10話 二章 バレました、話しました
白状すると答えた後、ノエルはベッドに腰かけて足を組むフィリウスに向かって、正座姿勢でこれまでの経緯を語った。靴を履いたままであったし、本当はベッドから降りたい気持ちが強かったのだが、彼の有無を言わさない目にそれを言い出せなかった。
そもそも前世のいつ、どこで性別がバレたのか分からない。だって魔術師野郎の態度や言動は、最後まで完全に男に対するものだったのを覚えているからだ。
「なるほど。ディーク・シュリーを筆頭に共犯か」
「…………まぁ、そういうことです」
全て話し終えたノエルは、首を捻りつつそう答えた。するとフィリウスが、どこか呆れたような目を寄越してきた。
「これでよくバレなかったな」
「僕、こっちでは仲間以外にバレたことはないですけど?」
ノエルは、きょとんとして言った。
森色の大きな目で見つめ返されたフィリウスが、ふと思案顔をして視線をそらし「――いや、以前もそうだったか」と口の中で呟いた。
「あの時も、すっかり騙されていたからな。本来の名はバリーではなかったし、確か『リーシャ』だったか」
「え。なんで知っているんですか、それ僕が師匠の墓に封印してきた本名なんですけど?」
「お前が女だと気付いて、調べたらすぐに分かった」
「待って待って、とりあえず待ってください。だからその『気付いた』って部分が変なんですよ。だって魔術師野郎は、全然気付いていなかったはずでしょ」
「そんなの簡単な話だ。あの呪文は――」
こちらに目を戻してきた彼が、そう言い掛けて不意に口をつぐんだ。吐き気を覚えたように眉間の皺を深め、またしてもふいっと視線をそらしていってしまう。
なんだか機嫌が悪くなってしまったようだ。ここでこじらせると後が大変そうだと思って、ノエルはもう前世関係の話を、完全終了させる案を切り出した。
「……えっと、もう僕らは二度目の人生をそれぞれ生きていますし、前世のことは水に流して忘れませんか? この世界では、ただの他人同士ですしそれぞれの人生を――」
「水に流すだと?」
低い声でそう言ったかと思ったら、フィリウスが顔を上げてきた。向けられたその美しい紫の瞳に、激しい怒気が宿っているのに気付いてノエルは息を呑んだ。
「またその姿を『ようやく一目見られて』からずっと、こうして話すチャンスを待っていたのに、ただの他人になど戻れるものか」
一体、自分の言葉のどこか彼を怒らせたのか分からない。
そんなに前世の憎しみが強いということだろうか。そう戸惑い見つめていたら、彼がベッドに片手を付いて覗き込みながらこう続けた。
「俺は『あの日』から、笑い過ごせた日などなかった。この悪夢が終わる手っ取り早い方法が転がり込んできたのに、むざむざ手放すものか」
「悪夢? ……やっぱりそれって仕返しがしたいってことで……?」
しばし考えたノエルは、やっぱりそうなんだと思って嫌そうな表情を浮かべた。
「やだ手放してよ、僕は超迷惑だからッ」
思わず、本音が口をついて出た。
そうしたらフィリウスが、美麗な顔に怖い感じの不敵な笑みを浮かべるのが見えた。ノエルは慌てて、前世から災いしている自分の口を塞いだものの、バッチリ聞かれてしまった後なので血の気が引く。
「――お前は昔からそうだったな。失礼極まりない奴で、二つしか歳が違わないのだからと言って、田舎町の貴族だった俺に堂々とタメ口をきいてくるような奴だった」
「ああああの、その節は本当に申し訳ないというか、それは前世の僕がやらかしたことであって今はちゃんと反省もしているというか……」
むしろ忘れていたかった件だ。前世の行いのせいで今世が不幸になるなんて、自分が可哀そうだなと想ってしまう。
ベッドの上だというのに、慣れない正座で足も痺れ始めていた。そろそろ姿勢を崩してもいいだろうか、とフィリウスを窺えばニヤリとした笑みを返される。
「なんだ、もう足が痺れたのか?」
「えぇと痺れかけているというか、僕は同じ体勢でじっとしているのもダメというか」
