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18話 二章 なんか強烈な令嬢に捕まりました

 子供集団の副リーダーであるディークとトーマスのおかげもあって、今なら素晴らしい閃きでも起こって、なんでもやれそうな気さえした――その一時間後。


 ノエルは、少し前の自信を失くしそうになっていた。


 何故か、今、見知らぬ令嬢に壁際まで追いやられて、一対一で向かい合わされている。


「ユドラーダ侯爵が娘、十五歳のミッチェル・ユドラーダですわ」


 一方的にそう名乗ってきたその令嬢は、勝ち気な猫のような目をした可愛らしい美少女だった。金の巻き毛が特徴的で、頭の上の大きなピンクリボンがなんとも可愛らしい。


 自分よりも少し小さいそんな彼女を、ノエルは顔を引き攣らせて見つめていた。マッケイから必要最低限の接し方を学んでいたものの、この状況にさせられた経緯がどのパターンにも当てはまらないだけに、どう対応したら失礼にあたらないで済むのか判断が付かない。


 何故なら出会い頭、この侯爵令嬢はなんとも規格外な行動力を発揮してくれていたからだ。目的の場所に向かって回廊を歩いていたノエルを突然掴まえ、人の目のないこの裏庭まで連れてきたのである。


 令嬢ミッチェルは、その一連の動作を毅然とした態度でやってのけた。幼さがある顔に貴族然とした表情を浮かべ、有無を言わせない様子で両手を腰にあてて、いかにも貴族のお嬢様的な逆らい難い圧を漂わせて毅然と立っている。


 ノエルとしては、フィリウスを迎えに向かっていたところなので、非常に困ってもいた。


 数時間前、執務室から出る際に、許可証を渡しておくから定時の昼食時間に間に合うよう、王宮の東側にある訓練場まで迎えに来るようにと言われてしまっていたのだ。


 勿論、面倒であったので「自分で食堂まで来たらいいのでは」とは意見した。しかし、雑用係りが出来る仕事は少ないのだから、ずべこべ言わずにやれと返されてしまったのである。


 つい先程まで、愛の告白を行っていた男の台詞とは思えない言い分だ。


 ほらな、だから恋だの愛だのといった『好き』ではないんだよ、と思って呆れた。


 とはいえ、このままでは遅刻してフィリウスに「こんな簡単な雑用も出来ないのか」と絶対零度の眼差しの前に立たされてしまうだろう。それは勘弁願いたい。


「…………あの、失礼ですか、お嬢様?」


 回避策として、令嬢に用を尋ねることにして、恐る恐るそう発言してみた。


 いつまでも睨まれ続け、身動きが取れないままでいるのも困る。こちらとしては取り扱い方法の掴めない侯爵令嬢の前から、今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。


「えぇと、僕に何かご用ですか?」

「あるわ。お前、ラインドフォード様の小間使いになったという平民でしょう?」

「ラインドフォード? ……ああ、師団長さんか。えぇと僕は小間使いではなく、正しくいうと一週間内の臨時の雑用係りと言いますか」


 すぐにパッと思い浮かばなくて、ノエルはちょっと遅れてそう言った。


 連れて来られた理由は一体なんだろう。そう思いながら次の言葉を待っていると、ミッチェルの表情が次第に苛々し始めた。腕を組んで少し顎を上げると、「お前」と呼んでくる。


「私は名乗ったわ」

「はい……?」


 唐突にそんなことを言われて、意図が分からず首を捻ってしまう。


 するとミッチェルが、思い切り小奇麗な眉を顰めて「呆れた人ね」と唇を尖らせてきた。


「目上の者が名乗ったら、そちらだって名乗るの」


 なるほど。彼女はこちらの返答を待っていたわけか。


 親切に教えてくれるあたり、悪い令嬢でもなさそうだと推測しながら、ノエルは自分が緑の騎士の第二班に所属し、その班長をしているノエル・バランだと名乗った。


 言葉使いがなっていなかったのか、騎士としての挨拶の礼がまだ不慣れなせいか、ミッチェルの顔が怪訝そうに顰められるのを見て、結局のところ貴族相手にいい印象など抱かれないだろうなと思ったら、かえって気も楽になってノエルは緊張が解けた。


