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21話 三章 リーダーと日々胃痛増し増しな上司

 支度を整えた後、フィリウスと一緒に食堂へと降りた。朝の一件もあって既に疲れていたノエルは、本日もマッケイが出てきて同じ席につかずに済みほっとした。


 朝食が始まって少しもしないうちに、一人の騎士がやってきてフィリウスに耳打ちした。そうして彼は、マッケイに何やら言葉を告げて早々に席を立って出て行った。


 食後、第二班は本日の業務を言い渡されるべくマッケイに集められた。


 馬小屋の手伝いとトイレ掃除、第一騎舎棟の二、三階部分の掃除全般である。とはいえ昨夜の枕投げの一件をストレスがたまっているせいだと感じたのか、全て終えた後は自由にしていいと諦めたように告げた。


「ラインドフォード第一師団長は、少々日程が立て込んでいてな。本日中に戻れるかも分からないから、ノエルに関しては『本日の反省期間』は実質的に一日休みだ。ディークとトーマスの第一師団の書類補佐に関しても、今日は必要ないとは確認した」


 つまり雑用係りは一日休みだ。しかも反省期間中の外出制限も付いているというのに、余暇までくっついてきたと知って、ノエルは気持ちが抑えきれず素早く挙手した。


「はいはい質問です! タイチョー、買い物してきてもいいってことですか?」


 すると、仲間達も次々に挙手してマッケイに質問を投げ掛け始めた。


「じゃあ、私服でバレないよう動くんで、運命の可愛い女の子を探すべくナンパしてきてもいいですか?」

「個人的な買い物なんで、小麦粉を買ってきてもいいですよね?」

「ギルドに飾ってある、ブルードラゴンの鱗を見学しに行ってもいいんすか?」

「所属を伏せるんで、闘技場のトーナメントに飛び入り参戦してきてもいいっすか?」


 次から次へとされる質問に、マッケイが「お前ら静かにしろっ」と言ってから、一気にこう答えた。


「分かった分かった、外出くらいなら許可するから、その代わり隊服ではなく私服で行くんだぞッ。お前達は反省中の身であるのだから、決して! 絶対に! ハメを外して問題を起こすな。ちなみに小麦粉の購入は駄目だからな、トーマス」


 バレなければ少しのことには目を瞑ってくれるらしい。相変わらず、なんだかんだで甘い上司だなぁと、トーマスも含め、ノエル達はちょっと顔を見合わせて笑った。


 その後、急きょ与えられたご褒美を早々に頂くため、これまでなく真面目に雑用仕事にあたった。正午までには全て終わらせるという偉業を成し遂げ、昼食を美味しく頂いた。


 ディーク達が私服に着替えて飛び出していった後、ノエルは班長として今日の作業終了の報告をするため上司の執務室を訪れた。書斎机で大量の書類と向き合っていたマッケイは、ノエルを見るなり残念そうな溜息をもらした。


「普段から、こういう能力を発揮してくれれば苦労しないんだがなぁ……。ん? 他の奴らはどうした」

「先に出掛けましたよ」

「全員か?」

「はい、全員もれなく私服で」


 ノエルは、思い出しながら言う。


「この前変装グッズを買っていたので、折角だからザスクにあげてみたんです。そうしたら気に入ってくれたみたいで、ヅラと帽子を被るという徹底ぶりで行きましたよ」

「…………本当にトーナメントに飛び入り参戦する気なのか」


 マッケイは項垂れた。


 ザスクはノエルよりも一つ歳下の黒色に近い髪と目をした少年で、第二班の中でも血気盛んで喧嘩っ早い性質をしていた。化け物染みた底なしの体力量と、戦場で見て覚えたという才能溢れる騎士流の正式剣技による戦闘センスは圧倒的だ。


 少々華奢であるが、十五歳にしてかなり身体も鍛え抜かれている。しかし、その性格は忠誠を求められる騎士には不向きな、殺し合いを楽しむ戦闘狂の傾向もあった。


 ノエル以外からの指示を従わせるのは難しく、箍が外れると誰の言葉も聞かなくなる。


 それが露見したのは、彼らが緑の騎士となって二ヶ月が経った頃だ。

 あの日は、サロンの窓ガラスを割ってノエルは朝から反省室に入っていた。午前休憩に入っていたザスクは、通りすがり王国騎士団の練習試合に参加して自身の大剣を振るった。


『暇なんだよ、付き合えよ』


 現場を一気に大乱闘に陥れ、ザスクは底冷えさせるほど殺気立った笑みで経験豊富な騎士達を慄かせた。腕一本で振るわれる大剣は、演習場の地面を割るほどの威力だった。


 末恐ろしいその子供の暴走は、力ずくで止めに入った第四師団長、第八師団長と副師団長が剣を抜いても止めらなかった。三人がかりで飛びかかると、彼は「イイ感じじゃねぇか!」と笑って二刀流で交戦を始める始末だった。


