救世主
んあ?今なんか聞こえたような…。気のせいか?
『聞こえているのか!死にたくなければさっさと頭下げて地面に伏せろ!』
「はいぃぃい!死にたくないです!生きたいです!伏せます!伏せます!」
地面に伏せようと頭を下げた瞬間、風を切る音と同時に俺の頭スレスレで何かがトラックマめがけて飛んでいった。
「グギャン!」
それはトラックマに命中した。よく見ると電気をまとった槍だった。バチバチバチとその槍は電気を放出し始める。
「そのまま伏せていろ!」
なんだこの女は…、偉そうにしやがってぺろぺろしてやろうかこんちくしょう!
いきなり命令口調にカチンときたその瞬間、トラックマを中心に爆発が起こった。
「うぉぉっ、爆発すんのかよ!」
俺は爆風で5m程吹き飛ばされる。ごろごろと地面を転がり、服は砂だらけだ。
何回吹っ飛ばされんだよ…ちくしょう!
「……ガ……ァア……」
爆心地を見るとトラックマは倒れていたが、かろうじて生きていた。しかしもう虫の息である。
……どんだけしぶといんだよコイツ。
とトラックマの耐久力に感心していると、槍の主が近づき喉元を切り裂いて止めを刺した。
まじですか…。どんだけ強いんだこの女。ぺろぺろするぞとか言ってごめんなさい。ほんとすんません。芋虫になります。
「さてと、色々聞きたいことがあるが……」
そう言って振り返った女を見て、俺はハッと息を飲んでしまった。出るとこはでてスラッとした体型。髪は茶色で肩ぐらいまでの長さ。何よりもご尊顔は今まで見たことないくらい綺麗な顔立ちだった。何かの防具は付けているが、槍を持つその姿はとても美しかった。
「ですよねー。俺も聞きたいことが色々あるんですけど」
そんな圧倒的美人の人間を見て、俺の心は昂りを忘れなかった。
「なんだ、言ってみろ」
「パンツってはいてます?」
まるで俺が次に何を言うのか予めわかっていたかの様に、瞬時に間合いを詰められてお腹を殴られた。
「おぶしッ」
そしてその勢いを殺さず、またまた後ろの木々に吹き飛んでいった。ぱらぱらと俺がぶつかった衝撃で葉っぱが落ちてくる。
「吹き飛ぶ趣味でもあるのか?」
「…お前が吹っ飛ばしたんだろがボケえぇ!」
「割りと元気じゃないか。結構本気で殴ったのに」
「これが元気に見えるんかボケえぇ!」
そう返した俺の姿はずぶ濡れの上砂まみれで、着ていた服は所々破け、そこかしこ血が滲んで見るからにぼろぼろの格好だ。
「それだけ吠えれたら十分だ。そんな事よりも、お前は何者だ? なぜここにいる? ギルドの者か? それに、そんな装備でバギュラに挑むとかバカなのか?」
ギルド?なにそれ?てかなんか上から目線すぎてカチンときちゃったよ僕ちんぷんすか。しかし俺は大人だ。ここはぐっとこらえる。
「あのぉ、バキュラって何すか? あそこで死んじゃってるトラックマの事っすか?」
「バギュラだ!普通知っているだろ!それにこの地域は封鎖されているはずだ!なぜこんなとこにいる、答えろ!」
あーダメだ。この子、異世界に来て冒険してたらこんなとこにいました♪てへぺろ。とか言って信じてくれそうな子じゃないよな。というか、またパンチを貰いそう。何て言ったらこの血の気が多い姉ちゃんは信じてくれるのだろう。うーん。
「何をしている、はやく答えろ!」
凄い剣幕で槍の剣先を向けてきた。
「うぉお。わかった、わかった。わかったから!話すからまずその槍を下ろしてくれ!」
「ふん、はじめからそう素直になればいいんだ」
「いやあんたがまくし立てて自分で暴走したかr「はやく話せ」
……はい、すんません」
なんだこの女無茶苦茶すぎるだろ。怖いよぉ。ママァ。
それから、俺は長い時間をかけてここに来た経緯を話した。
「なるほど。お前の話をまとめると、朝起きたら何故か違う世界にいたと。数日は暮らしていたが水分が無くなりこの湖にきた。そこでこの獣に襲われて今に至ると…」
「いえす、いえす。まじその通りっす。まじリスペクトっす姉御」
チャキンっと金属音が鳴り響き、再び喉元に剣先を向けられた。
「そんな世迷い言を信じるとでも思ったのか!? 本当の事を言え!さもないと殺す!」
目が本気だよこの子…。
「ふっふっふ…。バレては仕方がないか。…そうとも、何を隠そう俺はパンツハンターなのだ!」
