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7話 一章 食堂と肉と牛乳

 マッケイの指示により、広い演習場と庭の掃除を夕刻までさせられたノエル達の第二班は、その後に部屋に備え付けてあるシャワーを浴びて共同の食堂席についた。


 なぜか毎回、緑の騎士の第二班の食事にだけ牛乳が付いてくる。


 なんの嫌がらせだろうかと、ノエルは怪訝に思いながら本日もそれを睨んだ。生前の世界では飲む習慣がなかったせいか、癖のある匂いと見た目の白さも苦手だった。


 腹はぺこぺこだったので、気を取り直して食事を開始した。しかし、折角の肉料理だというのに、ノエルは食べ始めて数分もしないうちに溜息をこぼしてしまった。頭に浮かんだのは最強軍人の第一師団長で、これからのことを思うとかなり憂鬱である。


 ディークを含む仲間達が、不思議そうに彼女を見やった。


「どうした、リーダー。腹でも痛いのか?」

「サラダの量が多いから、気分が乗ってないんですか?」

「牛乳、半分なら加勢してやってもいいぜ、リーダー」

「――あ。もしかして、とうとう成長期の腹痛でもきたとか?」

「おいトニー。僕にそんなの来てねぇよ」


 最後のトニーの言葉に、ノエルはきっぱりと断言した。


 十六歳になっても、まだ来ていない。今の状況で来られたとしても嬉しくない成長なのだけれど、だがしかし前世ではその前の年齢で来ていただけに複雑だ。


 トニーはノエルと同じ年齢で、焦げ茶色の髪と目をした肉付きの悪い少年だった。やや垂れ目でヘラリと笑い、恋愛結婚を夢見て空振りを続けているちょっと可哀そうな子分でもある。


 というかッ、とノエルはテーブルを叩いた。


「呑気すぎない!? さっきも話したけど、僕があの悪魔みたいなオーラを背負った怖い師団長の餌食になるってのにッ」

「ははは、考えすぎだってリーダー」

「そうそう、忙しい人だから、あまりココにはいないかもってウチのタイチョーも言ってたぜ」

「男ってのは、夜は部屋を空けるもんだしな。特にあの人は偉い貴族様たから、きっと平気だって」


 この場所でリーダーって言うな、という台詞も出て来ないままノエルはテーブルに突っ伏した。


 ああ、誰かこの状況を嘘だと言ってくれ、と口の中でぼやいてしまう。ノエルの少ない荷物は、既にメイド達が四階の臨時部屋へと運び出してしまってもいて、この食事後、とうとう彼とご対面しなければならなくなっていた。


「…………明日にでも根を上げたら、ごめん」


 思わず、ノエルは弱々しく呟いた。


 せっかく楽しみに待っていた肉料理週間なのに、もし無理だとなったら食べられなくなってしまうだろう。皆を巻き込んでしまうと思ったら、申し訳なさで胸がきゅっとした。


「ねぇ。もしもの時は、僕だけがココを出てもいいんだよ」


 ちょっと潤んでしまった目を、可愛くて仕方がない大切な子分達に向けてそう言った。美味しい物を沢山食べて、大きくなって、戦争も終わったこの世界で幸せに生きて欲しいのだ。

 

 そうしたら肉を口に頬張っていたディーク達が、途端に口を開けて笑った。近くにいた何人かが代わる代わるノエルの柔らかな髪をくしゃりと撫でて「元気出せって」と言う。


「らしくない顔すんなって、リーダー」

「そうそう、気にすんな」

「美味いもんなら、外にだって沢山あるだろ?」


 そうして彼らは、一切疑わない目で揃って口々に「みんなで楽しくいられない場所に未練なんてないからさ」と口癖のようなその言葉を唱えた。


「そういやさ、辞表届って何を書けばいいんだろうな?」

「クビになるとしたら要らんとは思うけど」

「とりあえず、白い紙とペンは用意しとけばいいんじゃね?」

「俺は書くのメンドイから、トーマスよろしく」

「え~、ザスクの方が字も綺麗だろ」


 食堂内には、緑の騎士に所属する他の班の少年達の他にも、正規の騎士や、衛兵業務で次の仕事を控えている男達もいた。彼らはいつも騒がしい第二班を物珍しげに眺めていたのだが、軽いノリでやりとりされ始めた辞表届の下りに顔を引き攣らせた。


 緑の騎士の中でも、第二班はとくに騒がしいやんちゃな少年集団である。それでいて戦争当時、王国騎士団第二師団の誰一人として殉職させなかった功績、そして時には三日三晩を徹底的なチームワークでもって戦い抜いたという話などでも有名だった。


 負傷したマッケイ師団長とその部下達を、誰一人失わせなかったという活躍は伝説級に語り継がれて尊敬されていた。挫けることがない明るい気質もさながら、戦う時スイッチが切り替わる圧倒的な強さは、緑の騎士団のみならず男達の憧れの対象にもなっていた。


