、大陸連邦からの独立を宣言したのがドロム、ソニア、ラルストームの三公国で、これが今起きている第一次世界大戦だ。この内戦で頓挫しているが、もし内戦が帝軍勝利に終われば大陸連邦のクリト・エ侵攻も有り得ない話ではない。


 大陸連邦は巨大だ。それに対するにはクリト・エ全土を掌握している必要がある。だからザムスジル帝国の侵攻は、急に速度を上げたのだ。


「大陸連邦がそこまで猪な戦争好きとは思えないんだけど?」とナディア。

「独立派を軍事力で捻じ伏せられれば、その余力と勢いをもって侵攻を続ける。ま、それが戦争馬鹿のザムスジル人の尺度で考えた世界情勢だ。傍迷惑だが、<違う>と教えてやっても聞く相手ではないしな」


 ミタスがそう自虐的に笑う。クリト・エの諸国にとってこれほど迷惑な話はない。


 他、何人かがザムスジル帝国の非道に文句を口にするが、意見というほどのものはない。


「経済はともかく、政治と軍事に関してはザムスジル帝国には優秀な人間が何人かいるのは事実でしょう。ザムスジル帝国は南、中央、北の三方から軍を推し進めている。噂では三軍がそれぞれ功を競い合っている。三軍を統括する大戦略とそれを率いる英雄というべき首領がいない事は幸いだが、その分三軍全てに対処しなければ帝国軍の侵攻は収まるまい」


 ザールがまとめた。


 遅かれ早かれ、マドリードもザムスジル帝国と敵対することになるだろう。それは間違いのない事実だ。


 だが、ここにきて一つ……ザムスジル帝国政府がマドリードに対し、外交使節の派遣を希望しているという事が問題だ。


 友好を求めてか、同盟か、それとも改めて宣戦を布告するのか。


「ザムスジル帝国の外交特使は、我がマドリードが北と南の侵攻に呼応し救援に動き出さないためのものだと私は考えます。牽制の意味もあるでしょうし、これを口実に我が国に宣戦布告する口実にするのかもしれません」


 アリアがようやく口を開き、そう宣言した。


「戦略面だけで判断すれば、ザムスジルのトメイル王国侵攻は利に適っています。これによってガエル共和国南部の残存勢力とコロクス王国は半包囲された形になります。主力軍が壊滅した以上、もはやこの二カ国は包囲を続ける余力でそのうち消滅します。トメイル王国は東が堅牢ですが北部はやや国力が劣ります。トメイル王国も二分される事でしょう」


 さらにアリアは続ける。


「南部のバルド王国は大国で、背後にはザムスジル帝国と交戦していない我がマドリードとトリメルン王国があります。ですが今やカルマル王国が消滅し、さらにコロクス王国が消滅すれば国境の多くがザムスジル帝国と接します。そうなればバルド王国も存亡の危機を迎えるでしょう。トリメルン王国とは小競り合いはありましたが、今はザムスジル帝国と友好関係にありバルド王国と仲はよくない。味方とはいえない」


 皆頷く。

 と、同時にアリアの慧眼と戦略眼に改めて感服した。

 やはり我らの女王は政治と軍事の天才だ。齢16歳の少女の見識ではない。



「アリア陛下は、いかにお考えで?」

「ガレット大臣。仮に我が国の現在の経済力、それに国家成長率を仮に年5%上昇するものとして……難民はどれくらい受け入れられるでしょう?」

「今の国力レベルだと10万が無難といったところでしょうか? 国内の雇用の調整もあります。慈善事業で受け入れたくはないですわ。仮に受け入れるだけならば20万までは可能ですが、国内の経済成長は低下し、国内治安問題や食糧問題に影響を与えます」

「ナイレック開拓大臣。簡潔に問います。今我が国は難民を国内開拓事業に回せますか?」

「はっ、陛下」


 ナイレックは端正な顔を持つ細面の庶民出身の大臣だ。元々シーマの大学院の経済学者で若いがマドリード国内の開拓事業の専門家だ。


「開拓民としての運用は可能ですが、3年はその場の利潤は見込めません。居住させる土地だけでいえば5万人以下であれば現状プランで対応できますが、それ以上だと食糧配給や職の問題もあり我が国ではとても難しいと言わざるを得ません」


