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37話 終章 なんか尋問タイムが始まってました

 マッケイによって解散を告げられ、ノエル達の夜会警備は終了となった。


 そのまま仲間達と第一棟へと戻り、「また明日の朝に食堂で」「おやすみ」と言い合った。そしてノエルは、途中の階で彼らと別れて、欠伸を噛みしめながら一人階段を上がった。


 四階にある臨時部屋の前まで辿りついたところで、ハタと思い出して足を止めた。


 すっかり忘れていたが、この部屋を使っているフィリウスの機嫌が最悪だった一件が思い起こされた。そういえば、会場に残ったクレシスはどうなっただろうか?


「…………まぁ、今日は夜会だったし、昨日と同じで戻りは遅いか」


 ここ連日続いていたように、まだフィリウスは仕事で戻っていないだろう。


 そもそも怒られることをした覚えは一つもないし、明日起きてから考えればいいか。そう思って、先日と同じく誰もいないからノックする必要もない扉を開けた。


 その直後、ブリザード吹き荒れるような室内の様子が目に飛び込んできて、ノエルはピキリと動きを止めた。うまく状況がつかめないまま、ひとまず扉を閉め直す。


 うん、僕は何も見なかった。


 こちらに助けを求めるクレシスの表情が、バッチリ脳裏に焼き付いていて罪悪感で胸が痛んだ。お前ならきっと大丈夫だ、そう合掌してノエルは素早く踵を返した。


「どこへ行く」


 逃走の一歩を踏み出した瞬間、高圧的な声と共にガシリと大きな手で肩を掴まれた。かなりの力が込められていて、次の一歩も踏み出せず動けなくなってしまう。


 恐る恐る振り返ってみると、そこには正装のマントを外したフィリウスが立っていた。こちらを見下ろす端整な顔には、怒りがピークを越えた殺気立った不機嫌さが滲んでいる。


「…………いや、その、お邪魔だったかなぁと思いまして?」


 あまりの険悪な雰囲気に気圧されて、ノエルはぎこちなくそう切り出した。


「えぇと、難しいお仕事の話なら、僕はご遠慮願おうかなぁと気を利かせたわけです、はい」

「お前を待っていたところだ。仕事の報告と行こうじゃないか、ノエル・バラン」


 くいっと口角を上げるものの、フィリウスのその不敵な笑みは凶悪じみて見えた。肩を掴んでいる手はギリギリ言っている気がするし、もうとにかく逃げてしまいたい。


「あの、そこでフルネームとか嫌な予感がするんですけど。えっと、その、僕の上司はマッケイ師団長だし、仕事の報告ならタイチョーにす――」

「お前の言う『美人で可愛いミッチェル嬢』の話を聞きたくないか?」

「美人で可愛い女の子の話なら聞きたいです」


 思わず反応してしまったノエルは、正面から向かい合ったところで「あ」と我に返った。目の前から見下ろしてくる彼が、にっこりと形ばかりの美しい笑みを浮かべる。


(ぜんせ)からそうだが、お前は可愛い女の子の話に弱いな?」


 あ、やばい、と思った時には腕を掴まれて、そのままやや強引に室内に放り込まれてしまっていた。後ろで、パタン、と扉が閉まる音がする。


 というか、あいつはなんでミツチェルの名前を出したのか?


 もしや、ミッチェルと知り合っていたのがバレて……そんな嫌な予感が脳裏を過ぎった時、重々しい空気が張り詰める室内で、一人正座しているクレシスの姿が目に留まった。


 入室したというのに、先程のようにこちちを見てくれる様子はない。


「…………あの、さ……大丈夫?」


 ノエルは不安と心配が込み上げて、そっと近づいて声を掛けた。すると目が合った途端、彼がハッとしたような顔で「ひぃッ」と悲鳴を上げられてしまった。


 心配になって声を掛けただけだというのに、この怯えよう……。


 解せないなと困惑の中で思っていると、フィリウスが自分のベッドに腰掛けるのが見えた。その途端に部屋に立ちこめる緊迫した空気が強くなって、ノエルは気が重くなる。


 というか、彼が一体どうしてこんなに不機嫌なのか分からない。


 鋭い目でジロリと睨まれれば、ますます説教のような光景に思えた。なんだかそのまま斬られてもおかしくない気配を覚えて、ひとまず目を合わせてくれないクレシスの隣に正座する。


「夜会の警備はどうだった、ノエル・バラン」


 直後、長い足を組んだフィリウスが、そう高圧的に尋ねてきた。


 上官らしい雰囲気と口調に、緊張感が煽られて知らず背筋が伸びた。ノエルはゴクリと息を呑むと、膝の上に置いた手をきゅっとしてどうにか声を出す。


「えっと、大きな問題はなかったです。途中、ご令嬢様に気分が悪いと頼まれて少しだけ付き添いました。それから夜会が終わった頃、木の上に隠れている侵入者に気付き、駆け付けたタイチョ――マッケイ師団長に後を引き継いで、第二班は引き上げました」


