第六話 対峙
「おおお、お前っ。仮にも人の姿をした男の目玉にレーザーなどとっ」
幸広はぎょっとして到を見た。
「やだなぁ。人の姿をしてるだけならマネキンと一緒ですよ。望月くんも解ってるんでしょう?あれがカケラで創られた生命体だって」
到がふぅっと肩をすくめてみせた。
男は攻撃された左目を抑えていたが、そこから〈人間のように〉血が流れることはなかった。代わりに白い砂がボロボロとこぼれ落ちる。
「よく……わかったな。私が創られた存在だと」
男は右目だけでギロリと睨んできた。
「ほとんど勘ですよ。貴方が現れた時………僕の持ってる魔石が反応したんでね。魔力で創られた存在かな、と。それに、ルーテさんに従う人間がいると考えるより、彼女自身が造物主と考える方が合点がいく」
幸広も到と同じく、人ならぬ人だと見当をつけていた。そして同時にもう一つ。
「それに、時空天使を味方につけているというのも本当だったようだな。千年前から、こんな辺鄙な地底にまでやって来るなど、彼女の力がなければ到底無理だ」
ロッドを構え、警戒しながら男に問う。
「ほう。思ったよりこちらの情報が漏れているようだな。とはいえいずれ解るとこだ。特に隠していたわけでもないが」
彼は左目を抑えていた手を除けた。目蓋が陥没していて、いくら人造と言えど見るに堪えない姿だ。
「こんな屈辱を味わったままでは、俺のプライドが許さない。同じようにこの鷹の嘴で、目玉をえぐりだしてやる」
怒りに満ちた瞳を向け、右腕で獲物を待ち待機していた鷹を空に放った。
☆ ☆ ☆
「あの……ラファエル様。カケラを回収した後って、この城が崩れる怖れもあるんですよね。回収してすぐに転移魔法なんて、間に合いますの?」
みゆりは先ほどから案じていたことを恐る恐る尋ねた。
「ああ、そのことか。カケラが手に入りさえすれば、転移魔法とまでいかなくとも、その魔力で被害はほとんど抑えられるはずだ。それにおまえの聖剣の力もあることだしな」
ラファエルはちっとも心配していなかった。
みゆりは内心安堵しつつも、気になることがあった。
ラファエルの言動ーー聖剣などのカケラの魔力を使った攻撃は効かないだの、聖剣の力があるから被害を抑えられるだの……、つまりそれは
「……この聖剣は、カケラの魔力で創られたつるぎ、なんですのね」
ラファエルは目を見開いた。そしてあまり触れたくない話題なのだろう、目を伏せた。しかし覚悟したように顔を上げる。
「正確には、カケラの魔力を使って強化したつるぎだ。神候補だった、リズという少女が」
「!?」
みゆりは一年前の出来事を思い出した。
あの時遇った懐かしい黒ローブの男。つるぎの祠の主は、彼についてこう言っていた。
『前世で、その聖剣を創った人だった』
『君はスルーフとあの人を守りたくてここに来た』
(じゃあ……あの男性の前世がリズさん?)
だとすると、あの妙な懐古心も理解できる。
しかし………。
みゆりは考え込んだ。
彼はいくつか意味深なことを言っていた。
命の代償がどうとか、ノエルに『そっちがその気ならこちらにも考えがあると伝えろ』とか……
そもそも、彼はなぜあの時あんなところにいたのか……
この一連の事件に彼が関与していることは間違いない。けれどラファエルに訊ねるよりも、ノエルを問いただした方が真相に近づける気がした。
(或いは望月さんなら何かご存じかもしれませんわね)
ラファエル様は彼女の話にあまり触れられたくないみたいですし、とそれ以上の追及を諦めた。
そして王の間まで来たところで、聖剣の光がいや増した。指し示すその先は。
「左の柱……その中にカケラが?」
みゆりは眉根を寄せた。
「そのようだ。では、早速カケラを取り出すとしよう。しっかり聖剣を握っておけ」
「はい!」
☆ ☆ ☆
「く……っ」
「ほう……。聖杖でバリアとは。なかなかやるな。だがそういつまでも精神力が続くまい」
鷹の攻撃からバリアで身を守る幸広。しかし構わず鷹は何度も体当たりしてくる。
「テンペストボルト!」
到が鷹に向かって魔術書の雷魔法を発動させる。しかし、ヒュウッという鷹匠の口笛で、寸前でひらりとかわされてしまう。
「…………やはり魔法じゃ発動までのタイムラグがあるか」
「威力は弱いけど、レーザー銃のが確実ですかね」
到は眼鏡型コンピューターで照準を合わせ、レーザー銃の放つ。
鷹をーーと見せかけて鷹匠の腕を。
ズガンッという音と共に鷹匠の右腕がボロボロと崩れ始める。
「!! 油断した……。さっきの鷹への攻撃はフェイクというわけか」
鷹匠は悔しそうに歯噛みする。
「命中率を上げるには、敵の不意を突くこと……。でもやっぱり威力が足りなかったみたいですね。辛うじて腕が残っていますから」
到がもう一度眼鏡のレンズで照準を合わせたその時。
ドガァァンという爆音と共に城が崩壊した。
「!?」
鷹匠その音に気を取られた一瞬の隙に
ズガンッ、ズガンッ
到がレーザーを連射する。鷹匠の右腕は砂となって地に落ちた。
「ナイスタイミング! 友美さん達に感謝ですね」
「これで鷹の止まり木はなくなった……。あと一息だな」
幸広がバリアを張りながら勝機を見出だし歓喜する。
「……片眼と片腕がないこの状態ではさすがに分が悪いか……」
彼は忌々しげにピュウッと口笛を吹き、鷹を近くに呼び寄せると転移魔法でかき消えた。
幸広はバリアを解き大きな溜め息をついた。
「危なかったな。私のバリアもそろそろ限界だったことだし、敵がもう少し粘ってきたらヤバかったぞ」
「僕も実はさっきのでレーザー銃の充電切れ起こしてたんですよねぇ」
飄々と言う到に幸広は唖然とした。
「お前……そんな状況でよく平然と……」
「形だけでも余裕を見せておかないと、勝てるものも勝てませんからね」
リュックを背負い、崩壊した城の瓦礫を見る。
「急いで二人の安否を確認しないと……望月くん歩けます?」
精神力の使いすぎでフラフラな幸広に尋ねる。
「心配するな。二人が怪我でもしていたら事だ。こんな所でへばってられん。行くぞ」