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33話 四章 二人の女の子×胃も痛いし頭も痛い副師団長

 夜会の会場隣には、廊下から降りられる位置に庭園が広がっていた。夜会が始まったばかりの時刻ということもあって観賞する者はなく、ライトアップされた庭園の奥は静かだ。


 先頭を進むミッチェルに続いて、ノエルはすぐ後ろを付いて歩いていた。クレシスは二人から少し距離を置くように歩いており、入園する際、入口にいた衛兵に「侯爵令嬢のご希望だ。私と彼が護衛にあたる」と短い指示を出したっきり、ずっと黙っている。


 会場の賑やかな声が遠ざかったところで、ミッチェルが肩から力を抜いた。ずっと緊張状態だったらしいと気付いて、ノエルは少し心配になって声を掛けた。


「大丈夫ですか? なんだか疲れているみたいですけど」

「侯爵家の名に恥じぬよう、立派に社交するのも務めですもの」


 ライトアップされた庭園には、薔薇が咲き誇り強い匂いが漂っていた。


 庭園内にある噴水を通り過ぎながら、ここは薔薇園なのだとミッチェルが小さな声でノエルに説明した。語り終えると、最後の緊張を吐き出すようにふぅっと息を吐く。


「でも、私は薔薇が少し苦手なの」

「どうして? 鼻が曲がりそうなくらい尋常な量と匂いだとは思いますが、すごく綺麗ですよ」

「ふふっ、あなたってホントずけずけ言う人よね」


 思わず、くすりと笑ったミッチェルが「いいえ、そうじゃないのよ」と続ける。


「だって薔薇って、完璧な美しさを求められているみたいでしょう?」


 ノエルは薔薇をよく知らなかったから、なんと返していいのか分からなかった。花なんて王都に来てからしか見ていない。だから、全部可愛いし美しいと思う。


 ただ、令嬢なりにミッチェルも苦労があるのだろうとは察せた。


 ただただ労いように、にこっと微笑み返してみたら、彼女が「あら」と言った。それからミッチェルは小さく苦笑して、「なんだ」とどこか少しだけ納得したように口にする。


「あなた、そうやって気遣えるところもあるじゃない。そうやっていると、ちゃんと一歳年上に見えるわ」


 しばらく歩いたあと、ミッチェルが一つのベンチに腰を降ろした。


 ふんわりと広がったドレスを踏まないよう、ノエルは少し距離を開けて隣に座った。すると、十歩ほど離れた場所にあるアーチのそばに立ったクレシスが、呆れたように顔を顰めた。


「え、何。なんかダメなことした?」


 ノエルが思わず問うと、クレシスも思わずといった様子で苦い顔をしてこう言った。


「お前は、もう少しマナーを学べ」

「ドレスは踏んでないよ? せっかく綺麗なのに、くしゃっとしちゃったら勿体ないじゃん」

「そっちじゃない。なんで自然な流れで、侯爵令嬢の隣に堂々と座るんだよ」


 その時、様子を見ていたミッチェルが、口許に手をあててくすりと笑った。


「私の目も、あながち間違いではなかったみたいね。あなた達、本当に仲がいいのね」

「……ミッチェル嬢、それは誤解です。私と彼は浅い知人関係にあります」


 私としては、二人がかなり仲良しっぽいのが気になる……とクレシスが気掛かりな表情を浮かべて呟く。


 ふと、ノエルは思い出して、気になっていたことをミッチェルへ尋ねた。


「そういえば、師団長さんとは話せましたか?」

「あっ、そうそう、挨拶をして少しだけ話すことも出来たのよ!」


 それが報告したかったのだと言わんばかりに、ミッチェルが目を輝かせてノエルを見る。


「本当に短い間だったんだけど、お父様と一緒になってお話してくださって。ドレスと髪飾りも褒めてもらえたの! その後は遠目だったけれど、何度か目も合っちゃったんだから!」

「へぇ、そりゃすごい」

「ちょっと、せっかく話しているんだから、少しは関心する素振りくらい見せなさいよ」


 いや、そんなこと言われても、恋する乙女心とかよく分からないし……と思ってノエルは困ってしまう。


 まるで女子トークのような光景である。唐突に開始された二人のやりとりを見守っているクレシスが、「えぇぇ……」となんと感想していいのか分からない表情を浮かべていた。


 もうっ、と可愛らしい顔で怒ったミッチェルが、すぐに眉間の皺も消して座り直す。


「まぁ、あなたには別件でも感謝しているのよ。あなたの言った通りにしてみたら、何人かの令嬢とも普通にお話出来たの。それからダンスも! すごく楽しくて興奮しちゃったわ」

