27話 四章 リーダーと子分達と、謎な副師団長
緑の騎士の第二班は、朝食後、マッケイのもとに集められた。
「数日前のことだがッ、お前らはまた性懲りもなく――」
そう切り出されて、今夜の夜会警備について説教混じりに話を聞かされた。数日前の市民闘技場の件を今更怒られても、ノエル達は実感がなくて「はーい」と適当に謝っていた。
王宮の夜会については、どうやら二階部分に当たる会場の第五テラスの下が第二班の固定待機場所になるらしい。そこは会場東側の中腹の位置で、左右には別の衛兵班が配備される予定だった。
これまでも警備業務はあったものの、大規模な夜会の警備は初めてだ。
実質的に、それは体験させるための研修配置でもあった。警戒が必要な場所にはベテランの騎士達が、そして指導とフォローに当たれるよう、ノエル達の声が届く距離に衛兵班が二組置かれる。
「今回は通常警備に加えて、第二班も巡回警備を行ってもらう。貴族への対応が出来るだけないよう配慮し、観賞庭園側からは外して裏手側を巡回させる予定だ。四十分で半分ずつ交代制で見回りにいってもらうつもりが、ルートの詳細については追って指示する」
話を聞きながら、五日ぶりに任務が出来るとあってノエル達は楽しみになってきた。トニーは、きらびやかな夜会を覗けるかもしれないという好奇心。ザスクを含む数人は、夜盗やちょっとした騒ぎでも起こってくれれば戦えて楽しいのに、と期待を込めた目をしている。
話し終えたマッケイが、そこで気付いてドン引いた。
「…………お前ら、いかにも暴れたいというギラギラした目をするんじゃない」
そんなこと滅多に起こらんからな、と彼は『一応、念のため忠告』して、一旦ミーティングは解散となった。
王宮で開催される夜会は、夕刻から入場開始となる。
それまで時間があったので、ノエル達は午前中いっぱいを第一棟裏手の草むしりに費やした。その後に昼食を済ませ、続いて広々としたサロンの掃除へと入る。
「リーダー、第一師団の副師団長と顔会わせたことってあるか?」
「ないけど、どうして?」
サロンの掃除をしていると、唐突にそうディークに質問された。
副師団長の存在については、朝にフィリウスから聞いて存在を思い出したくらいだ。会ったことはないし、ノエルはとても不思議に思ってそう尋ね返す。
するとディークが、箒にもたれかかりながら「それがさ」と言って言葉を続けた。
「その副師団長が、なんかリーダーのことを嗅ぎ回っているみたいでさ。なんでかなって思っていたんだけど、聞いたところによると信者並みに自分の師団長を尊敬している、とか」
「何それ、つまりホモなの?」
今やっている雑用係りだって、ただただ迷惑な話なのだ。そんな個人的な事情で逆恨みなどされているとしたら、かなり迷惑なんだけど、とノエルが嫌がる顔をする。
そうしたら、トーマスが横から顔を出して、彼女の肩に腕を回してこう言った。
「副師団長は、可愛い婚約者がいる貴族様だってさ。つまりホモではない」
「ふうん、婚約者がいるのか――って、いつそんな情報を得たの」
ノエルが、森色の大きな瞳をトーマスに向ける。彼が「だって」と見つめ返す中、ディークがこう答えてきた。
「いろんな場所で雑用やってると、色々と耳に入ってくるんだよ。リーダーが上の階に行っている時、『副師団長がさっきあっちからこっそり窺ってたんだけど……』って困ったように話す声が聞こえて、『隠れてるつもりみたいだったけどめっちゃ目立ってた』とも言ってた」
しかも一度や二度ではないらしい。ディークとトーマスが気になって話を聞いてみたところ、以前からちょくちょく『第二班の班長』について質問されたりしていたのだとか。
それでいて反省期間が始まってからというもの、ほぼ毎日のように来られている。