風が通り過ぎ、俺のすぐ横の木が粉々になった。俺の冗談が通じず、あと数センチ違えば腕が文字通り吹っ飛んでいたかもしれない。
「わわわわわかった、わかった、ちゃんと話すから落ち着いてくれ!ていうかその話は嘘じゃない!全部本当だ!なんなら家まで案内するから!それから煮るなり焼くなりぺろぺろするなり好きにしてくれ!」
「…本当なんだな?」
「え?ぺろぺろしてくれるの?」
バコーンと今度は本当に殴られた。
「げぼあっ」
とても痛い。あ、鼻血でてきた。大の字になって倒れていると胸ぐらを捕まれて無理やり起こされる。
「はやくその家に案内しろ」
「…へい、隊長」
いたぶる趣味はあってもいたぶられる趣味はない!だけどこんな綺麗なお姉さんに痛めつけられるのも悪くないな!ぶひひ
「何気持ち悪い顔をしているんだ、はやく行け」
「あいあいさー!あ、その前に水を汲んだカバンを取りにいってもいい?」
「好きにしろ」
好きにしろだってー。かっけぇ。ぶふふ。でも、とことん可愛くないよなこの子。顔はめっちゃ可愛いのに…もったいない。
年は俺とあまり変わらないぐらいかな。てかこいつ彼氏いるのかな?ぺろぺろしたいな。っといけね、いけね、俺には大事な彼女がいるんだ。…もう会えないと思うけど。
「怪しい動きはするなよ!少しでもそんな気を感じたら、躊躇わず殺すからな!」
「はいはい、わかりましたわかりました。何もしませんって、そろそろ信じてくださいよ」
エナメルバッグを拾い、少し歩いたところで物騒な事を言ってきた。この茶髪は俺のすぐ後ろに一定の距離を保ちながらついてきている。槍は何かの魔法で消したが、今は俺の包丁を持っている。危ないので没収されました。
白色の服に黒色の防具。とても動きやすそうな格好だよな。こういうのって、ライトアーマーっていうのか?
「ところでさぁ、茶髪のおねいさん」
「なんだ? それと、茶髪はやめろ」
「それでさぁ、茶ぱってぃ」
「おい」
「名前何て言うの?」
「はぁ…仕方がないか」
何が仕方がないだぺろぺろするぞ!
「私の名はレイラ・ディルグレイだ。お前の名は?」
うわ、本当にファンタジーっぽい名前だよビックリ。
「……ユウだ。それだけ」
別にそれだけってことはないけど、あんな格好良いファミリーネーム出されたら、何かナカタってショボく感じて…。ごめんね、おばあちゃん。
「レイたん、さっきの槍ってどうやって消したの? やっぱ魔法?」
ふと疑問に思った事を聞いてみた。
「変なアダ名で呼ぶな!…まあいい、これは空間に物を入れておくリプトという魔法だ。空間の大きさは人の魔力によって違ってくる。この魔法を使える者は少ないが結構便利だぞ? 武器の他にも色々な物を入れておけるしな」
「へぇ、そんな魔法もあるのか!凄いな!電撃飛ばしたりするだけじゃないんだな!」
「お前はどんな魔法を使うんだ?」
「え、使えないけど?」
「はあ!? 嘘をつくな!今の時代魔法を使えない奴なんていないぞ!」
え?まじで!?うわっ、いいなぁ。俺もこの世界に産まれたかったなぁ。産まれながらにして魔法バンバン使えたじゃんちくしょう。
「だぁかぁらぁ、俺はこの世界の人間じゃなくて、魔法も何もない世界からきたって。魔法使えなくて当たり前なんだよバカ!俺だって魔法使いたいんだよバカ!魔法なんか使えてたらあの化け物なんかに殺されかけてないだろバカ!それくらい考えろバカ!」
「あぁ?」
「す、すみませんでした…。調子に乗りすぎました…」
レイラは女の子とは思えないドスの効いた声で威嚇すると同時に睨んできた。さっきの化け物なんか可愛く思えるぐらいレイラは怖かった。
「……なんでこんな変な奴の相手をしなきゃいけないんだ」
「変な奴とはなんだ変な奴とは!俺は紳士だぞ!変態という名の!」
「はぁ、うるさい、もぅ黙れ」
くぅううう。女の子を殴りたいと初めて思った。いつかボコボコにしてやる!いつか!
そんなこんなしている内に、俺達は森を抜けた。
「やっと森を抜けたな。お前の家はどこだ。後どれくらいで着く?」
「この草原を30分ぐらいずっと真っ直ぐ歩いたら着くよ」
「あぁ、そうか」
ぐもぉおおおおおお!ムカつく!ムカつく!今すぐボコボコにしたい!なんなんだこいつ!なんだこの無愛想な話し方!もっと人と仲良くするってのをできないのか!
