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6話 一章 タイチョー、そんなのあんまりですッ 下

 口を挟む隙もなく見事な意見報告をされたマッケイは、「確かにな」と言って苦い顔をした。


 普段はノエルから一歩引いて行動しているが、ディークはひどく頭が切れる男である。何より彼の言い分に関しては、マッケイ自身もそう感じて考えたところでもあった。


 フィリウス・ラインドフォードは、他の師団長達からしても考えの読めない男だった。緑の騎士の設立案が話し合われた際にも、あまりいい顔をしなかった男でもある。


 それなのに今回、減給処分もなく、騎士見習いにする規定の罰にさえ届かない処遇を決定した。通常であれば有る減給処分についても「彼らには帰る家も親もない。金は必要だろう」として含まず、それでいて今回の案をマッケイや他の師団長達に出したのだ。


「まぁ、あの(かた)にも何か考えていることがあるのだろう。私達も色々と覚悟はしていたんだが、その矢先に向こうから案を出されてな」


 ううむと考えつつ、マッケイは思い返してそう口にした。


「提案を受け入れるのなら『一週間の反省』によって問題を帳消しにする、とまで続けられたら、今回の規律指導でノエルを『貸す』のも断れなくてなぁ……。他の師団長達も、もしかしたら緑の騎士を理解してもらえるいい機会になるかもしれないと思っている」

「正規の騎士見習いに比べても、俺らは色々と足りない部分もあるんですけどね」


 そう口を挟んだディークの声は、不機嫌そうだった。リーダーを筆頭にこちらを馬鹿扱いにする気でもあるのかと勘繰り、嫌な気持ちになっているのが表情にも浮かんでいた。


 遠回しでそれを確認されたようだと見て取ったマッケイが、すぐにこう言った。


「緑の騎士の中でも、お前達がもっとも過酷な激戦区の出身であることは報告してある。それゆえ書類業務も教育中だと、私の方からも第一師団長には伝えもしたが変更はされなかった」

「…………ということは、本当に仕事を手伝わせるつもりでもないと? そうすると、今後同じことをさせるつもりがないくらいに怒っているとも取れるんですが……」

「…………怒っている、のだろうな、あの様子からすると」


 問われたマッケイは、部屋を破壊した時を思い返してぎこちなく言った。


 凄まじい殺気だったものの、集められた際の話し合いは威圧もなくスムーズだったのは意外だった。まさか、わざわざ提案するがために機嫌窺いで処罰内容を軽くして『交渉』してきた、というのもあの男に限っては考えにくい。


「――まぁ、とりあえずノエルには、一週間ラインドフォード師団長のもとで寝起きしてもらい、彼の生活や仕事の姿勢から班長としての自覚を学んでもらうしかないだろう」


 彼は思案を終えると、そう話を戻して決定内容を語った。


「私もな、お前達には期待しているところもあるんだ。ディークもトーマスも学習能力がかなり高いし、今回の私の師団での書類業務もきっとプラスになるだろう。ノエルも実力は申し分ないし班の統率能力も高い、もう少し中身が成長すればきっと素晴らしい騎士になれ――」

「えッ、ちょっと待ってください!」


 ノエルは、まさかと目を瞠って、つらつらと続けているマッケイの話を遮った。


「もしかしなくても僕、一週間あの人と同じ部屋に寝泊まりしなくちゃいけないの!?」


 前世にいた魔術野郎と似ているせいで、絶対に関わるもんかと当初から警戒レベルはマックスである。おかげで冷酷無情な噂を耳にするたび苦手意識も増し、対面するのだって本当は嫌で仕方がない。想像するだけで、緊張と恐怖で胃がねじれてしまいそうだ。


 すると、驚愕しているノエルを、マッケイは不思議そうな顔で見つめ返した。


「そんなに驚くことでもないだろう、補佐を務める者が上司と同室になるのは普通にある。もしお前が副師団長候補に推薦されれば、少しの間は私と部屋が同室になることだってあるんだぞ?」

