28話 四章 掃除×サボり×まさかの
ディークとトーマスが抜けた後、残っているメンバーで窓拭きを完了させた。
竹刀磨きに、仮部屋の清掃。急な作業仕事が一つ増えてしまったわけだけれど、予定通り夕食前までには全員が順番でシャワーを浴び、夜の警備の支度をする余裕はあるだろう。
ひとまず各自作業を終え次第、第二班の一番部屋に集合することを話し合って、廊下で一旦別れることになった。
「竹刀磨きなんて、すぐ終わるさ」
「んじゃ、後でなリーダー!」
「ソッコーで終わらしてきますんで!」
バタバタと楽しげに走っていく子分達を、ちょっと寂しい気持ちで見送った後、ノエルは箒と雑巾、少し水を入れたバケツと布巾を持って、未だに慣れない四階の部屋へと上がった。
例の仮部屋は、既にすっかり綺麗にされてあった。
ベッドは既に整えられていてシーツもピンと伸ばされ、床には埃一つ見られない。使用人達の仕事振りは完璧で、恐らく自分が窓を拭けば曇るだろうことも予想された。
そんな室内の様子を眺め、しばらく真面目に考える。
「……これって、何もしなくてもいいんじゃね?」
ノエルは、やっぱりその結論に辿り着いた。
マッケイには最低三十分はいろと言われていたものの、普段立っている衛兵の姿はなかったし、行き交う騎士の姿も見ていない。目撃者となりうる危険人物はいないわけで――。
「よし。撤退」
そう口にしたノエルに、迷いはなかった。今の時間、上の階に人の姿がないのを好都合と考え、掃除道具を持ってそのまま部屋を出て来た道を戻る。
つまり第一師団に繋がりそうな、衛兵と騎士にバレなきゃ大丈夫だろう。
道具を片付けるべく一階へ降りてみると、やっぱり正規の騎士の姿は見られなかった。そのまま倉庫へ続く廊下を進んでいると、バッタリと他の緑の騎士の班と遭遇した。
彼らはノエルに気付くと、少し驚いたようにして足を止めた。
「あ、『ちびっこ班長さん』だ――珍しく一人なんですね」
先頭にいた青年が、仲間達を代表するかのように呆けた声を上げた。メンバーと一緒になって掃除道具一式を見たところで、どこか納得したような表情を浮かべる。
「二班は、また掃除ですか?」
「うん、そう」
ノエルは怪訝に眉を寄せつつも、先頭にいた班長の彼の質問に答えた。
他の班は、年齢に関係なく第二班には敬語で接してくる。はじめの頃は、初対面で人見知りしているのかとも思っていたのだが、それがかれこれずっと続いていた。
もしや第二班以外は、思ったより物腰の丁寧な青少年が揃っているのだろうか。そんな疑問をまたしても思ってしまったノエルは、「あ」と気付いてこう言った。
「ちょうどいいや。この掃除道具をこっそり戻そうかと思っているんだけど、向こうの倉庫側に緑の騎士以外の人っていた?」
「うわー、サボル気満々じゃないですか」
反省期間で掃除業務が続いているのを知っている彼らが、揃って「それはちょっとまずいのでは」という顔をする。しかし、ノエルは堂々と胸を張ってこう言った。
「部屋はめっちゃキレイ。それでいて、さっきはサロンも掃除したし、廊下の窓だって全部拭いたんだからね」
「あ、それはお疲れ様です……」
あまりにも堂々と言い切られて、彼らは圧されたように「お疲れ様です」とやった。しかし、でも部屋掃除のサボリに変わりないのでは……と小さな声で疑問も口にする。
青年が、記憶を辿るように少し考えた。自分の班のメンバーを振り返ったところで、少年達の大半が分からないというように顔を見合わせる中、一人の青年がひょっこり出てきた。
「タイミングがいいですよ」
言いながら班長の隣に立ち、自分よりもかなり小さいノエルを覗き込む。
「俺らが歩いてきた廊下も、珍しく人がいない感じでしたから」
