3話 一章 男装リーダーの反省 下
そして、今に至るというわけである。
ようやくそう思い出した二人は、揃って「あれかぁ」と口にした。
反省室に放り込まれてから、外はすっかり夜も明けていた。ノエルは、だからマッケイが戻ってきたのだと推測しつつ「よし」と真面目な表情で、その上司に向き直る。
「タイチョー、あれは小麦粉の量をちょっと間違えたんだと思います。次こそは一部屋内の威力に留まるかと。ああ見えてトーマスは器用だし、蜘蛛に震えていたジニー達も可哀そうじゃないですか」
「何が『ジニー』だ、ちっとも可愛くないわ! そもそもジョン・シーターという立派な名前を持った男だろうがッ。全く、奴らときたら揃いも揃って蜘蛛が怖いとは情けな――ってそこじゃないわノエル・バラン!」
全くお前という奴はッ、とマッケイは肩を怒らせながら再び机を叩いた。
「お前らが、他の者からなんと言われているか知ってるか!? 『問題児集団の第二班』だぞ!? 特にノエル・バラン、騒ぎの中心にいるのはいつもお前だッ」
「え~、問題児集団とか大袈裟じゃないですか?」
「そのまんまだ! お前の仲間も、実に優秀ときているのに『リーダー』のお前の判断の他は、全く使い物にならないというのが勿体なさすぎる……!」
ぐおぉぉ、とマッケイが色々と言いたいことがありすぎる、といつた様子で目を押さえて天井を仰ぐ。
それを前にして、ノエルは「え~……」と怪訝な表情も隠しもせず反論した。
「ちょっと待ってくださいよ、タイチョー。確かに悪ガキ時代は、僕も『リーダー』なんて呼ばれていましたけど、今は十六歳の、ちょっとやんちゃな若輩班長じゃないですか。仕事だって、仲間達となんとなくは頑張ってるでしょ?」
「お・ま・え・の・場合はッ、『ちょっと』の度合いが違い過ぎるんだ! あと、『なんとなく』ではなく真面目にやれ。お前らは普段から真面目さが足りんのだ!」
男らしい野心もない第二班は、本当に戦争孤児なのかと疑うほどに素直で欲がない。ここまで向上心がない彼らに対して、マッケイは自分の熱意が伝わらないことを歯痒そうにする。
ノエル達のいた土地は激戦区の一つで、幼少にして既に失う家族すらなく定住の地もない身だった。その日その日を皆で笑って生き、権力や地位に憧れを抱くこととは無縁だった。
最後の激しい戦いになるだろうと予想された国境任務にて、マッケイはそんなノエル達の明るさや、秀でた戦闘能力に救われていた。同じ窯のメシを食い、時には小さな体で彼や部下達を背負ってくれた姿が忘れられず、緑の騎士団の設立を王に進言したのだ。
騎士にならないかと声を掛けた時、マッケイの予想に反してノエル達は微妙な反応をしていた。彼らは互いに顔を見合わせ、「騎士かぁ」とぼやいたものである。
騎士職は、少年達の憧れである。
これだけ独学で剣を振れるというのに、ほとほと呆れるくらいに欲がない。
騎士として教育を受けていれば、いずれは向上心も出てくるだろうと期待しているものの、地下反省室の常連組になっている二人を前に、マッケイは目頭を揉み込んだ。
「お前らに熱意がないのは分かっとる」
だがな、とマッケイは辛抱強く言い聞かせるように続ける。
「まずは、妙な方向に向いているその向上心を修正しろ。頑張れば王国騎士団への正式入団も夢じゃないないんだ。緑の騎士の中でも、お前らは山猿並みに体力もあるしな」
「タイチョー、昔から俺らのことを山猿って言ってますけど、ジニー達は木登りも出来ない大人しい奴らですよ」
山猿に凶暴なイメージを抱いているディークが、すかさずそう訂正した。
その途端にノエルも「そうですよ、タイショー」と、彼の説明を引き継いでこう言った。
「ジニーとミシェルは手先が器用で、繕い物がすごく得意なんですよ。だから山猿という表現は合わないと思います。――あ、ほら、僕のシャツのボタンだってそうですよ。よく勝手に取れるから、いつも直してもらっているんです」
「なんだその乙女ちっくな特技は!? というより、お前のシャツのボタンは『勝手に取れる』んじゃなくて、想定以上の行動力による負荷に耐えられていないだけだからな!」
第二班は、ノエルを筆頭として全員が高い身体能力を持っていた。
無邪気に笑って悪戯をしでかす姿からは、想像できないほど戦いへのスイッチの切り替えが早い。教育と指導によっては、将来どの班よりも有望であると注目されている新人グループでもあった。
とくに班の中で一番に大きな体格と、強靭な筋力を持った十七歳のジョン・シーターが良い例だろう。
ノエル達には『ジニー』と愛称で呼ばれているが、得意の槍を構えて戦場を駆ける姿は、他の緑の騎士達が憧れて今もなお語り継いでいるほどだった。
戦地では常に的確な判断を行い、前線メンバーをサポートする優秀な彼は、ノエルの子分の中でも性格に難がない。気弱で普段は後ろをついて回り、細々と喋るところだけが欠点だろうか?
