「天才公皇子の誕生」
「天才公皇子の誕生」
アリアは恋をしていた。
それはあった事もない医大な天才英雄、フィル=アルバード。
ついに、史上最高の天才、フィル=アルバードが歴史の表舞台に登場する。
フィルの存在は、アリアにとって心の中での師匠でもあった。
ここに二人の英雄は出会う。
しかしフィルはまだアリアを知らない。
***
この時期、マドリード政府内で、アリアには秘密で密かに語られていた案件がある。
むろんアリアの事だ。
アリアが恋をしているらしい……という話だ。
確かにアリアの様子は「恋する乙女」のような甘い雰囲気を漂わせている事がある。時に一人で楽しそうに自室に篭り、声が弾む。その事を重臣たちがからかうと、アリアは頬を真っ赤にさせていかにも初心な村娘のように否定する。恋愛を知る大人たちは、そのあまりに素直な反応を見てこっそりと笑みを零す。
が、アリアは村娘ではない。女王だ。相手が問題だ。
観察するかぎり政府内の人間ではなさそうだが、だとすれば誰だろう? だが優れた重臣たちも、我らの女王が誰に心を奪われているか分からない。それが判明すればきっと大騒ぎになるだろう。
信頼厚い三元帥だけは、相手が誰か知っていた。
が、特に行動することはない。
騒いでもどうにもならない相手だ。
相手はフィル=アルバードなのである。大陸連邦ソニアの公皇子だ。
アリアのフィルに対する尊敬は、もはや恋慕になっていた。実際に会えない分、その想いは強いのかもしれない。
アリアにとって、初めて心から尊敬できる人物だ。
ヴァームからフィル=アルバードの第一次大戦への凄まじいデビューと活動を聞いた事が、よりアリアの興味と尊敬を受けることになった。
ここで多少フィル=アルバードの歴史への登場について紙面を割きたい。
彼もまた、悲劇の中から生まれた。
2336年6月、ソニア国内の大公別荘地ルキアを帝王軍特殊部隊が襲撃し、ソニア公国王アルゼント公と二人の公皇女が殺害された。後に「ルキア暗殺事件」と呼ばれる事件だ。公皇子であるフィルも襲われたが、彼は一人で奮戦し、ドロム公国ミック公とソニアの救出部隊によって保護された。この時フィル=アルバードは16歳だ。
フィルが凡人と違うのは、救出後復讐に怒り狂うのではなく、冷静にソニアの国権を先に握り、軍の統帥権を掌握すると、事件を世界に公表し、一気にソニアを独立支持派に塗り替えた事だ。彼はいきなり政治家になった。
まだソニア国内には大陸連邦の飛び地の領地と反独立派が存在したが、一ヶ月という短期間で国内を平定した。復讐より国が侮辱された事を前面に出し、一気に戦時体制を整えた。彼は国として帝王に復讐することにしたのだ。目先の復讐は考えなかった。
すぐに戦時法を制定しソニア政府を強固な体制にしたところで、フィルは大公に即位するかと思われたが、彼は統帥権だけ握ったまま大叔父であるミレット=ファフリート侯爵を宰相に任命し、ソニアの内政権を委託し、本人は一少尉として反帝軍に飛び込んだ。
フィルは知っていた。今ソニア国内を纏め上げるには英雄が必要であるという事を。そしてただ顔が綺麗なだけの公皇子を、今は必要としていない事を。そして将軍ではなく一少尉になり手早く功績を得る方法を選んだ。
フィルは反帝軍の機動部隊の小隊を任された。僅か7機である。フィルはこの7人を徹底的に指導し、鍛え上げ、そして9月、北のカンベルト公国で発生した<ソウサ会戦>でアーマーによる電撃作戦と集団戦術を駆使し、劣勢であった反帝軍を勝利に導いた。このフィル貴下の7名は、後に<伝説の七騎士>と呼ばれ、全員卓越したエースパイロットとして勇名を馳せる事になる。
フィルは、自分と貴下7名を、最強のアーマー小隊として作り上げたのだ。
その後各戦線において、このフィルの小隊は考えられない戦果を上げ、その戦闘力は一師団以上と称された。フィルの新戦術、そしてフィルが搭乗する世界最強のオリジナル・アーマー<ギャム・バード>は、すぐに両軍にとって軽視できない存在となった。
