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34話 四章 続・知らず誤解を受け続けるクレシスの災難

 ミッチェルが、第三王子の婚約者候補と聞かされて、ノエルは一瞬頭の中が真っ白になった。


「えっ、何それ。どういうこと?」

「だから、今日の夜会は、第三王子と彼女の顔合わせのようなものなんだよ。今まで侯爵が渋っていたこともあって、周りが騒ぎ立てないよう今日の日のために慎重にことを運んできたんだッ」

「マジか」


 え、じゃあフィリウスの件はどうなるのさ? 


 ノエルは、知らされた話にびっくりしてしまった。気になったミッチェルが、チラリと目を寄越したタイミングで、彼女は思わず目の前にあったクレシスの胸倉を掴んでいた。後ろでミッチェルが「きゃっ」と赤面して、口許に手をあてるのも気付かない。


「ちょっと待って、婚約者候補? あの子は師団長さんに気があるみたいだし、だからこのままくっ付けてしまおうっていう僕の計画はどうなるのさ!?」

「そんな計画を立てていたんですか!?」


 クレシスが、両手をわなわなとさせて前世の口調に戻って小さく叫んだ。


「やめてくださいッ、確実に『俺』に被害の矛先が向くじゃないですか! というより、あの年頃の子なら憧れを持つのは珍しくないことなんですから、勝手にそんな恐ろしい計画を立てないでくださいよっ!」

「でも彼女、本当に好きみたいだよ? 何度も妄想を聞かされ――つか、クレシス。口調が金魚の糞に戻ってるけど、どうしたの。『俺』じゃなくて『私』って言わないと、怪しまれるよ?」

「今そんなことどうでもいいんですッ、黙っていてください!」


 あなたという人はホントにッ、とクレシスが胸倉を掴んでいる彼女の手を解きながら言う。


「いいですか、頼みますからこれ以上ややこしくしないでください。彼女が王子と話してみて、それでもフィリウス様に熱い気持ちが向いているのなら、考えてみてもいいとは思います。しかしとにかく今はッ、陛下と侯爵の計らいをぶち壊すような動きは控えるようお願いします!」

「それだと僕が困るんだってば! 師団長さんが前世の影響ですごい勘違いを起こしちゃっていて、こっちは大変な迷惑を被ってるのっ!」


 ノエルは、ここにくるまでの散々な迷惑っぷりを思い出してそう叫んだ。


 すると、途端にクレシスが「は?」と呆けた声を上げて一時停止した。


「…………すみません。何がどうなっているんです?」

「だから、あんたの大好きな師団長さん、ライバルに対する敬愛を恋心と間違えるという、致命的な勘違いを起こしているみたいなんだよね」

「え……、は? つまり『フィリウス様』が君を……?」


 待て、一体マジで何がどうなっているんだ、とクレシスが混乱の目を向けてくる。


 生まれ変わった今の魔術師が、と問われたことに気付いてノエルは「あ」と思う。そういえば、彼にも前世の記憶があるとは話したことはなかったのだ。


 誰にもずっと話せなかった、と語っていた時のフィリウスの様子が脳裏に過ぎった。これはフィリウス個人の問題にも関わるし、勝手に喋ったらいけないだろう。


「えぇっと、今は詳しく説明している暇はないんだけど、死別のトラウマがあってバリーの面影を追ってる、みたいな? うん、多分、そんな感じだと思う」


 えっとね、とノエルは視線を泳がせつつ言う。


「あいつが僕を『好き』だとか有り得ないわけで、だから絶対に勘違いで。その、だから手っ取り早い解決方法として、師団長さんに恋人が出来るよう協力して欲しいんだ」


 そうどうにか説明して目を戻してみたら、ポカンとしているクレシスがいた。


 しばらく見つめ合った後、クレシスがゆっくりと視線をそらしていった。掴まれた際に乱れたジャケットの襟を整えると、深い溜息をついて頭を抱えてしまう。


「…………何がどんな風にこじれて、君がどういう風に勘違いをしているのか……。聞きたくないような気がします」

「えぇ、ひどい。協力してよ。というか完全に前世のヘタレ野郎になってるから、お嬢様にあやしまれる前に復活して――」


 項垂れるクレシスの肩に手を置いたノエルは、その顔を覗き込んだところでビクッとした。強烈に突き刺さるような強い冷気を覚えて、咄嗟に口をつぐんでしまう。


 ノエルが反応するよりも速く、クレシスが真っ先に冷気の発生源へ目を走らせた。そこを目に留めた途端、世界が終焉を迎えたような顔で狼狽をもらした。


「フィ、フィリウス様……」


 咲き誇る薔薇園の通路から、冷たい表情を張り付かせ、フィリウスがこちらに向かってやってくるのが見えた。


 彼もまた、師団長としての正装服に身を包みマントまで着用していた。その機嫌は最高調に悪いようで、戦場で浴びた覚えのある強い殺気にノエルの足も竦む。


「侯爵令嬢の護衛だと伺ったが」


 フィリウスが言いながら、一瞥するような眼差しを投げて寄越してくる。


 その声にも殺気が孕んでいて、会場で何かあったのだろうかと勘繰ってしまうくらいだった。とりあえず非常事態が起こった時は、クレシスを盾にしようと考えつつ、ノエルは彼と共にそろそろと体制を整えて上官に対する直立姿勢を取る。


