第七話 『人形』
「二人ともっ、大丈夫ですか!?」
到が駆け寄り叫ぶ。
「私は大丈夫ですわ」
「カケラも無事だ」
瓦礫の中からむくりと二人が起き上がる。周りの崩れた城壁を見ればかなりの衝撃があっただろうことが予想出来るが、かすり傷程度で済んでいる二人を見て、到はホッと胸を撫で下ろす。
「やはり、少なからず聖剣やカケラが衝撃から守ってくれたようだな」
到より少し遅れて駆けつけた幸広も、二人の無傷を確認する。
「だから二人で城内に入っていったんですね」
「城内に追っ手はいなかったのか?」
「ああ、来ても無駄だと思ったんだろう。ルーテ自らが来るならともかく、彼女の配下はカケラに触れられないからな」
ラファエルが中腰で、膝についた砂をパンパンと払う。
「でも、だとしたら何故彼女自身が来なかったんでしょう?」
到が首を傾げる。
「もしかしたら、私達が集めたカケラを後から横取りしようとしているのかもしれん」
「僕達が戦っていた相手は、様子見だったって事ですか……」
黙って二人の会話を聞いていた幸広だったが、顔は不審気だった。
(妙だな……)
「望月さん?どうかしまして?」
「いや……。なんでもない」
☆ ☆ ☆
とある一室。片眼と片腕のない男は自分の主にひざまづいた。
「ご苦労だったわね」
濃紫色の髪を二つにまとめて下げている女。彼女こそ今回の黒幕、ルーテだった。
知的に見える面立ちではあるが、感情に乏しそうな表情をしている。ある意味で、創られた存在の彼よりも人形に見えた。
「苦労だなどと……。私は貴女の手足。貴女様のお役に立つために存在している……。それが私の存在意義であり、幸福です。それよりも良かったのですか?あれで」
本当なら、立ちはだかる司祭二人を出し抜き、カケラの魔力を持つ少女二人を消すことも出来た。いやそれより、彼らより先回りしてルーテ自身がカケラを入手することだって。
ルーテはそれには答えず、椅子に腰掛けたまま本をパラパラとめくっている。
「お答えのない事がお答え………。差し出がましいことを申しました。ところでお次は何を……?」
慇懃に恭しくお辞儀をしてみせる。
お喋りな配下の言葉を聞き終えたルーテは、パタンと本を閉じた。
「そう。それじゃあ早速次の頼みを聞いてもらえるかしら」
「勿論です」
即答する人形を無機質な目で見つめる。
「ありがとう。これが最後の頼みになるわ。何故なら、私の次の望みは、貴方に消えてもらうことだもの」
彼の顔がみるみる蒼くなる。
「そ、そんなっ、ま……」
次の言葉は聞けなかった。ルーテが一言そのその言葉を発しただけで、彼の身体は砂となって消えた。
「……………」
配下の方には目もくれず、すぐに新しい書物を開くルーテ。
読みながら、一部始終を見守っていたネフェニーに声をかける。
「見たところ、ラファエルの方は問題ないし、ミカエルも目じゃない。あとはノエルね」
「邪魔されないと良いですけど……。……あの……」
ネフェニーは大人びた顔の時天使だ。彼女は気の弱そうな目を向ける。
「あの……さっきの……彼は……」
「ああ……。いいのよ。人形はまたいつでも創れるんだし。私達と違って」
感情を表に出さずに答える。
彼女は話の間中、配下だけではなく、ネフェニーの顔さえろくに見なかった。