5話 一章 タイチョー、そんなのあんまりですッ 上
その場を離れたマッケイは、二人を最上階にある執務室へと連行した。入室するなり深い溜息をこぼすと、ソファにドカリと座って目頭を丹念に揉みほぐし始めた。
ノエルとディークは、わけが分からないまま彼の向かいに腰かけた。ひとまず手に持ったままだった反省文をテーブルへ置く。説教を受ける時にいつも座っているその定位置からは、書棚に収まった難しそうな本の帯がずらりと並んでいるのが見える。
「お前達は、いつもいつも絶妙なタイミングで……」
ややあってから、マッケイが心底うんざりしたような呟きを落とした。
あの場に居合わせてしまったのは偶然である。ノエルは「聞き捨てならないんですけど」と思いきり顔を顰めると、上司にこう言った。
「僕が何をしたっていうんですか?」
「数刻前の出来事をすっかり忘れているみたいだから言っておくが、騎士団の第一棟をあんなにも爆破したのは、お前らが初めてだからな。しかも、ピンポイントで間上にあったのが第一師団長の部屋ときた……」
マッケイが顔を両手で覆った。くぐもった声の調子が、その落ち込みようを露わにしているかのようだった。
第一師団長、と聞いて、二人は先程のフィリウス・ラインドフォードの存在を思い出した。彼は侯爵家から通っていて、滅多にこちらにやってこないとは聞いていたのだが……。
込み上げた嫌な予感に、ディークが控えめに挙手し「タイチョー」と声を掛ける。
「もしや、色々とタイミングが悪かったんですかね……?」
「現場を見たラインドフォード隊長の様子を、お前たちにも拝ませてやりたかったよ。冷ややかな声で『元凶はなんだ』と訊き、そのうえで『この部屋はもう使えないな』と、ご自身の剣で数秒と掛からず完全に破壊した」
マッケイは、顔を上げると遠い目でそう語った。
ノエルとディークは、その場に自分達がいたら斬られていたのではと想像して顔を引き攣らせた。隊長クラスの人間の部屋を見たことはないが、ベッドも調度品も高価な物に違いないから、短気を起こして無残に破壊されたそれらを勿体ないとも思った。
そこまで考えたノエルは、ふと、一つの推測がなくなったと気付いて、深々と溜息をこぼした。自分達のその憶測が外れたことが、今となっては心底残念でならない。
「なぁんだ。上の階、タイチョーの部屋じゃなかったんだ……」
「おい、待てコラ。それは一体どういう意味だ」
しみじみと頷く二人を前に、マッケイのこめかみに青筋が立った。彼は事の深刻さを実感出来ていないらしい部下を、叱りつけるようにこう続けた。
「いいか、私と他の師団長内で話が解決していたのなら良かったが、運悪く、第一師団長の目に留まって処分の権限が彼に移った。お前達がこれまで起こした騒動を全て提出させられ、内容を目の前で確認されていた時の我々がどんな心地でいたか――」
「ん? ということは、やっぱり僕らってクビ?」
「馬鹿もん! クビにならないように、私と他の師団長達で頑張ったんだ!」
その返答を聞いた途端、ノエルは「え――――っ!?」と叫んだ。
「僕そんなこと頼んでないのに、なんでそこで頑張るんですか!」
「そうですよ。そもそも俺達はあんなおっかない人に睨まれてまで、三食宿付きに甘んじようとは思っていません!」
「お・ま・え・ら・は、騎士を一体なんだと思っとるんだ!?」
互いに感情のまま意見をぶつけ合い、呼吸を整えつつしばらく睨み合った。
先に折れる形で、マッケイがソファに座り直した。ノエル達のいつものペースに呑まれていると自覚した彼は、咳払いを一つしてから声を落ち着けて話を再開する。
「とにかく、あの人の口から除斥の話が出なかったのは、本当に、ほんっとうに幸いだった」
かなりの気持ちを込めて、マッケイはまずそう言う。
「そこで、今回の件について決定したことを説明していくが。まず部屋に関しては、損壊した部屋のメンバーを第二班の残りの二部屋に振り分ける」
それは予想していた範囲内の内容だ。ノエルとディークは、ひとまずは黙ったまま了解を示すように頷き返した。
