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2話 一章 男装リーダーの反省 上

 昨年、リラード王国騎士団の管轄下に新設されたのは、初となる庶民籍及び孤児による『緑の騎士団』である。王国騎士団の隊長クラス以上の人選により、昨年まで続いた魔族との戦争で活躍した、一般の青少年兵の中から推薦抜擢されて試験的に稼働していた。


 十八年前に魔王が降臨してから始まっていた、魔族との激しい戦いが昨年にようやく終戦した。その魔王を倒した勇者が一般出身ということもあって、これまで階級に限定されていた軍について一般枠が設けられたわけである。


 緑の騎士団は、見習い騎士のような装飾品の少ない隊服に緑のカラーラインが特徴だ。推薦された地区ごとから招集され、十三の王国騎士団にそれぞれの班が所属している。


 新設された第一期の緑の騎士団、全十三班が各師団の下、正式な騎士入りを目指して日々訓練と仕事に励んでいた。


 そんな中、王国騎士団の第二師団に籍を置く、緑の騎士団第二班。昨年、第二師団長の推薦で最年少の十五歳で班長となり、現在は十六歳となっているチビ班長がいる。


「うーん……、なんだかなぁ」


 第二班の班長であるノエル・バランは、そう微妙な心境をもらした。


 そもそも王国騎士団だけでなく、緑の騎士団も女性禁制だった。今世でも男装している彼女は、上司、同僚には引き続き男だと思われているものの、れっきとした女性なのである。


 十六歳の少年と比べると、圧倒的にちっこい身体。中世的な顔立ちは、少年風の栗毛色の髪が似合っていて違和感がなく、パッチリとした大きな森色の目は好奇心が印象的だ。


 前世と全く同じ顔であるし、バリーと名乗っていたあの当時も、女であると高い確率で思われなかった。だから、今でも全く疑われていないのも分かるような、分からないような……。


 こうして自分が、一度目の人生の記憶を持っているとは誰にも打ち明けたことはない。


 今世でも孤児だったから、前世での経験と知識を活用して生きてきた。孤児の少年達を助けて村を転々としていたら子分が一人、二人と増えていって、気付いたらちょっとした有名な悪ガキ集団になっていたのだ。


 魔族との戦争が激化し、田舎の村々にも国から召集が掛かたった。腕の断つ悪ガキ集団がいると村人や傭兵組織から一致団結で押し出され、ノエル達は王国騎士団の第二師団と共に、国境第十二区の魔族を抑えるという任務で戦争参加するハメになったのである。


 去年の暮れ、勇者が魔王を倒して魔族達は灰になって消滅していった。そうして戦争が終結し、流れるように緑の騎士団入りを果たして、現在に至る。


 一番目の人生でも戦争の終わりは経験しなかったから、平和の実感がまだ少し不思議だった。今の生活にはそれなりに慣れたとはいえ、共に緑の騎士となった仲間達(こぶんたち)も完全には馴染めてはいない様子だ。


 ノエルはそんな日々を回想し、頬杖をついたまま吐息をこぼした。


「つか、僕達が一緒に戦っていた騎士のおっちゃんが、まさか師団長の中でも偉い人だとは思わないじゃん? 部隊の数字が高いほど権限が強いとかも、全然知らなかったもんねぇ」

