24話 三章 続・女の子同士のお話で
「えぇと分かりました、お嬢様。師団長さんには、僕がそれとなくアピールしておきます。キレイな刺繍が得意だって知ったら、欲しくなるかもしれないじゃないですか」
「…………そうかしら?」
「あの上官の雑用係りもあと五日ほどなので、僕にはそれくらいしか出来ませんが。でも、やってみる価値はあると思いますよ。だって僕なら、刺繍入りのハンカチとかプレゼントされたら、きっと飛び上がるくらい嬉しいですもん」
こんな素敵なものを、心を込めて作ってもらえたのならとても嬉しいと思う。
ノエルがにっこり笑うと、ミッチェルが小さく目を見開いた。新愛のこもった温かい真っすぐな笑顔を向けられた彼女が、ドレスのスカートをぎゅっとして視線を落とす。
「……あの、私、ね」
珍しく覇気のない声で、ミッチェルは飾らない自身の口調で小さく切り出した。
「初めて彼を見た時、もし運命の人だったら素敵だなって……いえ、本当に素敵な人なのよ、すごくドキドキするくらい。だから、多分、一目惚れだと思うの」
「うん、そう言ってましたね」
「でもね、恋ってどんなものかしらって、ずっと思ったりもしているの」
ミッチェルは、チラリと目を上げてノエルを見る。
「貴族の娘なのにって、私を笑う? もしかしたら運命の人なのかしらって『期待』したところもあるのよ。私、社交デビューまで結婚なんて何も想像していなくって」
「ううん、笑いませんよ。それを想像するきっかけがあったんですか?」
「デビュー前に、私に相応しい婚約者を探すからってお父様に言われて。その人は私のことを好きになってくれるかしら、私はその人のことを好きになれるのかしらって不安になって。そうしていたら、デビューを迎えた会場にラインドフォード様がいて」
そわそわと、ミッチェルがドレスのスカートのレース部分をいじる。素直に話すのが恥ずかしいとばかりに、ほんのり頬を染めつつも小な唇を動かした。
「あの、その、私、こんな性格だから友達もいなくて。えっと、舞踏会に行ってもこうしてお喋り出来る相手もいないし……だから、楽しく踊りたいけどいつも見ているばかりなの」
どうやら会場内には、若い令嬢令息が一つの大きな輪になって、次から次へと踊る相手を変えていく賑やかなダンスもあるらしい。ほとんどが数人の友人同士で参加しているのだとか。
「自分から踊りにはいかないんですか?」
「だって、知らない人ばかりが沢山集まっているのよ? 遠目から見ていても、新しい出会いのトキメキとかはなくて緊張しかないし、……あっ、でもラインドフォード様だったら、遠目で見るだけでもすごくドキドキするわッ」
自分の話をするのが苦手らしく、先程から思い出しつつ頭の中を整理しながら語っている彼女が、その光景を思い返した様子でパッと笑みを浮かべる。
うん。つまり、すごく惚れてるってことだよね。
奴に惚れる要素が一体どこに、とまたしても思いつつノエルは生暖かい視線を送る。するとそれに気付いたミッチェルが、途端に秀麗な眉をチラリと顰めた。
「何よ、その顔?」
「あ~……その、師団長さんに色々と夢見て恋してるんだなぁ、って? うん、そうやってお嬢様っぽくなく普通に喋っている方が、僕は好きだなぁとか思います」
「子供に口説かれても全然トキメかないわよ?」
彼女は、突然なんなのよ、と腰に手を当てて唇を尖らせる。
「それにね、言っておくけど女の子は誰だって夢を見るものなの。あなただって、素敵な女の子と一緒にいる自分を想像することくらいあるでしょう?」
「え。うーん、どうだろう。あるような、ないような……」
可愛い女の子とお喋りするのは楽しいけれど、同性相手にそういったことを想像したことはない。そもそも、異性に恋愛的な憧れを持った経験もなかった。