マッケイは、その様子に少しばかり感心した様子で「次に」と言って、彼らの上司らしい態度で言葉を続けた。
「第二班は反省の意味も込めて、一週間は警備勤務を禁じ清掃と訓練に励むこと。副官と、危険物を作り出した次官に関しては、軍の節度を改めて理解してもらうため王国騎士団第二師団の書類整理も手伝ってもらう。それから、ノエルだが……」
そこで彼は、なんとなく言いづらそうにして言葉を切った。ノエルをちらりと見やったかと思うと、不安が拭えない顔で再び項垂れて「本当に、お前はタイミングが悪い」と呟く。
「ラインドフォード隊長は、しばらく昇格試験の関係でこちらで寝泊まりすることになっていたんだ。班長でありながら、規律意識が低いことが今回の件を起こしたとして、お前には一週間、彼のもとで改めて仕事意識を確認してもらうことに――」
「もしかして、その師団長のところで勉強しろってこと? あの怖い人とか、僕は絶対無理だから!」
命がいくつあっても足りない人間と一緒になんて、冗談ではない。ノエルは立ち上がり、マッケイの話を途中で遮って猛抗議した。
「あの人って貴族だし、軍でも偉い人なんでしょう? 付き合っていたら緊張で過労死しちゃうし、それくらいならクビにしてってば!」
「普段、お前が起こす問題の数々で、私は過労死しそうなんだがな……」
マッケイは、そもそもお前緊張するのか、と疲れたような顔で半ば疑いの目を向ける。
「まぁ安心しろ。あの人も最後まで除斥の件は口にしなかった、そして無理はさせないとの約束ももらっている。あくまで軍の規律を再確認するだけであって、何も彼の仕事を手伝えということではないんだ」
「いやいやいや、除斥しないのも性質の悪い嫌がらせなのかもしれないじゃんッ。ネチネチと精神面から報復して、一気に捻り潰すみたいな……っ!」
想像してゾッとした。
思わず言葉を詰まって「うおおぉ」と恐れ戦く呻きをこぼしていたら、マッケイが怪訝そうに首を傾げてこう言ってきた。
「お前、さっきから一体誰の話をしとるんだ?」
その声を聞いたノエルは、途中から自分があの隊長を、魔術師野郎に重ねていたと気付いて口をつぐんだ。
あれは顔がよく似ているだけの、怖い冷酷な軍人のはずだろう。それなのにどうして、一瞬でも「きっとそうに違いない」と錯覚して話してしまっていたのか?
でも改めて考えてみると、ヘタレ魔術師野郎と違って蛇と蛙くらいもの戦力差がある。
あんな人のもとで一週間しごかれるとか、あまりにも酷過ぎる命令だ。絶対に関わらないぞと思っていた相手なだけに、想像するとすっかり弱気の声がもれてしまう。
「逃げていいかな……つか、僕、斬られるんじゃね……?」
そう項垂れて呟くノエルの隣で、ディークも不安そうな表情を浮かべていた。彼はそんなリーダーを気に掛けつつ、マッケイに小さく手を上げて「あの」と言って切り出した。
「罰にしても、それはちょっと重すぎやしませんかね? ウチのリーダーは『普通の班長』ですよ。それなのに、わざわざ第一師団長が規律やら仕事やらを説くわけですか?」
「うむ……、それはそうなんだが」
「確かにリーダーは、一戦力としては魅力的ですよ。そこらの騎士よりも実戦向きで強いですし、戦地の状況判断でも的確に指示して俺らを動かせます。恐らくは緑の騎士の中じゃ、リーダー含め俺らの班が『圧倒的に場数を踏んでいて経験も技量も群を抜いている』でしょう」
ハッキリとそう言い切ったディークは、「でもね」と続ける。
「所詮『それだけ』なんですよ。軍にとって都合がいい『優秀な駒』向きの性質をしていないとは、ここで実際に俺らのことを見聞きしている上の連中は、とうに知っているはずだ。それでいて今回みたいな決定が下るケースだと、補佐として使えるのかを偉い人が見るってパターンが大抵なわけですが、うちのリーダーだとその可能性も少なそうでしょ。つまり俺が言いたいのは、普通なら将来有望な奴がされるような命令案件だと思うわけですよ」
だから重すぎる罰だと感じたわけですが、どうですかね、とディークは隙のない話術で言って意見を求めた。