『俺の楽しみを邪魔するなよ』


 そのすぐ後、気付いて様子を見に来たディーク達そう楽しげに言った。それは珍しくもない光景だったのか、マッケイの期待に反して彼らは早々に説得を諦めた。


『まぁ、リーダーに言い付けられているんで死人は出ませんよ』

『ストレスが溜まっていたみたいだし、満足したら落ち着きますから』


 そう言って、観客に回ってしまったのである。


 どうにかしなければと考え、マッケイは反省室からノエルを呼び出すことにした。聞いていた騎士達は、この状況で華奢なノエルを呼んでもどうにもならないと反対していた。


『自分の部下の扱いは私が一番に知っている』


 マッケイは、そう言って意見を譲らなかった。


 ノエルが現れると状況は一変した。ザスクはノエルを見つけるなり、対峙していた第四師団長からあっさり離れると、大剣を肩に担いで軽い足取りで駆け寄った。


『どうした、リーダー? なんか用?』


 まるで、明日の天気を聞くような口調だった。


 唐突に呼び出されたノエルは、状況がいまいち掴めていない様子で首を傾げていた。マッケイ達が緊張した沈黙で見守る中、ザスクが荒した場を見渡してこう言ってのけた。


『僕の反省文が増えたら、どうしてくれんのさ?』


 見ていた大人達は呆気に取られた。ザスクは直前までの戦闘モードを解いて、あっさり大剣をしまい――軍の縛りは嫌うがノエルには絶対服従の狂犬だ、ということが知れ渡った。


 朽ちた村を点々と流れ、自然と集まった悪ガキ集団。


 けれどザスクを含め、彼らは度肝を抜くとんでもない戦闘集団だった。


 第二班で最年少のミシェルも、虫も殺せない顔で一瞬にして敵を殺傷してしまえるナイフ使いだ。彼らは個性もバラバラでありながら、ノエルを中心に見事なまでに団結している。


 あの事件以降も騒動は色々と続き、彼らを引き抜きたいと希望している各師団も様子を窺っている状態だった。王国騎士団は全十三師団あるが、もしかしたら、いずれ第十四師団が出来るかもしれないと、最近は何人もの師団達がおかしそうに口にしていた。


「それにしても珍しいな? 連中がお前を置いていくとは」


 顔を上げたマッケイは、報告にやってきたノエルを目に留めてそう言った。第二班のメンバーは、普段から班長呼びを忘れるくらい自分達の『リーダー』しか眼中にない。


 菓子を買いに行くのが先か、腕試しでトーナメントに参戦するのが先か……と考えていたノエルは、彼の質問をうまく聞き取ることが出来ず返事が遅れた。


「え、なんですか?」

「だから、連中がお前を置いて先に出るなんて珍しいな、と言ったんだ」

「後で合流することになっているんです」


 ノエルは答えながら、「あ」と気付いた。


 ここは指導役であり、上官でもあるマッケイに訊いてみよう。名案とばかりに「タイチョー」と呼んでみると、マッケイが「なんだ」と警戒するように目元の皺を深くした。


「僕もトーナメントに出る予定なんですけど、いきつけの菓子が十四時くらいには完売しちゃうんですよ。でも市民闘技場は飲食の持ち込みが禁止されているし、かといって、ここから一時間はかかる距離だから、どうしたらいいのかなって悩んでいるんです」


 瞬間、マッケイの顔から血の気が引いた。彼は大事なことを見落としていたと遅れて気付いた様子で、思わず立ち上がって身を乗り出した。


「お前が関わるとろくなことにならんから、絶対に参加するんじゃないっ」

「えぇ? あんな面白いことやってんのに、一人だけ観客してろってことですか? 優勝賞金、少ないけどバカにならないんですよ。それに、ここって規則が厳しいから仲間同士ルール無用で戦えないでしょう? 僕らにとって、仲間同士全力で腕試しが出来る貴重な場所なんです!」

「全員参加する気なのか!?」


 マッケイが目を剥いて叫ぶ。


 その反応を怪訝に思いながら、ノエルは「当然でしょ」と答えた。仲間同士の取っ組み合いは、昔から彼女達の娯楽の一つなのだ。


 その回答を受けたマッケイが、椅子に崩れ落ちて頭を抱えた。


「奴らから質問攻めにあった際、トーナメントに関して注意しとけばよかった……ッ」


 激しく後悔して、思えば彼らは揃って戦闘大好き人間であり、市民闘技場の常連になりつつもある問題児集団だったと呟く。


「……ぐぅ、頼むから問題は起こすんじゃないぞ」

「了解です! 任せてくださいよ、僕らは正義の味方ですもんね!」


 騎士は正義の味方である、という上司の口癖を言ってノエルは得意げに胸を張った。物理的な解決法へと飛躍する彼らの思考を思って、マッケイはひどく不安になった。

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