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22話 三章 ムキムキなメイドと侯爵令嬢

 それから少し経った頃。


 外に出掛けるはずだったノエルの姿は、美しい調度品の置かれた部屋にあった。こうも突発的なまでの恋する行動力を、皆が幸せになる方向に向けて欲しいと切に思っていたりする。


 実は少し前に、午後の休暇を楽しむ予定でマッケイの執務室を出た。購入した菓子を誰かに預けるという名案を思い付き、口元をほころばせながら廊下を進んでいたところ、突然目の前に二人の大きなメイドが立ち塞がったのである。


 え、何コレ。新手の化け物なの?


 まず思ったのは、これは現実の光景なのだろうかということだった。行く手を阻む二人のメイドは、なんというか、まるで男性が女装したかのような威圧感があったのである。


『ミッチェルお嬢様から、お茶の招待がございます』


 首が痛くなるほど大きなメイドを見上げていると、厚化粧を施された険しい男の表情で気味の悪い裏声でそう告げられた。そして、ほぼ強制的に王宮の貴賓室へと連行されたのだ。


 王宮の一角にあるその部屋にいたのは、先日に会った侯爵令嬢ミッチェルだった。部屋の豪華なテーブルには、見た目の凝った美味しそうな菓子が用意されていた。


 ミッチェルは、ノエルが連れて来られても視線を上げず、既に半分ほど飲んだ紅茶を静かに味わっていた。実に一日振りの再会だが、ノエルはわけが分からないまま向かいに腰掛けている状況である。


 彼女がゆっくりと紅茶を飲むのを見守っていると、男性給仕が目の前に紅茶を用意して出て行った。室内にはノエルの他に、先程彼女を連れてきた屈強な二人のメイドが残された。


 扉が半分開いた場所に控える、無愛想なメイドにチラリと目を向けてみる。そうしたら、軍人風に胸を張って両手を後ろへ回して立っているうちの一人が、野太い咳払いをした。


「未婚前の淑女が、殿方と二人になるのは駄目ですわ」


 気持ち悪い裏声と怪しい女口調で、そう淑女のマナーを聞かされた。


 別にそういうことが知りたかったわけではないのだが、もしかしなくても男性で、しかも恐らくは生粋の騎士ですよねと尋ねようとした途端、命を脅かされるような目で睨まれてしまった。


 ノエルは、大人しく姿勢を直してミッチェルへと目を戻した。


 彼女は、たっぷり優雅さを見せつけるみたいにティーカップを持っている。この沈黙の時間に、貴族的な意味合いが何かあったりするんだろうかと不思議に思いながら待った。


 どれくらいで解放してくれるんだろうなぁ、と、涼しげな美少女の横顔をぼんやりと眺めながら諦め気味に思った。菓子屋とトーナメントに間に合えばいいのだが……いや、最悪の場合はトーナメントに直行しよう。


 その時、ミッチェルがようやくこちらを見た。


「ごきげんよう、昨日振りですわね」

「そうですね、昨日振りです」


 そうミッチェルに答えた途端、メイド二人の眼光がギンッと鋭さを増した。


 ノエルは、射抜く視線を受けて笑顔のまま固まった。先程から気になっていることなのだが、自分の両腕を左右から掴み、宙ぶらりんの状態で運んできた彼女達は本当に女性なのだろうか。