 マドリードの国土は豊かで手のついていない入植可能な平地も多い。内戦の危険がなくなった今、開拓の手を広げる事は可能だ。ただし国土は諸外国よりも狭い。特にアリアが国を手中にして国民優先の経済政治を採っている。


 アリアはアダ奴隷を解放し、大きな労働源を得たが、奴隷と違い対価を支払わなければならない。今のところアリアは経済を活性化させ、国でそれを養っている。言い方を代えれば、アリアは国内の奴隷を全て政府が買い取ったといったほうが適切かもしれない。


 そしてここに難民も加わる。それだけ政府の扶養者が増える。


 ガレット、グドヴァンス、ナイレック、三氏がそれぞれ意見を交換しあう。


 総合すると、現状のマドリードで支障なく受け入れられる難民の数は5万人といったところで、それ以上は経済や国民の負担になる。


 <クグスの流民>は約2万3000人だと云われているが、ここの連中は武装難民で王女を有している。これを受け入れれば彼らは亡命政権を作るだろう。仲介したバルド王国との間に信頼感は生まれるが、ザムスジル帝国との戦争に巻き込まれる。そして亡命政権が出来れば、カルマル王国民が大量にマドリードに押し寄せる。彼らは財産や食料を持っているわけではないから当面マドリード政府が提供をする必要がある。


 そしてコルテンド=クゴーンのガエル共和国抵抗派と連携を受ければ、ガエル共和国やトメイル王国との連帯は強化される。そしてザムスジル帝国軍の敵となる。


 ザムスジル帝国は外交使節を出そうとしている。

 だがザムスジル帝国はマドリードと手を組みたいわけではない。手を出させないようにしてその間に周辺諸国を平らげ、そして最後にマドリードを裏切り敵となる。昔のマドリードならともかく今の新生マドリードは強固で最新機動部隊も有する強国だ。ザムスジル帝国といっても正面からはぶつかりたくはないだろうし、マドリードにまで手を出せばマドリードを軸に反帝国の防衛陣が出来上がるだろう。


 中央にあるマドリードが、丁度クリト・エ大陸東部の反帝国勢力の連携を防ぐ役割をしている。今の情勢を鑑みれば、ザムスジル帝国がクレイド=フォン=マクティナスを優遇した理由も分かる。クレイドはこの大包囲網の一角だったのだ。



 アリアは淡々とその説明を全員に告げた。



 どう転んでも、ザムスジル帝国は敵となる。


 問題は、それがいつになるかだ。今のところは敵ではない。



「私の判断は変わりません。このマドリードの平和です。ですが戦略なくただ安穏としているだけでは、それは維持できない」


「どこと手を組んで、ザムスジル帝国といつ敵対するかですか? アリア様」とザール。


「どことも手は組みません。今のところは」

「どことも?」

「私はこのマドリード一国でも、ザムスジル帝国と対等に渡り合える強国を目指します。そのためには、マドリード自身が戦略を選択できる立場を目指します。幸い現状マドリードは戦略的にどの国に対しても強い立場にあります。軽挙せず各国の動きと真意を見定める事が先決です。そのため軍と経済の強化を第一に進めます。それが私の方針ですが、一つ皆に伝えます。結果はどうなるであれ、まずはザムスジル帝国の外交使節を受け入れ接触します」


 その発言に、全員の顔色が変わった。一番ないと思われた選択だ。


 だがアリアは真面目だ。


「私……マドリードがザムスジル帝国と接触すれば、他の諸国が反応するでしょう。ガエル共和国やカルマル王国の本気がそこで分かります。それでもマドリードに、というのであればその時対応する。今は我がマドリードにとって、諸国がどう考えているか、それを見極めるのが一番の戦略です。甘く考えている者は相手にしません」


 皆、アリアが感情豊かで誰よりも心の優しい少女である事は知っている。


 だが感情には流されないし、特別ザムスジル帝国に偏った偏見も持っていない。現状分析は的確で冷静だ。


 やはりアリアのもっとも優れた才能は政治と軍事だ。その判断力は一切の若々しさはなく老練といってもいい。


 それにまったく手を打たないわけではない。


 ミタスとレイスは<クグスの流民>は水面下で接触する事。ガエル共和国コルテンド=クゴーンへの対応にはシュナイゼンを任命した。そしてガレット、グドヴァンス、ナイレックには予想される難民受け入れの予備準備を命じた。


 ザムスジル帝国との接触はザールだ。ザムスジル帝国はマドリードが誰を仲介者に選ぶか注視しているだろう。伯爵貴族で元帥であるザールであれば自分たちを粗略にしているとは思わないだろう。