一体何をしに来ているのか分からないし、どうかされましたかと声を掛けたら、なんでもないので私のことは見なかったことにしてくれ、とノータッチを要求されるらしい。
第一師団といえば、騎士団の中でも偉い立場なので一介の騎士も無視出来ない相手だ。姿があれば気になってしまうし、本人はこっそり動いているみたいなのだがバレバレで、これで「気にするな」やら「忘れてくれ」やら「見なかったことに」と言われて困ってもいるのだという。
「第一師団の人自体、滅多にウチにこないのにね」
言いながら、ノエルは小首を傾げてしまう。
人を使って、バレない程度にこっそり動く、というのを知らない副師団長というのも妙な話だ。なんだかその間抜けぶりが、前世にいた魔術師野郎の信者だった侍従を思い出させた。
すると、ノエルの肩に半ば寄りかかっているディークが、「実際、よく分からないんだよなぁ」と言った。
「真面目で仕事は出来る人らしいけど、ここ最近かなり挙動不審だって話も聞くし? まっ、関わらないに越したことはないと思うぜ」
「うん、忠告ありがとう。つまりは結局のところ、あの野郎――えっほん! 第一師団長さんのせいなんだよねぇ、…………超迷惑な話だ」
ノエルは、思わずボソリと本音をこぼして溜息をついた。ディークが尊敬する声で「さすがリーダー」と言い、腕を解いたトーマスが「怖い物知らずだよな」と口笛を吹いた。
サロンの掃除を終えた後、ノエル達は本日最後の清掃作業である第一棟の一階廊下の窓ガラス拭きに移った。時刻は、まだ午後の三時を回ったばかりで時間には余裕があった。
全員でのんびり廊下の窓ガラスを拭いていると、何故かマッケイがやってきた。納得いかんというような皺を眉間に刻んでいて、「あ、タイチョー」と気付いたノエル達は、一体どうしたんだろうと思ってきょとんとして手を止める。
すると歩み寄ってきたマッケイが、ぶすっとした顔でディークとトーマスを呼んだ。
「悪いが、お前達はこれから第一師団の執務室へ行ってくれ」
そう告げられた二人が、互いの顔を見やった。
すぐにディークが目を戻して、「失礼ですが、タイチョー」と質問する。
「朝に知らされていたスケジュールだと、反省期間のその手伝いは今日含まれないと聞いていた覚えがあるのですが」
「夜会の件で人数が足りないらしい」
マッケイが、ふてくされたような声でそう言った。
「一時間ほどでいいと言うし、まぁ、急だが仕方がない。――……私だって、お前らをよそにやるのは嫌なんだ」
仕方なく引き受けるしかなかったんだというように告げると、小さな声でそう愚痴る。
ディークが「ふうん」と思案顔で言い、何気なく目配せした。小さく顎を上げる合図を見たトーマスが、小さく頷き返して、ノエルの後ろにいる仲間達にチラリと視線を投げる。
それからトーマスは、なんでもないようにディークから窓布巾を受け取った。自分の分と一緒に丸めて、いつも通りな様子で近くのバケツに向けて「よいしょ」と放る。
それが見事にバケツに入るのを見て、トニーが「ヒュー」と口で笛真似をした。
ほんの一瞬だけ、ピリッと引き締まるようにして場に漂った無言の指示と了承。
それに気付かなかったマッケイが、「布巾を投げるんじゃない」とやや疲労感を漂わせて言った。はぁ、お前らは全く……と頭が痛い様子で額に手を当て、続いて第二班の残り者達への指示を出した。
「ここが終わったら、ノエルは今使っている部屋の清掃で、残りのメンバーは鍛練場の竹刀磨きをするように。一時間では終わるだろうから、夜会警備には響かないだろう」
「うへぇ。竹刀磨きって、この前もやったじゃないっすか」
コツコツとした作業が苦手なトニーが、またそれすんの、と情けない表情で反論する。
その指摘を受けたマッケイは、「私だってそんなことは知っている、確かに先週やったぱかりだな」と半ば自棄になったような口調で言い、むすっと顰め面で腕を組む。