そんなジニーの姿を思い起こしていたマッケイは、木登りが出来ないメンバーがいることについて考え、またしても目頭を丹念に揉み解しにかかっていた。
実のところ、木登りが不得意なのではなく、極力登りたくないだけなのである。ノエル達が『黒い悪魔』やら『悪魔の化身』やらと呼ぶ蜘蛛は、高確率で木にいるからだ。
特にジョン・シーター――ジニーは虫が駄目だ。そして第二班の半数以上が、虫の他にもホラーな話も一切駄目という、繊細な心の持ち主達なのである。
「……いいか、ノエル。ジョン・シーターの特技を他の班の奴らにバラすなよ」
「え、どうしたんですかタイチョー。僕は言わないですよ。だって、そうしたらジニーに繕い物が殺到して大変じゃないですか」
「そっちじゃないわ馬鹿者が! ジョン・シーターに憧れる少年達の希望を、打ち砕くなと私は言っとるんだ! それにな、軍からきちんと支給されるのに、そんなことを頼むのはお前くらいのものだぞッ」
マッケイは、なんで伝わらんのだと悔しそうに地団太を踏みながら、続けて「それから!」と声を張り上げる。
「ちなみに今後一切、小麦粉爆弾の精製は禁止にする!」
その途端、ノエルとディークが揃って「えぇ」と嫌な顔をした。
叱り付ける上司マッケイのこめかみに、更に青筋が立って「当たり前だろう」と彼は怒り目で睨み付ける。
「お前達ときたら、次から次へと平和な材料を実害兵器に作り変えよって。いいか、反省文を書いたら執務室へ来い。今回、お前達は強めの破壊兵器を開発したうえ、上の階の部屋まで損壊が及んだから――」
「え、つまりアレですか」
マッケイの話を、ノエルが期待感溢れる声で遮った。
「クビですか? それだったら僕、冒険者としてギルドに推薦登録してもらってもいいですか? 騎士団の紹介だったら、一発でCランクからの仕事が出来るって聞いたんです。報酬がすごくいいらしいんですよ」
「タイチョー。リーダーだけじゃなくて俺らの分もお願いしていいっすか? とりあえず皆で竜退治して人魚の歌を聞きにいって、それから一角獣を見に行こうかって計画を立ててるんですよ」
「もうそんな計画を立てているのか!?」
マッケイが飛び上がる。ノエルは空気を読まず、にっこりと笑って「そうなんですよ!」と実に楽しさいっぱいの顔で答えた。
「伝説の黒竜の鱗をゲットしたら、タイチョーにも見せてあげますね! あれって白髪に効くんでしょ?」
「リーダー、それ白髪じゃなくて若返りじゃなかったっけ? つまり寂しくなった頭髪がフサフサになる的な」
「え~、そうだっけ?」
呑気に言葉を交わすノエルとディークを前に、マッケイの堪忍袋は我慢の限界を超えた。彼はピキリと何個もの青筋を立てると、扉の外に立っている衛兵の存在も忘れて怒鳴った。
「ばっかも――――――――んっ! 誰がクビにするといったか!」
そうブ千切れられたノエルとディークは、何がいけなかったのか分からない様子だった。煩い声を迷惑がるような表情で、その怒声に耳を押さえていたのだった。