「へぇ、なんだかそれも珍しい気が――」
「あはは、悪運がいいんですねぇ」
「おいコラ。聞き捨てならないんだけど」
片眉を上げて腰に手をあてるノエルを、その青年は「近くで見ると更に小さいっすね~」としげしげと見下ろした。残りのメンバーも、つい、同じような顔で見つめてしまう。
よくそういう反応はされるけれど、毎度イラッともくる光景だ。
自分が小さいのはよく分かっている。だからこそノエルは、コンプレックスに触れるんじゃねぇよ、と意思を込めて睨み上げた。すると途端に、彼らが慌てたように謝ってきた。
「可愛い顔で睨まないでくださいよ」
「すみませんでした、久々に近くで見たからちょっと」
「ボコるのは勘弁でお願いします」
そうわたわたするメンバーを見やった班長の青年が、ノエルへと目を戻して小さく苦笑し「マッケイ師団長に叱られないといいですね」と言って、彼らを連れて去っていった。
彼らと別れたノエルは、引き続き廊下を進んだ。
用具置き場となっている倉庫近くにも、人の気配がなかった。
日中の勤務時間帯に一時人が絶えるのは、珍しくないことだ。タイミングの良さにガッツポーズして掃除道具を片付け、それから数日寝泊まりをしていない自分の一番部屋へと向かった。
大部屋に入ってみると、隅には積み重ねられている布団があった。利用人数が増えてベッドが退かされているせいか、床に布団が敷き詰められていないと少しばかり広く感じる。
時計を見れば、まだ四時を少し過ぎたばかりだ。
ノエルは夕食の時間までを考えて、効率的に自分から先に風呂に入ることにした。置いてあった軍服の着替えを引っ張り出し、テキパキと準備を進める。
部屋に備え付けてある浴室は、一度で数人入れるくらいには広いのだが、入隊してからは男女で別れて利用していた。少し前までは、一緒に川で水浴びをするのも珍しくなかったというのに、ノエル以外の仲間達が「恥ずかしい」と言い始めたことが原因である。
全く、乙女チックな子分共である。
お互いタオルで隠しているというのに、一体何が問題だと言うのだろうか?
確かに風呂場内でタオルを巻くのは面倒であるし、身体を洗う間は後ろを向いていない。でもこれまでも皆で生活していただけに、時間的な効率を考えるとちょっと腑に落ちない。
ノエル達は、王都に来てからバスタブのついた浴室という存在を知った。
自然で出来た温泉湯とは違い、室内も実に暖かいから好きだった。ディーク達も気に入っていて、時間があればバスタブで疲れを癒す日々が続いている。
勿論、本日もノエルは湯をたっぷり溜めた。
シャワーを浴びた後、まだ西日も明るいというのに、贅沢だなぁと思いながら湯に浸かった。身体の芯までほっこり温まっていく心地良さに、しばらくまどろむ。
ふと、脱衣所よりも向こうあたりから物音が聞こえた。
まだ三十分も経っていないはずだが、ディークとトーマスが先に戻って来たのだろうか。そちらへ顔を向けたノエルは、そう考えて湯に浸かったまま声を掛けてみた。
「ディーク? トーマス? もう戻ってきたの?」
途端に、していた物音がぴたりと止まる。
なんだろうと思ったノエルは、お湯から出ると、引っ掛けていたバスオタルを身体に巻けて脱衣所へ出た。そうして部屋を繋ぐ扉の前まで来た時、ふと、向こうから声がした。
「確認したいことがある」
それは仲間の誰のものでもない、知らない大人の男の声だった。
声に殺気は感じない。ノエル訝って「なんだよ?」と問い返した。物音を立てるような動きしか出来ないような侵入者くらいであれば、素手でも組み伏せられる自信はあった。
「お前は、『バリー』か?」
「は……?」
ノエルは、予想もしていなかった問い掛けを聞いて、しばし呆気に取られた。