 フィリウスが、少し視線をそらして「侵入者か」と興味もなさそうに呟いた。そんなことより、と言わんばかりに、僅かに目を細めてこちらを鋭く見据え直してくる。


「お前、俺の副官とはいつ知り合った?」

「えっ」


 唐突に問われ、ノエルは妙な声を上げてしまった。


「その、一度、王都の町中で偶然言葉を交わしたことがありまして」


 先程、彼がミッチェルにそう答えているのを思い出して言った。


 ノエルは、フィリウスが自分を「俺」と言った時点で、突き刺さるような威圧感とに警戒心を煽られていた。彼が素で話しているだけで、ものすごく嫌な予感が増すのは何故だろうか?


 フィリウスが、信じているとも疑っているともつかない声色で「ふうん」と言った。


「一度言葉を交わしただけにしては、親しげだな?」


 その声と共に、部屋の温度が更に数度下がったような気がした。


「ここ数日、クレシスとお前に接点を設けた覚えはない」

「え~っと……、その、出歩いていれば顔くらい会わせますって。うん。僕だって、彼が師団長さんの部下だったとは知らなかったんですよ」

「ほぉ。たったそれだけで、『頼るくらいまで』仲が良くなったと? 楽しげに顔を寄せ合って、気軽に話せるくらいに?」


 射抜くように見据えられたノエルは、もはや目を合わせていられなくてそらしてしまっていた。彼は明らかに怒っているようで、声には非難の意思をひしひしと感じる。


 というか、なんでそんなに彼が苛々しているのか分からない。


 もしや、協力体制を敷こうとしていたと勘付かれたのだろうか。それとも、十五歳の女の子とくっつけちゃえば問題解決するのでは、と面倒になって丸投げしようとしていたのがバレたのだろうか?


 これ、仕事でたとえるとサボリみたいなものか、と自覚して緊張でドクドクしてきた。今の仕事の鬼のフィリウスに知られたら、なんかめちゃくちゃ上官っぽく怒られそう……。


 そもそも、クレシスとは前世からの見知った仲なんですとは説明出来ない。前世の記憶を持っているなんて大きな秘密を、ノエルが勝手に明かしていいはずがないからだ。


「えぇと、クレシ――おっほん! 副師団長さんはなんだか話し易いというか、その、同じ上司想いでしたから親近感もわいちゃって、先輩としても心強くて……?」


 言いながらも、フィリウスの目が探るように細められてひやりとする。


 なんかまずいこと言ったかな、と自分の口がよく災いするのを思い出して緊張が増した。そうしたら彼が、「で?」と促してきた。


「先輩として心強いから、なんなんだ?」

「へ? あの、その、心強いので色々と協力してもらおうかと考えて、えーと、その件について話をする機会が何度かあったので、友人みたいな感じになったといいますか」

「――協力、ね」


 更に説明を求められるとは思っていなくて、動揺して慌てて言葉を紡いでいた。するとフィリウスが意味深に単語を反芻してきて、ノエルは自分が余計なことを口走ってしまったと気付いた。


 もしや、ここにクレシスまでいるのは、手っ取り早く二人の話す内容に相違点がないか確かめるためなのでは、という推測が脳裏に浮かんで、まさに尋問なのではと背筋が冷えた。


 そのままフィリウスが、隣へと視線を移した。その目に捉えられたクレシスが、目も上げられないままギクリと肩を強張らせる。


「先程の報告には『協力』という言葉は出ていなかったな。俺としては、そこがすごく気になるんだが――一体なんの協力を頼まれたのか、話してくれるだろうクレシス?」


 今すぐに話せ、とフィリウスのまとう威圧感が一気に跳ね上がる。


 前世でも感じたことがないほどの重圧感だ。気圧されてビクリとしたノエルは、クレシスから迷うような視線を向けられて、ハッとして思わず口パクで伝えてしまう。


 余計なことは言わないようにッ。


 クレシスが、迷うようにぎこちなく視線をそらした。数秒ほど考えるような沈黙を置いた後、唾を飲み込んで緊張しきったか細い声を出した。


「……その、私は先程知ったのですが、侯爵令嬢があなたに興味を持っていたようで、数日前に『彼』が協力を頼まれたようです」

「なるほど、それでここ数日彼女の名前が出ていたわけか。――それで?」


 フィリウスは追求を緩めずに問う。


「お前が求められた協力とはなんだ」

「あの、実は……あなたが誰かと恋をするように……あ、あな、あなたに相応しいお相手を紹介するよう協力してくれないか、と相談を受けました…………」


 今にも緊張で死にそうな様子で、彼が言葉を詰まらせながらぼそぼそと話した。


 すっかりバラされてしまった。嘘でしょなんてこと言ってくれちゃってんの、とクレシスの横顔を見つめていたノエルは、恐る恐るフィリウスの様子を窺う。


 フィリウスは、瞬きも忘れたようにクレシスの胸元辺りを見つめていた。なんだか彼にとって、その話の内容はあまりにも予想外なものであったらしい。


 もしかして、既に恋心ではないと自覚し始めていて呆気に取られた、とか?