「おぉ、それは良かったです」


 ミッチェルの満面の笑みが可愛らしくて、ノエルもにっこりと笑い返した。


「そう言えば、お嬢様。そこのクレシ――えっほん。そこにいる副師団長さんは、あの師団長さんのところの『副官さん』なんですけど、ご存知でしたか?」

「知っているわ。だから、ついでに呼んだのよ」


 ミッチェルがキッパリした声で言って、くるりと彼の方へ顔を向ける。


 え、とクレシスが顔面を微妙に引き攣らせた。すると彼女が、わざとらしい――なんとも可愛らしい下手な咳払いを一つして姿勢を正して問い掛けた。


「ところでマーレイ様、一つ伺いたいことがございますの」

「はい、なんでしょうか?」

「……貴方が、その…………ラインドフォード様の『追っかけ』をしているというのは、本当ですの?」


 戸惑いがちに問われ、クレシスが「は」と目を見開いて固まった。協力して欲しいとか言うのかなと予想していたノエルも、「え」と言葉を詰まらせてしまう。


 ミッチェルは少し頬を染め、手元に視線を落として恥じらうように言葉を続ける。


「マーレイ様は、可愛らしい婚約者様と仲睦まじいと有名ですけれど、自分の上司に、その、同性としてただならぬ『崇拝心をお持ちだ』と複数の方々からお噂を……他の騎士に嫉妬するくらいラインドフォード様をお慕いしている、というのは本当なのでしょうか?」


 そろりと持ち上げられた美少女の眼差しは、羞恥に潤んで非常に愛らしい。


 本当ですよ、つか前世からのストーカーみたいなもんです、とノエルは正直すぎて災いする口からそんな感想が出そうになった。


 だが、それは「違います!」という慌てふためいたクレシスの発言で遮られた。


 どうやら彼は、軍の中で流れているその噂を知らなかったらしい。目を向けてみれば、僅かに頬を染めて必死に否定している彼の姿があった。


「ミ、ミッチェル嬢ッ、それは何かの誤解です。私は確かにフィリウス様を尊敬しておりますが、独占したいと思ったことは微塵もないですし、ましてや嫉妬などっ! 彼は、全騎士の憧れの人であります!」

「そ、そそそそうですわよね。てっきり他の令嬢達が語るような、男所帯の恋愛があるだなんて、わたくしったら、おほほほほ……」


 それでもまだ疑いがある様子で、ミッチェルの笑顔はぎこちない。


「ところで、マーレイ様。その、ラインドフォード様には特別な女性などおりますの?」


 彼女が、話題をそらすようにそう訊いた。


 まるで、本当はもう好きな人がいるのではないか、と問うような口調だと気付いてノエルは不思議そうに彼女を見る。問われたクレシスが、顔を強張らせてこう尋ね返した。


「どうして、そうお思いに?」

「その、今まで婚約者がいらっしゃらなかったのは、戦場に身を置いていたからだと聞きました。けれど王宮に戻っても、一向にそういったお話が聞こえないのが不思議で」


 それにね、時々、と彼女は思い返すような目を薔薇園へと向ける。


「ずっと見ていて、まるで誰かに思いを馳せているようにも感じる時があって。わたくしの気のせいだとは思うのです、今日見た彼からはそれを感じませんでしたから」

「申し訳ございません、私は……その、プライベートのことまでは分かりかねます。戦争の関係で滞っていた、としか……」


 ぐるぐると考え込んだ目で、クレシスが足元に目を落とす。


 不意に、ミッチェルが「あっ」と思い出したように、ぽっと頬を染めて手をもじもじとさせた。いつもの強気な行動力はどこへ行ったのか、チラリと視線を寄越してくる。


 恐らくは、同性として好きだとかそういう事情がないのであれば、彼にも協力してもらえないかしらと言いたいのかもしれない。


 つまりこれは、本格的にクレシスを巻き込めるチャンスである。


 よっしゃ任せとけ、とノエルは満面の笑みで応えた。どうしてか足元を見たまま動かないでいる彼に顔を向けると、「副師団長さん」とハキハキした声でクレシスを呼んだ。


「せっかくこんな美少女がいるんだから、未婚の師団長さんに紹介してあげたら?」

「は――はぁっ!? なッ、んなこと……!」


 ギョッと目を剥いて、クレシスが勢いよく顔を上げる。そのまま何やら言おうとしたところで、ミッチェルの視線に気付いて、少々焦ったようにノエルの襟首を掴む。


「ミッチェル嬢、少しだけ席を外しても?」

「え? ああ、別によくってよ」


 戸惑い気味に彼女が答えるそばから、彼は「ちょっとこっちに来い」とノエルを引っ張った。ベンチの後ろへ進むと、ミッチェルに声が届かない場所で足を止める。


「おまっ、ホントなんてことを言うんだッ」


 薔薇園の通路壁にノエルを隠すように、クレシスが両手で囲ってそう囁き声で怒鳴った。


 後ろから見ると、恋している少年に詰め寄る青年の構図である。ミッチェルが「え」と声を上げて、赤くなった顔をパッと正面へ戻し「まさか本当に禁断の恋があるのかしら」と、ドキドキしながら、いけないものを見てしまわないようにと座り直している。


 そんなことにも気付かず、彼は『後ろに声がいかないように』その姿勢で続ける。


「彼女は、第三王子の婚約者候補なんだぞ!?」


 そう教えられて、ノエルは大きな目を見開いた。

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