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1話 序章 前世についての男装少女の考察

 あの頃は、少々やんちゃが過ぎていた部分もあった――かなとは思う。まだまだ若くて、恐らくは十六歳になり立てで落ち着けるような性格でもなくて。


 前世では、十六歳と三日で人生が終わってしまった。


 思い返してみれば、短い人生だったなと思う。


 けれど、ああ死んだな、と意識を手放したのも束の間、気付くと違う世界で新たな人生がスタートしていたのだ。


 現在の僕は、前世で過ごした十六歳と三日をとうに超えた。

 大人になった経験はまだないが、こうして前世の自分を振り返って、少しは反省出来るくらいには成長したと思う。


 前世での話が、大昔のことなのか、全く別世界の出来事なのかは分からない。そこでは魔物と呼ばれる毒をまとった異形の敵がいて、僕が生まれる前からずっと戦争が続いていた。


 両親がいない子供がいるのも珍しくなかったが、皆が希望という光を胸に「明日を生きるために今を精一杯生きよう!」と、日々をたくましく生きていたような世界だった。


 各地に出現していた魔物の発生源が全て特定され、大規模な討伐作戦が立てられた。

 王国戦士団だけでは人手も戦力も足りず、そうして孤児だった僕らのいた村と複数の土地にも、その討伐グループの一つとして参加しないかとお声が掛かった。


 僕がいた孤児グループも参加を決め、近隣の村々から「平和のために戦おう!」という者達が続々と集まって民間戦力部隊軍が結成された。そうやって気の合う仲間達と出会い、大規模パーティーが出来たのだが、その中で一人だけ馬が合わない奴がいた。


 それは任命を受けて僕らの民間戦力部隊軍のリーダーになった、二歳年上の魔術師だ。彼はメンバーの中で唯一の貴族で、王国戦士団に所属していた魔法部隊軍の期待のエースだった。


 奴は元々、民間人で部隊軍を構成するという案から反対していた。魔術師である以上に軍人で、訓練も受けたことがない僕らは戦力にならないと派遣一日目で言ってのけた。


「よっし、こいつぶっ飛ばそう」


 奴の到着を待っている間のトーナメント制で、僕は集まった彼らの臨時のリーダーになっていた。皆を代表して奴に言いたい文句を全てぶちまけたうえ、魔法無しでも軍人魔術師に勝てるