19話 二章 恋する侯爵令嬢(原因は結局のところアイツでした)
赤面したミッチェルを見て、ノエルも目を丸くした。
「な、なななななんてこと口にするのよッ、私はまだ何も言ってないのに、お、おおおお前ときたら!」
狼狽するミッチェルの唇は、羞恥にわなわなと震えていた。
フィリウスのどこがいいのか、さっぱり分からなくてノエルは困ってしまった。確かに顔はいいかもしれないが、あの絶対零度の眼差しと仏頂面のどこに惚れる要素があるんだろうか。
「えぇと、つまり、お嬢様は師団長さんに好意を持っているってことですよね?」
「何度も言わないで! すごく恥ずかしいわっ!」
「えっ、あ、すみません。……あの、ちなみにどこに惚れたのか聞いても?」
やっぱり気になって質問してみたら、ミッチェルがピタリと混乱を消してキリッと見つめ返してきた。
「顔ですわ。そして、何より運命を感じましたの」
開き直ったようにそう断言する。
即答で顔ってアリなの? そう思ってノエルが呆気に取られていると、彼女は恋する乙女のような顔をして、恥じらいながらも勝手に話し始めた。
「天使様のような美しいお顔に艶やかな黒い髪、手足もすらりと長くて。毅然としていらっしゃるのに物語の王子様のように紳士的で、ラインドフォード様ほど素敵な方はおりませんわ。美しい紫の瞳の奥には、きっと情熱的な愛が隠されているに違いありませんもの」
「え。待って待って、一体誰の話をしてるの。奴が紳士的? というより情熱的な愛って、あいつに限って絶対あり得な――」
「一目見て、きっとこれは運命だと思いましたわ! デビュタントとして参加したパーティーで、挨拶をしてくださった時のお姿も、何もかも素敵過ぎて言葉になりませんわ」
夢中になって熱く語っていたミッチェルが、ふと、その瞳に強い意思を宿してノエルを見た。
「私がラインドフォード様に運命を感じた理由、お知りになりたいでしょう?」
「多分、僕と君は分かり会えないと思うし、別に知りたくないので遠慮しま――」
「私、昔からよく見る夢があって、彼はそこに出てくる英雄様にそっくりなのですわ!」
現実の方がよりハンサムですけれど、と言ってミッチェルは頬を染める。
よく見る夢、そこにフィリウスそっくりの英雄が出てくると聞いて、ノエルは「まさか」と嫌な予感に背筋が冷えた。
「あれは、私が幼少の頃より見る不思議な夢ですわ。私、夢の中では村娘ですの。そこでは魔物と人間が戦っているという設定なのですけれど」
ノエルの顔色が更に青くなったことにも気付かず、ミッチェルが話を続ける。
「戦いに向かう討伐隊の一団が、私達の住んでいる村を通るのです。その戦士達の中に、一際輝いている『黒髪の魔術師様』がいらしていて、彼は後に、英雄の一人として王から勲章を授与されるのですわ。着飾ったそのお姿も、とっっっても素敵で!」
完全にコレ、僕が知っている一番目の世界で、しかも魔術師野郎だっ!
嘘でしょマジっすか、とノエルは口にしたところでハッとした。とりあえず確認しようと思って、慌てて「ちょ、お嬢様」と呼んで急ぎ尋ねる。
「もしや夢の登場人物に似ているというだけで、彼のことが好きになったんですか……?」
「そうよ? 私、とくに英雄物語が大好きですの! その影響で見た夢なのかは分かりませんけれど、現実に現れた彼に恋してしまったのですわっ!」
どうよ、と言わんばかりにミッチェルが胸を張る。
それ対して、ノエルは、「え~……」と低テンションだった。こんなところにも前世の関係者がいたというのも驚きだが、なぜ、どいつもこいつも恋愛的な『好き』だと勘違いしているのか?