「…………あの、君のメイドさん、僕が口を開いた瞬間に眼力がすごくなって心休まらないんですけど。ちょっと警戒レベル下げてもらえないですかね」


 しばし間を置いて、どうにかそう口にした。


 すると、ミッチェルが澄まし顔で「私の専属のメイドですの」と言った。


「護衛も出来るようにと、お父様が武術の達人をあててくださっているのです。王宮には、男性が立ち入れない場所もありますもの」

「それはそうでしょうけど、腕の太さとか半端なくてですね」


 もう、なんか色々と我慢出来なくなって、ノエルはとうとう彼女達をガン見して正直な口を開いた。


「どこぞの立派な戦士と体格が変わらないし、胸板の主張がすごいし、うちのタイチョーより色々と大きいような」

「女性に対して失礼ですわよ。筋肉がついているのですから当然です」

「……そういうもんかなぁ……」


 ノエルは悩ましげに首を傾げた。太い首や一見して分かるムッキムキな逞しい筋肉、おかげで衣装はピチピチで、ウエストは腹筋の割れ具合までバッチリ見えている。


 この国では女性は足を隠す習慣があるのだが、二人のメイドは明らかに衣装のサイズが合わずに筋肉で膨らんだ屈強な両足が覗いていた。ノエルとしては、女性を微塵にも感じないこのメイドの生態が非常に気になるところだ。


「彼女達はとくに仕事熱心なのです。あなたが失礼な口の聞き方をされているから、呆れているのですわ」

「呆れているというより、どこの馬の骨だと言わんばかりに睨みつけられているような気がするんだけど……」


 折角の午後休みなのに、スリル満点の茶会とか嫌だなと泣きたくなった。


 ミッチェルから「気にしないのもマナーですわ」と引き続き説明され、ノエルは渋々それに従うことにした。世の男性も大変だなと貴族世界の難しさを噛みしめつつ、湯気が立つティーカップに角砂糖を三つ落とし、それをかき混ぜつつ彼女を窺う。


「あの、出来れば手短にお願いしてもいいですかね? ちょっと私用で外に行く用事が――」

「あなた、結構お強いんですってね」


 唐突にそう切り出して、ミッチェルが感心があるのかないのか分からない眼差しを寄越してくる。


 問われたノエルは、ティーカップを持ち上げ「どうですかね」と曖昧に答えた。


「平均的くらいだと思います」

「あら、ご謙遜かしら? 調べたところによると『進んで先陣を切る役目を受け、勇敢にも敵陣地に乗り込み、魔族の進行を押し戻して死者も出さなかった』実績がおありとか」


 確かにそんなことがあったような、なかったような……とノエルは記憶を探った。


 とはいえ全員で敵陣地に飛び込こんで不眠不休で戦った結果であるから、一人の実績ではないだろう。戦場下で、これといって特別大きな活躍をしたという覚えもない。


 ただ、戦争のアレやコレやといった詳細については、戦いとは無縁の少女に語るべきものでもないだろう。


「みんな頑張ってましたから」


 ノエルは、そうとだけ答えて紅茶を口にした。


 横顔に突き刺さるメイド達の視線が、少しだけ丸くなったような気がした。ティーカップをテーブルに戻し、続いて場の空気を変えるように菓子に手を伸ばす。


 すると、ようやくタイミングが掴めたとばかりに、ミッチェルが少女らしい仕草で両手を遊ばせつつ言った。


「ラインドフォード様にアピールしてもらう上で、ちゃんと私のことを知っておいてもらおうと思って、今回はあなたを呼んだの」

「うん。なんとなくそんな気はしていました」


 ノエルは、一つ目の菓子のクッキーをもぐもぐしながら泣きたくなった。庶民に大人気のいきつけの菓子店の物よりも美味いし、貴族はどいつもこいつも贅沢すぎると思った。


 そうしている間にも、ミッチェルが昨日話してくれた運命的な夢の英雄様や、フィリウスの素晴らしさについて熱く語り始めた。右から左へと聞き流す生温かい眼差しすら認識されなくて、ノエルはただひたすらテーブルに並ぶ菓子をゆっくり口に運び続ける。


 愛想の一つも浮かべない屈強なメイドによって、二回新しい紅茶へと差し替えた。ミッチェルはそうされている間も、一度たりとも妄想と空想の世界から戻ってこなかった。


「その話は聞きました」


 ノエルが諦め笑顔で口を挟んでも、まるで耳に入らないように話し続けている。


 話が三順した頃、もう止めるのを諦めて「はぁ」「なるほど」と適当に相槌を打ちながら、マイペースにずっと菓子を食べ進めていた。女装のようなメイド達に、「お前は男の癖にどれだけ菓子を食べる気だ」という目を向けられようと、もはや平気な境地に至っていた。

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