「あんなおっかない人と一緒とか、恐怖と緊張で僕の心臓がもたないから断固拒否!」


 ノエルは気持ちがこもりすぎて、テーブルをバンバン叩きながら主張した。


「それにタイチョーと同室とかもお断りッ。皆でベッドくっ付けてトランプゲームしながら雑魚寝したりとか、深夜のオヤツタイムとか、怪談で夜更かしするとか、こっそり抜け出して夜の探検に繰り出すとか、全部出来なくなると思うと耐えられないもん!」

「おいいいいい!? おまッ、日頃からそんな生活を送っているのか!?」

「だって『騎士たるもの~』とか言って、連勤中は抜け出して遊びに行けないとか酷過ぎるじゃんッ。どうやって日頃のストレスを晴らせばいいんですか!?」

「お前のせいで日頃ストレスが溜まっているのは私の方だ!」


 阿呆かッ、とマッケイもテーブルを叩いて身を乗り出す。


 二人が途端にぎゃーぎゃー言い合いを始めた。ディークが「落ち着いてくださいよ、二人ともッ」と珍しく強い声を上げて仲裁に入り、すぐにこう確認した。


「タイチョー。あなたの話から察するに、寝泊まりが同じ部屋ってだけで、うちのリーダーがあなた以外の師団長の下に所属して、実質的に移籍してしまうわけではないんですよね?」

「私の班の人間をッ、他の師団にやるつもりは毛頭ない!」


 ここ約一年で逆鱗になりつつある話題に、マッケイは反射的にそう怒鳴り返してしまっていた。普段とは違う本気の怒声に目を丸くしたノエル達に気付き、慌てて口を塞ぐ。


 これでも彼らを気に入っていて、将来についてもしっかり考えていた。たとえば今は華奢なノエルも、数年と待たずに立派な青年騎士になるだろう。以前までの不憫な食事を思って、遅れているらしい成長期のため毎日の食事に必ず牛乳を出すようにも指示している。


 マッケイから見ても、ノエルは男にしてはちっちゃい。小奇麗な顔をしているのに、性格や態度も子供っぽいので「やんちゃな子」と他の騎士やメイド達も微笑ましげだ。


 でもいずれは、擦れ違う女性が振り返るくらいの美青年へと成長するだろう。逞しくて頼れるその背中を見て、彼の若い部下達も育つのだ――と熱い軍人マッケイは夢見ていた。


 そんな上司の心情など知ったことでないノエルは、そんなことを考えて一人満足げに頷いているマッケイを放置し、ディークを掴んで「それでも嫌だよ」と揺さぶっていた。


「あの人、真っ黒い何かを背負ってたじゃんッ。絶対タイチョーより厳しそうだよ!」

「落ち着けよリーダー、一週間の辛抱だろ?」

「なんでお前はここにきて冷静になるの!?」

「考えてみれば、なるようになるかなと思ってさ」


 マッケイの意見を聞けた彼は、そう言って呑気に首を傾げる。


「これまでも問題はなかったわけだし、いざとなったら皆でお前を助けて、退職届け出せば解決だと思うんだ。それにさ、今週の夕食メニューって肉料理だろ?」


 それ食わなくていいの、と促されたノエルは「確かに」と真剣な顔で考えてしまう。せっかくの月に一度ある牛肉料理週間を逃すのは、非常に惜しい気がする。


 遅れて二人のやりとりに気付いたマッケイが、ノエルの珍しいキリッとした思案顔を見て警戒した。


「おいおいなんの話をしているんだ、言っておくが辞表届は受け取らんからな!?」


 つい最近も似たやりとりをしていたことを思い出して、彼がソファの上で後ずさる。


 肉料理を頬張るミシェルの笑顔を思い浮かべていたノエルは、渋々「分かりました」と話を受けることにして、自分の上司に向き直ったのだった。

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