 だからこそ、辞表届なんてとんでもないという話なのである。現役の騎士達も、彼らが大人になって自分達と同じ王国騎士団になる日を楽しみにしていた。


 とはいえ、この最凶集団を『野放にして置く方』への懸念もあるのだけれど……。


「気楽に行こうぜ、リーダー」


 そんな中、周りに気を配ることを知らない第二班で、ディークがナイフとフォークの進まないノエルの、皿に山のように盛られた肉を少しつまみ上げつつそう言った。


「愚痴なら、明日たっぷり聞いてやるからさ」

「うぅ、そうだね……。ミシェルに沢山お肉も食べさせたいし」

「えッ、ぼくのためなの?」


 最年少の十四歳である薄い金色の癖髪が可愛らしいミシェルが、きょとんとした様子で食べる手を止めた。


 元々病弱だったせいか、彼は十四歳にしてはかなり小さかった。品のある控えめな仕草や、少女にも見える顔立ちもあって、並ぶとノエルの女性としての存在感も薄れてしまう。


 一番年下のミシェルは、みんなにとって最後に拾われた可愛い弟分だった。ノエル達は、揃って甘やかし「よく食べて大きくおなり」と微笑ましく見守っているのだ。


「ううん、なんでもないよ、ミシェル」


 ノエルは、にっこりと笑ってそう言った。ふと、よっしゃと思い付いて、ついでにそそくさと牛乳の入ったグラスを寄せる。


「沢山食べるついでに、僕の分の牛乳も飲んでいいよ」

「牛乳は飲まなきゃ駄目だよ、リーダー。ぼく、飲んだら大きくなるって教えられたもの」


 可愛い弟分ながら、ミシェルは純粋な眼差しで「だめ」としっかり言い聞かせる。他の仲間達もその通りと言わんばかりに見ていて、ノエルは「くっ」とテーブルに拳を押し付けた。


 何を思ってか、彼らは必ず半分は飲めと言ってくるのだ。牛乳には身長を伸ばす効果もあるとは何度も聞かされていることだが、その前からディーク達は急激に成長している。


 だから、自分がチビなのは気になっているものの、牛乳論には信憑性を抱いていなかった。そもそも女性らしい胸だとか身体付きも、それでどうにかなるとも思えない。


「………………トーマス、あれ、ちょうだい」

「はいよ、リーダー」


 目も向けずに言われたトーマスが、待ってましたと言わんばかりに、ポケットから砂糖の入った小瓶を取り出した。ノエルが牛乳の入ったコップに砂糖を入れる様子を、近くから覗き見ていた騎士達が「また砂糖を入れてる……」と衝撃を受けた表情を浮かべる。


 続いてジニーが、食堂の手伝いの報酬にもらい受けている苺ジャムをテーブルに置いた。ノエルは仕上げにそれを牛乳に投入すると、フォークの後ろ柄でぐるぐるとかき混ぜた。


「いつ見ても独特な飲み方だよな。リーダーの牛乳」

「で、今回は誰が半分飲む?」

「さっき飲んでもいいって言ったけどさ、やっぱ今日も公平にジャンケンで決めようぜ」


 ノエルがオリジナルの牛乳を顰め面で半分飲むかわたらで、提案したディークによってジャンケン大会が始まった。「ぐおおおおっ」「負けた!」「くそっ」「やったぜ!」「うわああああ勝った!」と一喜一憂に盛り上がるその声は、食堂内を賑やかにする。


 負けてなるもんか、とノエルは牛乳の味を払拭するべく肉を頬張った。


 自分の他に生まれ変わりがいるなんて考えるから、余計ややこしくなるのだろう。だとしたら、まずはあの師団長から報復されるという恐い想像を省こう。


「それなら怖さも多分二割減になるはず……。うん、タイチョーだって何も考えてないわけじゃないだろうし、頑張ればなんとかなるはずだ」


 ノエルは自分を奮い立たせるように呟くと、新しい肉を口に頬張った。気のせいか、食堂内が一瞬ざわめいて、数秒も待たずに波を打ったように静まり返ったように感じる。


 その時、ジャンケン大会を終えたディークが声を掛けた。


「その意気だぜ、リーダー」


 言いながら手で「ちょうだい」とやって、彼女から牛乳のグラスを受け取った。


 そのままぐいっと一気に飲み干した直後、彼がうっと口を押さえて「甘い」と言い残して崩れ落ちた。それを見たトーマスが「しっかりしろッ」と、隣から素早くお茶を手渡す。


 ふと、背後に人が近付く気配を覚えた。


 ノエルは仲間達と共に振り返った途端、揃って言葉を失った。そこには、恐ろしいほどの冷気をまとったフィリウス・ラインドフォードが立っていた。


 睨み付けている表情も絵になるほどの端整な顔立ち、宝石のような明るい紫色の瞳。彼はサラリと黒い髪を揺らし、鋭い眼差しでノエル達をじっくりと見回す。


 それから視線をノエルへと戻しながら、彼が口を開いてこう言った。


「なんて色の牛乳を飲むんだ、貴様は。それは飲み物に対する冒涜ではないのか?」


 いつから見ていたんですか、部屋で待ち合わせのはずなのになんでここにいるんですか、というか牛乳に混ぜただけで叱るとか厳しすぎでは……。


 と、ノエルは色々と思いながらも、


「はい……その、すみません……?」


 やっぱりこの人無理と考えつつ、仲間を代表してそう答えたのだった。

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