「師団長イコール隊長クラスのリーダー、みたいな認識しかなかったしな」


 班長であるノエルの副官であり、幼少期からずっと共にいる仲間のディーク・シュリーが隣の席から肯定する。


「あの時は、戦争が終わったばっかで荒れてた時代だったからな。――俺も三食のメシと、シャワーとベッドの付いた寝床に目が眩んだのは認めるよ」

「それは僕も一緒。ミシェルも熱発してたし、休める場所が必要だったし」


 でもさ、とノエルは腕を組んで自分達がいる『反省室』を改めて見回した。それから、こちらの発言を待っているディークへと目を戻す。


 一歳年上の彼は、癖のある短髪と勝気そうな鳶色の瞳をしている。十七歳になってからますます背が伸び、貴族出身ではないというのに王宮所属の侍女達から人気があった。


 とはいえ、そうであるらしいと噂を耳にしているノエルは、異性の魅力というものがよく分からない。女の子達はこの顔がいいのか、一体どこ基準なんだと悩むばかりである。


「僕ら、よく続いてるよね。絶対クビになると思っていたのに、この秋が過ぎたら一年だよ」

「反省室に入れられた件を言うのかと思ったら、そっち? まぁ、確かによく続いてるとは思うけどさ」


 幼少期を共に過ごしてきた仲間達は、ノエルが女であることを知っている。いつかはバレるだろうと思って軽い気持ちで所属しているのに、何もないまま月日だけが過ぎていた。


 ノエルの見掛けは完璧な少年であり、そもそも子分達は、命の恩人でもある彼女の性格や行動力を、男の中の男であると尊敬して慕っていた。だからリーダーの性別がバレていない現況には、これといってあまり疑問は抱いていないところもあった。


 分厚い石造りの地下反省室は、地上から降りてきた秋の冷気に満ちていた。侘びしい木のテーブルと椅子も相まって、かなり物寂しげで独房っぽい印象も漂っている。


 だが、二人は幼少期からずっと、物資の少ない激戦区で生きてきたのだ。そういった出身地の人種が持つ独特の楽観的な性質が備わった二人は、環境が全く気にもならないでいた。


「そういやミシェルも十四歳かぁ、一年で身体もだいぶ強くなって風邪をこじらせなくなったのは安心だよな」


 ペンを鼻の下に挟んだディークが、椅子に背をもたれて頭の後ろに手をやってそう言った。リーダーであるノエルにつられたかのように、懐かしそうに思い返す表情をしている。


「クビになったとしても、アレだよな。十六歳から家が借りられるのも有り難い」

「地方じゃ十八歳からだもんね」

「うちの最年長って十七だから、そう考えると王都の制度は都合がいいよな。雨をしのげる部屋に慣れちまったから、さすがに今更屋根がない場所で寝るのは、ちょっときついし」


 ノエルは、確かに、とふんふん首を上下に振って相槌を打つ。


「屋根があったら、しばらくは雑魚寝でも天国だよ」

「お前とトーマスの寝相が、ひどくなければな」

「寝相ならディークの方がひどいじゃん。俵みたいに僕らを掴まえる癖、どうにかならないの?」


 その時、反省室の扉が勢い良く開いた。


 高い地位を示す勲章や装飾のついた騎士服の中年男が、荒々しくマントを揺らめかせて入室する。そして仁王立ちしたかと思ったら、ノエル達に向かって「貴様等はッ」と赤い顔で怒鳴った。


「勝手に退団後の話を進めるんじゃない! 誰もクビにするとは言ってないぞ!」


 それは王国騎士団の第二師団長であり、執務長官も務めるマッケイだった。彼はノエル達の直属の上司であり、細身の白い肌をした灰色の白髪交じりの四十代中頃の男である。


 マッケイは伯爵位を持っているのに、戦争時も孤児を差別することがなかった。ノエル達は、「変わり者貴族」「世話焼き苦労性」と自分達なりに褒めて彼を好いてもいた。彼は五年前に自分の副官を失ってから、ずっと副師団長の席を空席にしていつも忙しくしている。


 ノエルは、そんな上司をしばし見つめた。最近、白髪が目立つような気がする彼と、じっと目を合わせて考えた後にこう言った。


「タイチョー、質問してもいいですか? そもそも、どうして僕らは反省室に入れられているんでしょうか。心当たりがないせいで、僕の反省用紙は白紙のままです」

「よくそう言い切れたもんだな!? その図太い神経は称賛に値するぞッ。いいか、お前らはまた騒ぎを起こしたうえ、建物の一部も損壊したんだ!」


 マッケイはそうまくしたて、二人の座る席の机を思い切り叩いた。


 ノエルとディークは音に驚く様子もなく、そうだったかな、と呑気な顔で数十分ほど前の記憶を辿った。


 緑の騎士団は、王国騎士団の正規見習い騎士の、更に見習いという扱いだった。訓練を受けながら、簡単な警備と馬の世話や掃除といった雑用仕事が基本的な業務だ。


 ノエルの第二班は、全員で十四人いた。彼女とディークを含んだ四人が同室、それから残り二部屋に五人ずつが割り当てられていて、計三つの部屋が第二班には与えられている。


 昨夜、ノエル達は深夜の警備を終え「おやすみ」を言い合ってから、いつも通り部屋に戻った。眠さが勝ったノエルとディークを含む四人は、そのままの格好でベッドに潜り込んでしまった。