フィルは自分の強さを戦術兵器として運用し、前線で敵を殲滅した。世界で一機しかない<ギャム・バード>の強さは、誰の目から見ても衝撃で、そしてずば抜けた戦果を挙げた。僅か三ヶ月で、フィルが倒した敵アーマーは100を超え、飛行戦艦は9隻撃墜し、粉砕した部隊は二個師団を超えた。フィルはまず、自身の有能さをソニア国民に示し、ソニア国内を一丸にさせたのだ。その発想は常に先陣に立ち兵士を鼓舞したアリアと類似している。ただフィルがアリアと違ったのは、大会戦だけでなく小規模作戦に対しても自分と自分の部隊を容赦なく使った事だ。マドリードでいえば、アリアの役とナディアの役を一人でこなした。
反帝軍の30%はソニアからの志願兵だ。フィルの活躍は彼らの誇りであり、彼らの立場の強化に繋がった。
フィルはソニア軍に対してだけは統帥権を持っている。ここがフィルの巧妙なところで、基本戦略はドロム、ソニア、ラルストームからなる連合反帝軍の司令部の指揮を受けるが、部隊長の作戦範疇である小規模戦闘の場合、フィルはソニア軍を引き抜くと、臨時的な大部隊を組織し、それを指揮して勝利を重ねていった。
最初はフィルの独断に眉を顰める連合司令部将帥もいたが、すぐに考えを改めた。フィルさえ動けばその方面は必ず勝つのである。兵士たちは絶対の信頼をフィルに抱き人気は圧倒的だ。そしてフィルはソニア出身の兵以外からも支持を受けるようになった。基本カンベルト戦線は反帝軍が劣勢だが、フィルの行くところだけは常勝で命が救われる事も多い。彼らにとってフィルは勝利と同義語なのだ。何より彼が指揮する<伝説の七騎士>は、ドロムとラルストームの出身でソニア人はいない。そしてどれほど功績を挙げてもフィル自身はさほど昇進せず、功績は全て部下や共同した部隊にあげてしまう。実際は中将扱いの中尉。だがそれが兵士たちにとって評判が高かった。こんなに偉ぶらない公皇子はいない。ドロムやラルストームの公王族や上級貴族はいきなり佐官や将官で前線の苦労は知らない。だがフィルは少尉から始めて兵士たちと共にいた。こういう点もアリアに似ているが、アリアより徹底している。そして本部からの作戦指揮に異は唱えない。基本的には上層部には従順だった。ただフィルは狡い。フィルの功績に対し上層部が嫉妬し反感しようにも、彼はソニアの大公(就任式はしていないが)で、反帝軍にとってソニアは最も重要な補給と経済を受け持っている。フィルの不興を買いそれらが停止すれば、反帝軍そのものが機能不全になるのだ。その事をフィルは知っているが、口に出したりはしないから司令部の評判もいい。
これだけ前線で獅子奮迅の大暴れをしていてはソニアの内政など出来ようはずがないのだが、驚くべき事にフィルは重要な内政決断をこの状況下で下し、内政の監督もしている。ちゃんと専任の情報部を組織し、絶えず報告は受けているのだ。アリアも同じことをしてはいたが、国の大きさが違う。ソニアは国力ではザムスジル帝国より上で、経済力はマドリードの六倍以上ある。彼は前線で戦争しながら事実上ソニアを統治した。彼には政治補佐官も軍事参謀もついていないのだ。何故一人でこれが掌握できるのか、誰も理解できなかった。
英雄や天才……という言葉では片付けられない。
惑星パラの歴史が生んだ、化け物のような巨大な天才の出現だ。
フィル=アルバードの名前は反帝軍にとっては勝利のシンボルであり、帝王軍にとっては疫病神以上の存在であった。帝王チルザ=ヴァトランは、帝王の座を競った大公アルゼント=アルバードの才覚を恐れ、ソニアを敵に回しても利はあると暗殺に踏み切ったが、本当に殺害すべきはフィルであった。むしろ大公アルゼントを暗殺したことでフィルの枷は消え、この史上最強の天才に自由な裁量を与える結果となった。なんとも皮肉な話だ。だが肝心のフィルは前線を忙しく飛び回り、もはや暗殺は叶わず、大軍を差し向けても簡単に撃退されるか逃げられる始末とくれば、手のつけようがない。
大戦後期「フィル=アルバードをみたら逃げろ。相手にするな」という尋常ではない命令を、帝王自ら下すに至る状況は、僅か一年ですでに現出していた。
このフィル=アルバードがどこまでも救いのないのは、本人は公皇女説が強く信じられるほどの歴代の美姫も霞むかというほどの美貌を持つくせに、誇りもせず気取るでもなく生活も食事も質素で、娯楽は本を読む事くらい。戦争においてはどこまでも巧者で敵を倒すが捕虜には優しく残虐な話はまったく聞いた事がない。その上反帝軍最強の剣術使いでありシャーマン・マスターであることだ。ここまで完璧が揃うと余人は笑うか沈黙するしかない。
