「三元帥の呟き」
「三元帥の呟き」
恋に憧れるアリア。
それを見守るミタス、ナディア、ザール、三人の元帥。
彼らだけは、アリアの恋の相手を知っていた。
だが、その恋が叶わぬ願いである事も。
***
「そんなにいい男なのか? その公皇子様は?」
<別館>で、ふとミタスはナディアに聞いた。
ナディアは笑うと「これ秘密だからね」と自室から一枚の写真を取ってきてミタスとザールに見せた。
大陸連邦では普通に手に入る写真だ。
それを見たミタスとザールは最初、無言だった。
上半身だけが写っている。長い銀髪は背中まであり、アイスブルーの瞳は輝いている。
どうみても18歳くらいの絶世の美女だ。
「公皇女じゃないのか?」
「あたしも同じ事言ったわ」
「男には見えないな」
「こう見えて、あたしやミタスに負けないぐらい剣術が達者。信じられないけどね」
この美女にしか見えない公皇子が、あの屈強なクガート中将を打ち負かしたのだ。つまり剣の腕はマドリードが誇る最強の二人より上かもしれない。それも軍に入る前の16歳の段階で。
「しかし少し新鮮だ。アリア様も年頃の少女だったのだな」
まさかこんな出来すぎた美形を好きになる俗的な面があるとは、とザールは苦笑する。これはザールなりの冗談で、本当に心を射止めたのは彼の聡明さであることは三人とも知っている。
ナディアは写真を握りながら、天井を見上げた。
「なんとか……叶えてあげたいんだよ。アリア様の恋」
「……それは……そうだが……」
「身分は、合ってるよね?」
相手は公皇子、こちらは女王だ。確かに身分は近い。
だがザールは首を横に振った。
「難しいだろう」
「どーして?」
「二人とも長子だ。国の継承権がある。国は捨てられまい」
「どっちも英雄様だしな」
国を代表する英雄が、他国には嫁げない。
これが平和な時代でお互い兄弟姉妹がいて……ということならばまだ望みがあったかもしれない。
しかし二人とも長子で国を継がなければならない上、他に代わりがいない。フィルは唯一生き残ったソニアの公皇子で、アリアは長子でクリスもティアラも歳が離れている。国を続けるためにはアリアの場合婿を取る事になる。さすがに大国ソニアの公皇子が国を捨てないだろう。
「せめてクリト・エ大陸の国であったなら可能だったかもしれないが」
クリト・エ大陸同士であれば国と国との結びつきのため政略結婚という形は取れる。両国は合併してもいいし、同盟国として連携もできるし国民も納得する。女王の結婚対象としては穏当なところでもある。
が、大陸が違うとなればそうもいかない。
それを聞いたナディアは黙った。
「アリア様……いい結婚してほしいんだ。こんな時代だもの」
「今年で16歳か。そろそろそういう話も出てくるな」
この時代は17歳成人だ。女子は15歳から結婚できる。
「だってアリア様だよ? 自分は国と結婚しました、とか平気で言っちゃうよ」
「それは……いいそうだな」
ミタスも苦笑する。そう答えるアリアが目に浮かぶようだ。
ナディアの思いも分かる。
アリアが恋など、そんな話が今後ある気がしない。
アリアは自分の事と国を天秤にかければ国を取る。あの女王は必要なければ結婚などしないし、利があると判断すれば嫌な相手との政略結婚も選択するだろう。
これが、アリアにとって最後の恋となるかもしれない。
少なくとも、今世界でアリアの才覚に匹敵する同世代の人間は、確かにフィル=アルバードだけかもしれない。
「じゃあ、さ。大陸連邦の戦争が終わって……あたしたちがクリト・エを統一したら……アリア様、フィルって公皇子と結婚できるかな?」
「…………」
一瞬……ミタスとザールは沈黙した。それは重要すぎる発言だ。
だが、言った当人はそれほど真面目にいったわけではない。
「それなら夢はあるよね。アハハハッ♪」
あくまで座興のようだ。
だから二人も座興に付き合う事にした。
「せめてクリト・エの半分を手に入れれば……そうだな、大陸連邦の戦争がひどくなって、その公皇子が亡命でもしてきてくれれば、夢は叶うかもしれん。意外に現実味があるぞ? ナディア」
「半分あればな。逆に反帝軍が勝利すれば三カ国は大陸連邦から離脱独立する。そうすれば東の大陸連邦を牽制するため、俺たちクリト・エの存在が大きくなる。そうなりゃあ、その公皇子も考えてくれるかもしれないぜ?」
「うんうん。ええっと……二人は一歳違いだから、丁度いいよ。美男美女でお似合いだし。うん、三年後くらい? 年齢的にはぴったしだね」
そういうと三人は笑った。こんな話は、この<別館>でしかできない。他が聞けば仰天するだろうし、それがマドリードの新しい目標かと誤解するだろう。いや、それを真に受けて侵攻作戦の立案くらい始めるかもしれない。
「それよりナディア。お前のほうが結婚適齢期だぞ? 相手はいないのか?」
「んー……いないンだよね~。ま、あたしは一生アリア様の傍にいるつもりだから男なんてどうでもいいんだけど」
ナディアは笑いながら答える。ナディアも今年19歳だ。軍の中では抜群に人気はあるが、可哀想なことに元帥という最高位の立場があって、ナディアに言い寄る勇気ある輩はいない。
「我が軍の男どもは腑抜けだな」
とザールは笑った。
「……腑抜け……か」
ミタスも笑った。この調子では、我ら同僚の花嫁姿は、もしかしたら我ら主君より難易度が高い事なのかもしれない。
……ミタスは、この日の座興を、終生忘れなかった。
時に、座興は現実となる。言葉にする怖さを、この時はまだ知らない。
思えば、この時期の彼らが一番平和で長閑だったかもしれない。
クリト・エの激動と動乱は、すぐそこまで迫っていた。
「三元帥の呟き」でした。
アリアの恋話編のまとめのような回でした。
まぁ、相手がフィルさんだとちょっと成立しそうにないですしね。身分ではなにく大陸が違うのはさすがにどうにもならないし、相手は今戦争中ですし。
しかし、アリアがクリト・エを統一したらその可能性はあるのか?
これからの動乱編を予兆させるような会話です。本人たちは座興ですが、やがてこの話は現実になっていきます。もちろん恋のためではなく、正義のためです。
とりあえずフィルさんの存在がアリア様にとって大きなもの、という事が分かってもらえればこのエピソードは役目を果たせました。
そろそろ諸外国も動き出します。
本格的に戦国編突入です。
これからも「マドリード戦記Ⅱ」をよろしくお願いします。