ノエルの曖昧な回答っぷりを見て、ミッチェルが大きな目をこぼれんばかりに見開いた。
「信じられない。あなた中身まで幼いの? とにかく、私は本にあるような素敵な愛のある結婚がしたいのよ。でも最近お母様から結婚の話とか色々と聞かされて、愛と憧れって違うのかしらって、ちょっと自信がなくなってしまったのも確かなのよねぇ」
「愛ってことでいいんじゃないですかね。一目惚れはきっと愛だと思います」
その純粋な乙女心で、迷惑な勘違い野郎をどうにかしてやってくれ。
ノエルは、今朝の嫌がらせのような『一方的な恋人ごっこ』を思い返して、視線をそらして愛も恋もないよなと小さくガタガタする。それに対して、ミッチェルは眉をつり上げた。
「もっと真剣に考えなきゃダメよ。そんな投げやりじゃダメ、愛は大事なのっ」
「え~、なんで僕が叱られている感じになっているんですか」
「あなただっていずれは通る道なのよ? 頑張れば王国騎士団入りも出来るし、素材も悪くないから自分を磨いておいて、そうしてうまくやれば逆の玉の輿だって夢じゃないわ!」
「わーぉ、大胆な発言――じゃなくて、すごくしっかりした考えですね、お譲様」
ノエルは、キリッとした言い方に直して静々とそう言った。
しばし、場に沈黙が落ちた。ミッチェルがぽかんとしていて、直前までの力説でつい掲げてしまっていた拳を、淑女として下へと戻しながらも声を掛ける。。
「私が侯爵令嬢だと知っていてもその態度、本当に呆れるわね……。あなた、口が災いしているって言われない?」
「まぁ、直せとは上司にも言われますね」
どうやら人に言わせると、自分は失言が多いらしい。けれど困ったことに、前世からの癖のようなもので、直しようがないのだとノエルは思い返す。
ミッチェルが、手で合図を送った。茶会はそろそろ仕舞いのようだ。一人のいかついメイドがやってきて、テーブルに出されている刺繍作品を箱へと戻し始める。
「お母様は色々な人を見て、お話するのが一番良いと言っていらしたわ」
結婚話について、ミシェルが思い出すようにして言った。
「実はね、数日後にも大きな夜会があるの。そこで早速試してみなさいって言うのだけれど……自信がないのよね」
「大丈夫ですよ。お嬢様は美少女だし刺繍も上手なんだから、自信を持って堂々としていればいいと思います。そうしたら舞踏会も夜会も、どんどん楽しいものに変わっていくんじゃないですかね」
「……そう、かしら? 私、見た目も結構きつい感じでしょう?」
気にしているようで、そう言いながら彼女が心配そうにノエルを窺う。
「緊張するとうまく喋れないし、話し掛けて怖がられたりしないかしら?」
「お嬢様こんなに可愛いんだから、話したい人や踊りたい人も実のところいっぱいいると思いますよ? もし言葉に詰まったら、そこは笑って誤魔化せばいいんですよ」
「簡単に言ってくれるわね」
「簡単ですよ。とりあえず肩の力を抜いて、楽しみたいと思う気持ちで向き合ったら案外うまくいくもんです」
ノエルは経験上、肩を竦めてあっさりとそう言ってのけた。
「緊張しそうになったら、甘いものを食べて気分転換すればオーケーです」
自信たっぷりに親指まで立ててそう述べる様子を見て、ミッチェルが小さく笑って「変な人ね」と言った。少しは不安も減ってくれたみたいな表情だった。
別れの言葉を述べて席を立つと、メイドの一人が見送りのため動き出した。無言で菓子の入った袋を手渡されたかと思うと、そのまま外に出されてパタンと扉が閉められる。
「…………なんか、上等で美味い菓子をもらってしまったな」
謎のいかついメイド達は最後まで愛想がなかったが、ノエルは「まぁいっか」と上機嫌で歩き出した。
結局、一般市民に大人気の菓子店には間に合わなかった。慌てて闘技場に向かったものの試合のエントリー受付は終わっていて、トーナメントはザスクが優勝していた。