 それらを命じ終えると、御前会議は終わった。



 このアリアの宣言に、全員背を正した。



 アリアは終了の宣言をすると最初に退出した。



 会議は解散となり、残された重臣たちも、それぞれ雑談をしながら解散していく。



 皆改めてアリアの政治能力の高さに感銘を受けた。そして一つ重大な事に気づいた。



 アリアはこの会議において、三人の人間に対し直接諮問を下さなかった。


 三人とは、アリアがもっとも信頼する<栄光の三元帥>、ミタス、ザール、ナディアだ。三人は状況に応じ発言する事はあったが、アリアから直接諮問を受けることはなかった。



 これは二つの意味がある。



 一つは他の重臣たちを引き立てるため。アリアの愛は三人が独占しているのではなく全員に向けられている、というアピールだ。その点新参だが軍事と外交の腕を持つレイスを最初に指名したのはアリアの妙だっただろう。


 そして別の見解をすれば、この三人はわざわざアリアが会議で諮問する必要がない、という事だ。聞きたければいつでも聞けるし、会議で話されていないアリアの秘中も、この三人はいつでも明かされる。だからこういう会議で発言を求めるまでもない。


 すでにナディアの<別館>の件で、この三人がアリアにとって私生活においても密着していることは皆知っている。これ以上の寵は和を乱す。だからアリアはあえて三人を指名しなかった。三人もそれが分かっているから、不快感はない。


 ただここまで見事に重臣たちに不快感を抱かせる事なく、かつ連帯感を持たせるよく運営できたのは、アリアの魅力以上に師匠の力が大きかった。



 現在のアリアの師……フィル=アルバードはその著書に書いている。



「政治において寵臣を公然と褒めることは人心混乱の元であり、派閥を生む原因となる。無言の信頼こそ最良であり、無言をもって理解される事が君主の善である」


 そして、ザムスジル帝国外交使節の一件も、フィルは言う。


「戦略の最良は敵を知る事である。敵の戦略の真意こそ味方の兵力を倍するに等しい。逆に敵の意図すら知らず自分たちの都合だけで立てる戦略は完璧には程遠い」


 その通りだろう。アリアたちはまだザムスジル帝国をよく知らない。


 最後にフィルは戦術論でこうも言っている。



「足掻く友軍は冷静をもって当たる事が最良である。溺れる者もはまず冷静ではない。意外に水深浅く足がつく場合があるし流れに乗れば問題ない場合もある。恐慌はどんなに心がけていても伝染する。重篤な外傷にも似ていて、壊死するのが確実ならば、その状態をよく見極めて患部を切除しなければ本体の生命が危険になる。本当の窮地には人は足掻かない」


 アリアもフィルの言っている言葉の意味は分かっている。

 しかし、ここまではっきり言い切る師匠の存在がいなければ、アリアの決断はここまで迷う事もなく冷静に下せていなかったかもしれない。


 これまで……革命戦も含め、アリアの天才としかいいようのない作戦や決断は独創が多く、その成果は保証されることはなかった。しかしフィル=アルバードの存在は、アリアにとって貴重な教科書であり心の支えだった。


 覇道という孤独で暗い一本の山道を進むアリアにとって、フィル=アルバードは貴重な月明かりであり地図だ。


 孤独は変わらないが、僅かに道の先を示し、滑落の危険を教えてくれる。



 こうして、歴史は少しずつ動き始めていた。



「御前会議」2でした。


今回は御前会議の後半です。

改めて確認するまでもないですが、ザムスジル帝国の侵略は諸国に迫っています。

マドリードだけはまだザムスジル帝国と交戦していません。

しかしザムスジル帝国の意図が大陸統一である以上、いつかは敵となる相手です。

ただまだマドリードと帝国は戦闘状態にはない。

アリア様としては、諸外国とどう付き合って、ザムスジル帝国と対して行くか……それが彼女の手腕と政治問題です。


というカンジで、しばらくは戦争編というより政治・外交編になります。

そして、次回はついにザムスジル帝国の使節がやってきます。


アリア様はどうするのか。

登場人物がこれから多くなってきますので、覚えるのが大変かもしれませんが、できるだけ丁寧にか解説をいれていきますのでよろしくお願いします。


これからも「マドリード戦記Ⅱ」をよろしくお願いします。

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