 そうしたら、夜明け前、隣の部屋から仲間達の悲鳴が上がったのだ。


 緑の騎士団の建物に響き渡った絶叫は、相当の声量で建物を揺るがせた。平和でなかった時代の名残から、ノエル達は仲間の危機を察知して反射的に飛び起きた。


 慌てて部屋を出ると、隣の部屋の前で、枕を抱きしめ震えている五人の仲間達がいた。彼らは十六歳から十七歳の少年達で、駆け付けたノエルを見た途端『リーダー!』と泣き付いた。


『どうしたの、何があったのさ!?』

『く、くくくくくく蜘蛛が出たッ!』

『しかも特大サイズ級の!』

『ジャンプして俺のベッドに乗ったかと思ったら、ジニーのベッドの下に……っ!』


 恐怖を思い出す彼らの声は、そこでふっと途切れた。


 普段は無口で大人しい一番大柄なジニーが、灯りの付けられた当寝室内に蠢く影に気付いて息を呑んだのだ。察した他の四人もそこに目を留め、それから短く息を吸い込み――。


『ぎっ、ぎゃああああああああ!?』

『いやあああああ出た―――――――っ!』


 仲間内の半分は、蜘蛛を大の苦手としていた。蜘蛛が現れた部屋に寝るこの五人は、特に蜘蛛が駄目な組み合わせだったので、その阿鼻叫喚する様は凄まじいものがあった。


 隣の部屋から残りの仲間達も出て来てくる中、ノエルとディーク達は肩から力を抜いた。


『なぁんだ、蜘蛛か』


 ノエルも基本的に虫は苦手ではあるけれど、トラウマというほどのことはない。命の危機ではないことに安堵しつつ、彼女は子分達のために『さてどうしようか』と撃退方法を模索した。


 この黒き悪魔は、自分達の手を汚さず早々に始末するべきだ、というのが彼女達のモットーである。特に、大きな蜘蛛に関しては、容赦なく殲滅するという妙な使命感すらあった。


 ノエルと共に駆け付けていたディークの後ろには、同室のトーマスがいた。悪ガキグループ時代、ディークと同じように副リーダーとしてノエルを支えていたメンバーである。


 今年で十七歳になったトーマスもまた、ディークと同じくらい身長が伸びていた。明るい栗色の短髪に寝癖をつけたまま、女性に人気のある爽やかな顔で首を捻ると、ふと無邪気な笑みを浮かべてノエルの肩を叩いた。


『リーダー、今こそ小麦粉爆弾の威力を試す時じゃないか?』


 トーマスが、容姿に無頓着な表情でニヤリとした。賞味期限の切れた小麦粉を手に入れていた彼は、害虫撃退用として、安上がりの新しい兵器開発に努めていたのである。


 ノエルも、その便利な道具を試したいとは常々思っていた。そう提案された時、正直チャンスだと思ったし、さすがはトーマス、ナイスなタイミングの提案であると感じた。


 蜘蛛やゴキブリは、彼女達の中では殲滅対象級の害虫である。部屋に隠れているであろう蜘蛛を、手っ取り早く吹き飛ばせば、仲間達も安心して眠ることが出来るに違いない。


『よしっ、そうしよう! ちなみにリーダーって言うなよ、僕は今、班長なんだからな』

『やったぜ! じゃあ早速、作戦開始と行こうぜリーダー!』

『マッチなら俺が持ってるぜ、リーダー!』

『だから――ああ、別に今はタイチョーもいないし、いっか! よぉし皆ッ僕に付いてこい! 蜘蛛を一気に吹き飛ばしてやろうぜ!』

『お~!』


 掛け声と共に一致団結し、わくわくしながらトーマ特性の小さな小麦粉爆弾を寝室に放った。


 その直後、予想以上の大爆発が起こった。他の緑の騎士達が寝室から「何事だ!?」と顔を覗かせた時には、白い粉をまとった爆風が廊下を駆け抜けた後だったのである。


 その後、騒ぎを起こした中心人物として、第二班の班長ノエルと副官のディークは、マッケイに連行され、説教を受けたあと反省室に放り込まれたのだった。

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