前世でノエル達の一団は、立ち寄る村々で食糧や武器を補充していた。魔術師野郎は、自分が美形であるという自覚を持っていて、モテ度合いでもこちらと張りあってきた。見送る少女達が期待と憧れを持って顔を赤らめていた光景には、仲間一同でドン引きしたものだ。
つまり自分がこうして侯爵令嬢に突撃されたのも、元を辿れば、女子に黄色い声を上げられるたび「どうだ、俺はお前よりもモテるぞ」と優越に浸っていた魔術師野郎が、王子様然とした態度でアピールした結果なのであって……。
つか、この状況も結局あの野郎が原因かよ!
なんて迷惑な野郎なんだ。あいつホントどこまでも僕を迷惑に巻き込みやがって――とぶちまけたい色々な言葉が浮かぶ中、ノエルは「ぐおぉぉぉ……っ」と少女あるまじき声をもらした。クソっこんなところで負けてなるものかと、恋する令嬢に向き合う。
「お嬢様! それは恋ではありません、絶対に脳の錯覚です、勘違いです!」
「いいえ、恋よ。あなたは男の子だから分からないでしょうけれど、女の子は皆、王子様や英雄に憧れて、そんな立派な殿方と結婚したいと夢見るものなのですわ」
ミッチェルは、ノエルの意見など聞かず熱っぽく断言する。
面倒なことになった。結論から言うと、それもこれもやっぱり全部あの魔術師野郎が悪い。もはや彼は、自分でその責任を取って、彼女の積極的な愛を受け入れればいいのに――。
「うん? それで全部うまく片付くんじゃね?」
唐突に思い付いて、ノエルはハタと我に返る。
先程ミッチェルは、フィリウスを紳士だと表現した。優しく挨拶されるくらいには彼からの印象も良いらしいし、二人は美男美女で家柄も身分も申し分ないだろう。
「…………」
本音をいうと、ここで断って、高貴なイメージを覆すほどの行動力を持った彼女の怒りを買いたくない。
なので、彼女と本当の恋愛をしてくれると期待してフィリウスとミッチェルを近付ける。もし上手くいけば、自分に向けているのがライバルとしての友愛的なやつを勘違いしていると気付いてもらえるだろうし、ノエルはこの美少女に睨まれなくても済むようになる。
それは、かなりの名案のように思えた。魔術野郎の勘違い問題については、一週間以内に早急にでも片付けたいと思っていたので、それでいこうと考えミッチェルに向き直る。
「おっほん! お嬢様、分かりました。僕が協力しましょう」
まだ妄想の世界に浸っている彼女を現実に呼び戻すべく、大きな咳払いを一つして自分へ注意を向けさせてから、ノエルはそう言葉を切り出した。
「僕は一週間限りの雑用係りですが、あなたが運命だと言い切る姿勢に負けました。なので、出来る範囲内で協力させて頂きたいと思います」
「本当!? とても嬉しいわっ!」
ノエルが答えるや否や、ミッチェルは年齢に相応した満面の笑顔を見せた。躊躇することなくノエルの手を取ると、今にも踊り出しそうな勢いで上下に振る。
「今は時間がないから、また後で話しましょう! まず、あなたは急いでラインドフォード様のもとへ向かいなさい、いいわね!」
ミッチェルは一方的にそう告げたかと思うと、ドレスの裾を持って走り去っていった。
令嬢とは、いかなる時も走らないものなのでは……と習ったことを思い返しながら、ノエルは彼女の見事な駆け足っぷりを茫然として見送ってしまっていた。
その後、精神的疲労が抜けないまま目的地に向かった。
案の定、予定していた時間を少し押してしまって、遅刻だぞどこをほっつき回っていたんだと、フィリウスから上官らしい嫌味な言葉を浴びせられた。
あんたが原因なんだけどなと思いつつも、くっ付けてしまおうと考えている令嬢の存在を明かせるはずもなく、ノエルはやるせない気持ちで「すみませんでした」と謝ったのだった。