 フィリウスは、直立した二人から視線を外した。そのままミッチェルに歩み寄ると、上品な笑みを浮かべて紳士的な礼を取って少し腰を屈め、優しげな声を掛ける。


「先程ぶりですね、ミッチェル嬢。私の部下が何か迷惑をかけませんでしたか?」

「いっ、いいえ! 少し疲れてしまいまして、わッ、わたくしを気にかけて良くしてくださいましたわ。仲がよろしいようで、とても楽しい一時も過ごせて満足しております」

「――仲が、いい。そうですか、それは良かった」


 ふっと低く口にしたフィリウスが、声色を戻してキレイな笑顔を作る。ミッチェルが夢見る乙女の如く彼の美貌に頬を染めているのだが、彼の目は一切笑っていない。


 なぜ気付かないのだろうかと、ノエルはその様子を青褪めた顔でただただ見つめていた。フィリウスの背後には、まるで大魔王が君臨したようなブリザードすら感じる。


「…………ねぇ、僕もう戻ってもいいかな?」

「…………それは残酷過ぎませんか。全部押しつけて逃げるのは、人としてどうかと思います」

「補佐するのが副師団長の役割でしょ。考えてみたら、僕はサボっていたわけじゃないし、奴のプライベートな苛立ちには関係ないと思うんだよね」

「いやいやいや、大ありですからッ」


 視線も交わさないまま小声でやりとりする二人の目線の先では、見掛けだけ紳士的なフィリウスが「父君が呼んでおられましたよ」とミッチェルの手を取り、エスコートするように立たせていた。


 彼の表情はあくまで優しげだが、目は完全に冷え切っている。その様子を見て取ったクレシスが「どうしよう」とうろたえて、とうとう何も考え付かないまま項垂れた。


「やっぱり、貴女に関わるとろくな目に遭わない……まるで厄病神だ」

「ひどい言いようだけど、僕が一体何をしたっていうのさ?」

「あなたは自覚がない分、性質(たち)が悪いんですッ」


 互いに顔を伏せてこっそり言葉を交わす中、クレシスが声を抑えつつそう訴えた。


「いつも突拍子もなく現れて俺を巻き込むし、意味もなく待ち伏せして勝手に距離を詰めてくるし、先日と今日の二回だけでも心休まらない事態を発生させるとか、どんな疫病神ですかっ!」

「ねぇねぇ、クレシス。また一人称が『俺』に戻っちゃってるけど」

「俺はッ、毎回ひどい目に遭ってるんですよ!? これまで皮一枚で繋がっていたのに、今日こそ俺の首が飛ぶんじゃ……ッ」


 ぶるり、とクレシスが震え上がる。


 それを見て、ノエルはかなり心配になってきた。


「え、何それ恐い。というか落ち着きなよ、ほとんど前世の頃の話とごっちゃになってる感じがするけど、今はなんも関係ないじゃん。ほら、とりあえず一度深呼吸しよう」

「深呼吸って、君、毎回そんなことばっかりじゃないですか」


 嘘だろ信じられねぇ、そこも『まんま』変わってないのかよ、とクレシスが目を向ける。


「それで事態が良くなったこと、あります? 討伐団の出発に遅れが出た時も、君が悪戯で仕掛けた罠に引っ掛かって『俺』が宙づりになって、予想以上に縄が解けないせいで――」


 不意に、クレシスが口をつぐんだ。


「どうしたの?」


 不思議に思ってノエルが問い掛けても、彼は何も答えないまま、尊敬する自分の上司へ視線を向けた。


 数秒ほどじっくりと見つめ、何かを懐かしがるような、それでいて切ない一瞬一瞬を思い出していったような痛みを覚えた目をした。


 クレシスはノエルへと目を戻した。こちらを向いたクレシスの顔には、懐かしくて切なくて、悲しくて、そしてやっぱり嬉しくもある、というごちゃ混ぜになった微笑が浮かんだ。


「変な顔。ホントどうしたの?」

「――いいえ。前世でも、ちっとも平穏じゃない日々だったな、と思いまして」

「討伐の旅だったんだから、当然じゃない?」


 ノエルは答えながら、きょとんとして小首を傾げた。


 そうしたらクレシスが、「相変わらず呑気で元気な(かた)ですね」と小さく苦笑した。そのまま背を伸ばしたかと思うと、目を合わさないまま思案顔でこう続けてくる。


「フィリウス様の勘違いとやらについては、俺にとって重要なことですから後で話を聞いてあげますし、必要なら協力だってしてあげます。だから――……勝手に判断して、知らないところで無茶をするようなことは、もうしないでください」


 言いながら、どこか沈んだような表情で、どんどん視線を落としていく。


「…………目を離している間にいなくなられるのが、一番こたえるんです」


 ポツリと、彼が独り言のように口の中で呟いた。


 変な奴だなと思いながらも、ノエルは、どうしてかクレシスの落ち込んだ横顔を茶化すことが出来なかった。


「うん、分かった。相談するし、勝手に動かない」


 そう慰めるように言って約束した。

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