「それで、ご用はなんですか?」

「私の良さを、ラインドフォード様にそれとなく伝えて欲しいの」

「は? あの……僕は君のことを何一つ知らないので、伝えるとか難しいかと――」

「まぁっ! この私を知らないの!?」


 正直に答えた途端、ミッチェルはこちらの台詞を遮る勢いで「なんて無礼な男なの」とまで続けて、両眉をつり上げて迫ってきた。


「この国の宰相を父に持つ、デビュタントの中でも『金の妖精』と注目されているほどの、ご覧の通りの美少女ですわよ!? 王族や上流貴族の花嫁候補にも入ってますのに!?」

「ええぇ、んな貴族事情を言われても僕は分からな――」

「今! 目の前にいる私の美しさくらいなら分かるでしょうっ!」

「ひぇっ、分かりましたから落ち着いてください!」


 全力で怒鳴られてしまい、ノエルはパッと小さく両手を上げてそう言った。こちらに迫る侯爵令嬢を押し返すのも憚れて、ミッチェルの身体に触れてしまわないよう心掛ける。


 貴族社会は、とくに異性関係に敏感なところがある。ようやく自分が少年に迫っている構図であると気付いたのか、ミッチェルが素早く距離を置いて咳払いをした。


「全く、これだから礼儀も知らない子供は嫌なのよ」

「子供? 君、僕よりも年下だよね?」


 ふと、不思議になってノエルはそう言ってしまう。


「僕は十六歳で、君より一つ年上なんですけど」

「え!? なんって成長が悪――いえ、その顔がいけないのよ。子供染みていて、いかにも幼いんですもの。身長だって、私の弟とたいして変わらないじゃない」


 男性として通るには、確かにそろそろ難しい年頃に差しかかっているだろう。


 ノエルとて、小さいとからかわれていた前世よりも身長を伸ばす気でいた。だから、現時点であの頃の身長を二センチほどしか超していない事実には、落胆を覚えてもいる。


 女性としても華奢な方であるし、胸も服で隠せてしまうほど小さい。本音をいえばコンプレックスではあるけれど、成長期は人によって差があるというし今後に期待したい。


「おっほん。いいですかお嬢様、成長がちょっと遅れていることは認めましょう。でも身長だって、僕はこれから伸びる予定なんです。そう、僕はこれからなのですよ」

「まぁ、なんて可哀そうな人なの」

「…………」


 ストレートに憐れみを向けられてしまった。ここは、せめて社交辞令でもいいから受け流して欲しかった……とノエルはショックでしばし動けなかった。


 行動力と発言に躊躇のない侯爵令嬢のせいで、時間を押してしまっている。


 このままじゃいかんと我に返ったノエルは、「あのですね」と控えめながら主張した。


「僕は師団長さんから指示を受けていて、今から彼のところに行かなくちゃいけないんですよ。なので、何か用件があるなら早めに言ってくれると助か――」

「それを先に言いなさいよ! ラインドフォード様にご迷惑を掛けるじゃないのっ!」

「なんで僕怒られてんの? いやいやいや、言えるタイミングが見つからなかったんですってば。だってお嬢様、ずっとプンプンして一方的に喋ってる感じじゃないですか?」

「あなた、無礼な口の利き方にもほどがありましてよ!?」


 叱り付けたミッチェルが、途端に焦ったようにして「どうしましょう」と呟いた。


 絶世の美少女が顎に手をあてて、おろおろとして悩む姿は愛らしい。結局突っぱねることも出来ないまま、ノエルは目の保養になる美少女をしげしげと観察してしまっていた。


「…………あの、一つ訊いてもいいですか?」


 ちょっと気になって、小さく挙手してそう声を掛けた。


「なんですの?」

「お嬢様は、もしかして師団長さんがお好きだったりするんですか?」


 そう尋ねた途端、ミッチェルの足がぴたりと止まった。目を見開いてこちらを見つめ返した顔が、数秒も掛からずに、湯で上がったように真っ赤に染まった。

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