というか、なんだか彼が『楽しそう』なのが気になる。
「あのですね、なんで寄ってくるんですか?」
「まずは俺が悪夢を見ないよう、協力してもらおうかと思ってな」
「はぁ? そんなの無理に決まってるじゃないですか、だって悪夢を退ける方法とか僕は知りませんよ」
「俺は悪夢のせいで不眠症なんだ。とにかく、お前も寝ろ」
彼は言いながら、ノエルの痺れ始めている足を掴んで素早く靴を脱がせた。それから流れるような動きで彼女を巻き込んで、そのままベッドに倒れ込む。
「ちょッ、腕重い!」
「煩い」
「え、マジでこの状況で寝るの!?」
ノエルは抗議したが、数秒と経たずにフィリウスから寝息が聞こえ始めてきて、なんて自由な男なんだと眩暈を覚えた。
よく分からない状況だ。ここに至るまでを思い返すと、慣れない精神疲労もあってどっと疲れも込み上げてきた。のっているフィリウスの腕は重たかったのだが、同時に彼がやたらと温かいせいで眠気にも誘われる。
どうか、穏便に一週間が過ぎますように。
とうとう欠伸までこぼしてしまったノエルは、とりあえず殺しに掛かられなかったことは幸いだと考え直し、そう思いながら目を閉じた。
※※※
懐かしい夢を見たのは、フィリウスという前世の知り合いと出会ったせいだろうか。
ノエルは、久しぶりにリーシャ――バリーとして過ごした前世のある日を夢に見た。目的地まであと一日で辿り着くという距離まできた森の中、それぞれが短い休憩をとって自由にしていた。
彼女は何をするわけでもなく、岩場に腰かけてぼんやりと空を仰いでいた。魔術師野郎と倒した魔物の数を競いながらここまできたので、剣を振るい続けていた腕はまだ痺れていた。
相手は、体力がへっぽこ級とはいえ十七歳の男だ。男と女の体力差は勿論あるわけで、彼女の細腕には剣は重くて体力を削られることもあって、平気な顔をするのにも疲れていた。
「……あの野郎、僕はこれでも女なんだぞ?」
一人愚痴っていると、後ろからやってきた男に陽気に声を掛けられた。
「調子はどうだ、バリー」
それは途中の町で仲間に加わった、三十二歳の元お屋敷の護衛兵だった。彼女のことは一目で女だと分かっていて、休憩の際に一人離れると、気遣って様子を見に来ることもよくあった。
「お前、アシュベルト家の坊っちゃんとまた勝負してたろ?」
「まぁ、僕が楽勝で勝ったけどね。――調子は平気だよ」
言いながら、どうにかいつもみたいに手を上げて応えてみたら「相変わらずの強がりだなぁ」と彼が笑った。
「んで、シャークスに聞いたけど今日が誕生日なんだって? いくつになるんだ」
「十六」
「ははッ、まだまだ若いな」
男は少しだけ寂しそうに笑うと、歩み寄った彼女の隣に腰を降ろした。
「ジンもゾーマも、十七に十九だろ? みんな十代の子供なのになぁ」
「もう子供じゃないよ。みんな、立派な戦士だから」
でも、と彼女は小さくなった声で本音も続けてしまう。
「子供染みた考えかもしれないけどさ、死に急いで欲しくないなとも思うんだ。僕は平和のある時代とかは知らないけど、脅かす存在のない世界で皆が笑って過ごせる未来を勝ち取る力があったなら、僕にとって、それが最高の誕生日プレゼントになるのになって」
最近、そう思ったんだ、と彼女は年上の彼にそう白状した。そうしたら優しい彼は、やっぱり少しだけ悲しそうな顔で笑って「俺も、そうだよ」と言った。
しばらく腰を休めた後、彼女は男と共に立ち上がって仲間達と合流した。――そして、十六歳の誕生日の翌日に大魔物と対面を果たし、それから数日の激闘の末に短い生涯を終えた。
家族がいなくとも大事な仲間がいて、毎日が笑顔に溢れて全てが輝いて見える。
だから、ノエルは今世も全力で生るのだ。
きっと彼は考え過ぎなのだと、思い返してもそう思わずにいられない。これは神様がくれた素晴らしいプレゼントなのだと考えれば、毎日を生きるのがこんなにも楽しいと思えた。