「さっさと歩けノロマ」
「へい、姉御!」
頼むから包丁をちらつかせないでほしい!その相棒の切れ味抜群なの!くそ、まじでいつかボコボコにしてやる!
それからは色んな話をしたりして、たまにからかってみたり、包丁を投げられたり、槍で刺されそうになったり、魔法で黒焦げになりかけたりしながら家にたどり着いた。ぷすぷすと、焦げ臭い匂いが鼻を刺激する。
「ちょー、服が焦げてるんすけどぉ。どうしてくれるんすかぁ」
「知らん、自分で何とかしろ。それよりも、ここがお前の言っていた家か。……本当のようだな、ひとまず信じるとするか」
「今の今まで疑ってたのかよ!」
「私は自分の目で見ないと信じない性格でな」
「面倒くさい性格だな」
ドスッという音を立てて足元に包丁が突き刺さる。
「ぴっ」
「それ、返してやるぞ。なかなか良い武器だな。大事に使えよ」
そう言ってどや顔を向けて、ズカズカと俺のに入って行った。
「ちょっと勝手に上がんなって。つか靴脱げ!靴!汚れるだろ!」
「なん…だ…この家は? こんな家は本でしか見たことないぞ。何故こんな家が残っているのだ!?」
このボロい和風の家がそんなに珍しいか。それよりも…
「残ってるってどういう事だよオィ」
「いや、学校で歴史を習っていてな…。昔の時代の家の写真があったのだが、それと似ているのだ…。今はこんな家なんて一つもない…」
「はぁ? 何言ってんだ、ここが日本じゃあるまいし。」
「な……!!に、日本だとぉ!お前!今、日本と言ったな!」
急にレイたんはあわてだし、俺の肩を掴んでガクガクしてきた。
「おおおおちつけけけけけ」
「いいから答えろ!」
「ちょ、落ち着けって。ふぅ、、日本がどうかしたのか?」
「…これは偶然か? いや、こいつの格好、言い分。それにこの家、この書物……ぶつぶつ」
レイたんが急にぶつぶつと独り言を放ち、ついには黙り込んでしまった。
「レイたんお腹減ったのか?」
「ちがう!この家の形について心当たりがあったんだ。それにお前の事について考えていたのだ」
「レイたん俺の事好きなのか?」
ボケたとほぼ同時に張り手が飛ぶ。これがまた痛くてシャレにならない。
「真面目に聞け!」
「ず、ずびばぜん…」
しかし、レイラの顔が若干だが赤くなっているのがわかった。何だかんだ言って女の子だもんな。可愛いところあんじゃん。
「……だが、これを話すのはギルドに着いてからだ!さっそく準備をしろ!」
「え、何の準備?」
「多分、もうここにはあまり来れないだろう。今すぐ荷造りをするんだ。お前の身の回りで必要なものを集めてこい。私が選別する」
「…まったく、お前は俺のオカンかって」
小言を言う前に俺の目の前を剣が通りすぎ、壁にぶっ刺さった。
「わわわわわかったから!頼むから家を壊さないでくれ頼む!」
「だったら早くしろ!」
まったく、ほんとせっかちなんだから。まったく…。つか剣まで持ってるのかよ。いったいいくつ武器をもってるんだ?一つぐらいくれよまったく…。
ぶつぶつ文句を思いながら荷物をできるだけ最小限にまとめた。言ったら家が壊されるので。
「荷物はそれだけでいいのか? 私の魔法があるのだから、もっと持っていけるのだぞ? そこに散らばっている書物も持っていってもいいのだぞ?」
「………読みたいのか?」
「う、…じ、字が少し違っていて勉強になると思うからだ!決して絵が面白いからとかじゃないぞ!」
そこには最近買った漫画があった。確かにレイラの魔法なら邪魔にならないし、暇潰しにもなるし別にいいか。
「別にいいぞ。欲しいだけもっていけよ」
「本当か!? ならこれとこれと、これも、これもいいな!あとこれも!」
どんだけ持っていくんだよおい。
「レイたん、もういいか?」
「そ、そうだな。これくらいにしとこう。リプト!」
まとめた荷物が輝きだし、やがて消えた。たぶんレイラ固有の空間に転送されたんだろう。
「その魔法便利すぎるだろ。俺にも教えてくれよ」
「ふ、魔力を持たないお前には無理な話だ」
ぐぬぬ、言っちゃってくれるじゃないか小娘ェ。いつかギャフンと言わせてやる。
「気持ち悪い顔をするな。さっさといくぞ」
「へい、姉御」
じゃあな、また絶対戻ってくる。それまで誰にも壊されずに残っとけよ。俺は家に別れを告げ、レイラの後をついていった。