「だが、それが『反省期間の権限を持った上からの指示』なんだ。仕方がない」
そう話す彼の声を聞きながら、ノエルはパタパタと目の前まで走り寄った。ずいっと下から見上げられたマッケイが、気付いて腕を解きつつ問い掛ける。
「ん? なんだ、ノエル」
「タイチョー、僕その作業していないから手伝ってもいい? だってあの仮部屋、毎日使用人さんがきちんと清掃してシーツまで替えてるから、隅々までキレイなんですよ」
埃も塵も見られない部屋の、どこを掃除しろというのか。
自分が竹刀磨きの作業から抜ける意味はない気がする。真っすぐ向けられたノエルの目からもそれを察して、マッケイは「まぁ、お前の気持ちも分かるが」と歯切れ悪く言った。
「竹刀磨きは『お前とディークとトーマスを除いたメンバーで』とされている。元々キレイな部屋なんだ、問題を起こさない程度に頑張りなさい。どこに人の目があるか分からないから、しっかり三十分は励むように」
「えぇぇ、心外です。まるで僕が掃除一つで部屋を破壊するか、全然やらずにサボルみたいな言い方じゃないですか」
「お前ならやりかねないだろうが」
その時、トーマスが唐突に「しょうがないっすね」と肩をすくめてこう続けた。
「あのおっかない第一師団の指示だったら、反省期間の件を掲げられたらタイチョーも逆らえないでしょうし」
「ぐぅ、そう言われると痛いんだが……」
苦い表情をしたマッケイに、ディークが「仕方ないのは分かってますから」と労うように笑いかけてから、そういえば今更なんですけどというような自然さでこう続ける。
「タイチョー、一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ、ディーク?」
そう問い返された途端、ディークの口許が「ねぇ」と形のいい微笑みを浮かべた。
「それって、言いに来たの、誰?」
一つ一つ区切るように紡がれた言葉は、どこか尋問するような冷ややかさを漂わせているようだった。全員の目が、『いつもの表情のまま』マッケイに向けられている。
一瞬、違和感を覚えたようでマッケイが眉を顰める。
ディークが、愛想のいい表情で答えを待ってにっこりと笑った。
誰が指示を持ってきたかは、これといって問題でもないだろう。両者を見やっていたノエルは、不思議そうに小首を傾げて「だから、第一師団からの指示なんでしょ?」と言った。
すると、トーマスが「まぁまぁ」と彼女の肩を叩いて、それからマッケイに声を掛けた。
「タイチョーに話をもってきた人って、師団長さんとかお遣い以外の誰かじゃないの?」
「何故そうだと分かるんだ?」
「急な指示なのに断れなかった、それでいてタイチョーが露骨に不機嫌になれる相手、とすると師団長クラスじゃない――っていう諸々を踏まえて、なんとなく」
トーマスは指折り上げ、そこまでの判断材料と推測を簡単なことのように言ってのける。
それを、同じようにディークもとうに考え終えているのだろう。そう察した様子で、マッケイは大きな溜息をこぼした。
「その優秀な部分を、仕事でも活かせられたら立派なんだがなぁ……」
「あはは、俺もディークも、だてにリーダーの一番子分として副リーダーやってませんからね。――で、どうなんです?」
「あの人の副官だよ。第一師団、副師団長クレシス・マーレイが、彼から直接指示をもらって伝言を持ってきたと、さっき私のところに訪問してきたんだ」
あのフィリウスの右腕の副官だ、唐突に顔を出された時は驚いた……そう予定外の精神的疲労を受けたことを口にして目頭を揉み解すマッケイを、ディーク達が笑って労う。
ノエルは、またしても副師団長の存在を聞いて呆けていた。ほんの少し前まで頭にすらなかったというのに、ここにきて何度も耳にするなんて妙な縁だなぁ、と思った。