 なんだそんなことだったのかと、拍子抜けしてしまった……?


 だが、次第にフィリウスの秀麗な眉が寄せられていくのが見えて、ノエルは不穏な空気を察知して「ひぇ」と震え上がった。思わず、隣にいるクレシスの胸倉を掴んで引き寄せる。


「クレシスの裏切り者おおおおお! なんでバラしちゃうのさ!?」

「ぐぇッ――仕方ないでしょう、『俺』だって自分の身が一番大事なんです!」


 というかッ、とクレシスも続く災難な事態に切れて言い返す。


「もう貴女のせいで色々と確実にややこしいことになってるじゃないですか! あなた鈍すぎるんですよっ、いい加減この現状を見て察してくださいよ!?」

「なんで僕が悪いみたいな言い方されるわけ!? あんた師団長さんのことストーカーレベルで尊敬しているのに、先に可愛い婚約者と恋愛して幸せになってるでしょ!? その幸せを恋愛初心者にも教えて、影から見守りつつサポートするって優しさを見せようよ!」


 フィリウスは、『恋人ごっこ』をしてくるくらいの鈍い男なのである。掴んだ胸倉をガンガン揺らしてそう説教したら、クレシスが痺れた足を起こしながら猛反論してきた。


「だからっ、なんでされている時点で気付かないんですか!? そもそも恋愛に疎い貴女に言われたくないですッ。夢見る年頃の少女なのに、なんでそういった考えを微塵も持ち合わせていないんですか! 十六歳って、もう結婚できる年なんですよ!?」

「結婚出来る年だろうと、もらってくれる人がいないと意味ないでしょうがっ! それに男だと思われてるのに、『少年』の僕にドキドキする成人男性なんていないから!」


 すると、途端にクレシスが怒気を消して、ごにょごにょとこう言ってきた。


「その、なんていうか、もし貴女が本当に男だったとしても、それはそれでアリだな、というか……」

「有りって、何が?」

「あなたはご自分への評価が低いんですよ、別にあなたは色気がないわけではな――」


 不意に、彼の言葉が途切れた。


 ノエルは、自分に不似合いな評価が聞こえかけたような気がして、思わず「は?」と訊き返していた。クレシスが、何やら思い出したかのように少し頬を染めて「ほんと、すみませんでした」と視線をそらしながら小さな声で謝罪する。


 出会い頭に見られたバスタオル一枚の姿のことだろうか?


 そう思い浮かんで、色気もない子供のバスタオル一枚姿なんだけどと首を傾げた時、



「ノエル、いつまで『そいつ』を近付けているつもりだ?」



 悪寒を覚えるほどの殺気立った声と、冷え冷えとした空気を肌に感じてゾワッとした。


「今すぐ手を離せ」


 そう指示が聞こえてすぐ、ノエルはパッと手を離していた。クレシスも咄嗟に距離を開け、二人は恐る恐る冷気の元へ目を向ける。


 そこには、美しい顔に絶対零度の表情を浮かべ、こちらを見下ろすフィリウスの姿があった。今にも人を殺しそうな目をしており、腰掛けているベッドから立ち上がりそうな気迫た。


「――どういうことか説明してもらおうか。なぜクレシスは、ノエルが女であると知っている? 話し方も、いつものお前らしくない随分と打ち解けた感じだが」


 言いながら、彼の紫色の瞳が殺気量を跳ね上げてクレシスを見据える。


「そういえばお前、ここ数日やけに俺を部屋から遠ざけようとしていたな。好奇心で見に行きがてら、つい、『手を出した』なんてことはないだろうな?」


 だからこそ、その流れで『見て』女であると知った、と――そう疑い問われたクレシスが、もう無理と言わんばかりに土下座し、たまらず床にゴンッと額を押し付けて叫んだ。


「勘弁してくださいロックフォレス様! 全部話します! まさか『あなた様も』完全に記憶があるとは思いませんでしたッ、というか誠にすみませんでしたあああああああ!」


 前世で呼び慣れた主人の名を口にし、勢いのまま彼が謝罪した。


 名を呼ばれたフィリウスが、言葉の意味に気付いた様子で僅かに目を見開いて、「……一体どういうことだ?」と殺気を解いて呆けた声を上げた。

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