第十三話 “あの時のこと”
「リズが天界に現れたのは、彼女が12才、私達が9才の時だった」
ラファエルが草原を歩きながらポツポツと語り始める。一行はその後ろを歩きながら静かに話を聞いた。
「彼女は親の反対で神として天界で暮らすことは叶わなかったが、自分にも何か出来ないかとずっと考えていたようでな。親の目を盗んでちょくちょく天界に来るようになった」
親の反対でというのはルーファウスからも聞いたし、天界に顔を出していたのだろうということも想像がついた。到やみゆりは頷いて先を促す。
「最初は彼女が気に入らなかった。突然現れて、中途半端に神の真似事をしている彼女が。私達よりもノエルを慕っている彼女が。だが、一緒に過ごす内に、彼女に同情するようになった。ずっと家の中を一歩も出ないような生活をしていたと言っていたからな。その内に彼女の方も私達を気にかけてくれるようになった。そうして私は………彼女がノエルを慕っていると気付いていながら、横恋慕した。その上、ノエルから彼女を奪ったんだ」
ラファエルの告白に到は無言のまま目を見開く。
昨夜幸広から聞いた話と違うではないか。一体どういうことなのか。
幸広の方を見て目配せすると、彼は肩をすくめた。
主観と客観ではこうも違うというのか。一体どちらが真実だというのか。
「その後……皆も知っての通り、クロウの事で天界での戦いが激化した。私は彼女を、戦いが終わるまで天界には来ないよう告げた。彼女は神ではないし留まる理由がないからな。それに両親も心配しているだろう、と。彼女はそれに納得し、半年ほど私は彼女と会わなかった。だが………」
ラファエルは一息つくと、絞り出すような声で続ける。
「いよいよクロウとの最終決戦という時になって、彼女が天界に現れた。そして魔物に物陰から狙われていた私を助けようと、私を突飛ばし、代わりに彼女が…………!!」
ラファエルはその時のことを思いだし、苦渋の顔をする。
あの時……クロウのいる塔へ入る間際のこと。倒しては現れ、倒しては現れるクロウの手下に囲まれ、さすがに疲労感を感じていた時だった。
聖なる力で一掃しようと手に魔力を集めていると、突如背後で
「ラファエル!!」
と叫ぶ彼女の声がした。その直後、ドオォォンという爆音と衝撃が走り、慌てて振り向くとリズがうつ伏せになって倒れていた。
煙に邪魔されながらも、彼女の体が血塗れなのが解る。
自分の血の気が引くのがわかった。
「リズ!リズ!どうして………一体、なぜ!」
「……ラファエル……」
リズが小さく呟く。
良かった、まだ息がある。急いで回復魔法をかけなくては……!
「よせ、喋るな!」
「ごめんね………。私……もう……ダメ……みたい。でも……最後に……あなたに会えて……良かっ…………」
彼女の言葉は最後まで聞けなかった。必死で蘇生魔法をかけたが、効果がない。
蘇生魔法で生き返る確率は二分の一………
彼女はもう………
頭の中が真っ白になって、彼女の身体の前から立ち上がれない。へたりと座り込んだままのラファエルに、弟や天使達から声が飛ぶ。
「兄貴!早くしないと敵が!」
「ラファエル様!お辛いのは解りますが、このままでは貴方まで死んでしまいます!」
その言葉にハッとする。
ラファエルは虚ろな目で魔物を見据えた。
「許さない………こんな……こんな……!!」
私が神になって望んだのは、こんな未来ではない。こんな……
こんな救いようのない未来では。
「……私は絶望の中、クロウをなんとか封印し、闇や光天使の力を無力化した。そして自身も力を使い果たし死んだ……。最初から最後まで、全て私の責任だ。全て………私が引き起こしたんだ!」
闇天使を創り出したこと。それが全ての始まりだった。魔物が現れ多くの人間と、愛した女性を死に追いやって。もう、耐えられなかった。だから、あんな自棄になって力を無理矢理使いきって、半分自死のような形で世を去った。弟を置いて逃げた。後悔があるとしたらそれだけだ。
ラファエルの悲痛な叫びに到は黙っていられなかった。
「僕はそうは思いませんね。そもそもが闇天使を創ると言い出したのはノエルさんでしょう。ラファエル様はそれを強要されたようなものじゃないですか。それに、リズさんのことも多くの疑問が残っています。ノエルさんやラファエル様を気にかけていたなら、なぜ戦が激化している最中に地上に戻ったんですか?そうかと思えば、半年経って突然天界に戻るだなんて。何かあるとしか思えません。この前義信博士にお会いしたときも、ノエルさんを慕っていたというような感じは見受けられませんでした。むしろ敵対するかのような発言をしていたじゃないですか。おそらく、僕達やラファエル様達でさえ知らない“何か”があるはずです。物事の一面だけ見てご自分をそんなに責めないで下さい」
そう………リズとノエルの間には、確実に何かある。それは間違いない。
「…………おまえは、いつもそうだな。私を甘やかす」
涙をこらえてラファエルが言う。
「そんなことはありません。事実しか言っていませんから。これくらいで甘やかすだなんて言われたら、これから甘やかすのが楽しみですね」
到は微笑を浮かべて、現世では小さな少女である彼の頭をポンポンする。
「大丈夫ですわ、ラファエル様。だって今まで実際に、ラファエル様に責任を求める人なんていなかったのですもの。誰も貴方のせいだなんて思っていませんわ!」
「二人の言う通りだ。あまり思い詰めない方がいい。そんな貴方を見るミカエルも辛いだろう」
みゆりと幸広も慰めの言葉を口にする。
「そうだよ兄貴。あんまり悲観的になるなって。ところでだいぶ歩いてきたわけだけど、カケラの方は何か反応あるか?」
ミカエルが唐突に話題を変える。ラファエルがカケラを、みゆりが聖剣を確認すると、光が先程より強くなっていた。
「この辺りに……カケラがある!」
「よし、手分けして探すぞ!」
ラファエルとミカエルの号令で、三人は大きく頷き捜索を再開した。