これだけの存在となれば、反帝軍だけでなく大陸連邦全土でもその評判は聞ける。
この話をヴァームから聞いたアリアは、最初笑って信じなかった。
反帝軍の政治宣伝だと思った。
その後、ガルゼンフ=アドーが最新鋭戦艦にのってやってきたとき、フィルの新書と彼の話を聞き、そして新書に目を通したとき、アリアは巨大な天才が実存することを悟った。
本を読めば分かる。フィルの思想と真意、そして知能の高さを。
フィル=アルバードが、英雄や天才を求めている事も。
そう、彼が難解な戦略本や政治学の本を惜しみもなく出版しているのは、この本の中に隠されたフィルの真意と政治哲学を理解してくれる仲間を求めているからだ。
それを理解した瞬間……アリアにとってフィルは師匠であり、同志となった。そして、このフィル=アルバードなら自分の運命や立場を理解してくれる……そう思ったとき、アリアにとってフィルは唯一の理解者となった。
大陸は違えども、史上最高の若き天才二人が、邂逅した。
アリアの感激は、やがて恋慕に近い憧れに変わった。
アリアは知った。
この人は、自分より優れている。
きっとこの人の本当の凄さを理解できるのも、全世界で自分だけだと。
これはもう、恋といっていいかもしれない。
余談だが……今現在……未来の我らにおいてもフィル=アルバードの残した書籍から彼の意志や哲学を読み解く研究は続いている。我々は、恐らくアリアがたどり着いたであろう領域までは研究で分かってきている。
ただし、我々歴史家にはガイドがついていることを考慮しなければならない。我々は遠い未来からフィル=アルバードの残した業績と、アリア=フォン=マドリード=パレが残した業績を知っている。我ら歴史家の答案は半分出来上がった状態なのだ。
そしてアーガス=パプテシロスという、もう一人の偉大な英雄が、フィルの直接の弟子として後世のため回答し、その真意を立証してくれている。
フィル=アルバードの戦略と戦術、政治哲学、経済理論を、読書しただけで完全に理解したのは、恐らくアリアとアーガス、そして辛うじてもう一人挙げるとすればパゾの天才軍略家にして戦争奇術師の異名を持つカリウス=レッドくらいで、これだけ英雄豪傑天才を輩出した、この<英雄群雄時代>でも僅かに三人だ。
そして、即座に理解した……ということだと、アリアしかいない。
これが運命の出会いといわず、何というべきだろう。
もし二人がこの時期、直接会っていれば、本当に歴史は変わっていただろう。
フィルも、もしアーガスと出会う前にアリアを知ったら、どうなっていたか。
だが二人はお互いを知らない。
しかし……アリアの人生は変えた。
アリアの飛躍と成長の一端は、確かにフィル=アルバードが担っている。
ただし……アリアの人生の最後に対する相手もまたフィル=アルバードであった。それはまだ、先の話である。
「天才公皇子の誕生」でした。
今回はほとんどフィルさんについてです。
ご覧の通り、フィルさんは天才です。政治と軍事の天才で、その影響は大陸連邦全土に広まっています。
アリア様と人生は似ていますが、フィルさんのほうがより大規模で戦略的です。
まぁ、大陸連邦の公皇子であり、ソリアはマドリードの10倍ちかい国力を持つ国なので、そこはアリア様と違いますがアリア様と違うのは、味方だけでなく敵にまでその天才が畏怖されている事ですね。フィルさんが化け物的天才であることを誰も否定できないレベルです。
アリア様が劣っているというより、フイルさんはアリア様より上の次元にさっさと進んでしまった人というカンジです。
フイルさんはこの後大陸連邦で起きた第一次大戦の泥沼の中に入っていくので、実際本人がクリト・エに現れることはないので、直接アリア様と会うことはないです。
ただ、今回あえて紙面を割いたのは、フィルさんの活躍が後々クリト・エの戦国時代にも影響を及ぼしていくからです。
ということでフィルさんの名前や活躍は今後時々出てきます。
こうして時代は動き始めています。
これからも「マドリード戦記Ⅱ」よろしくお願いします。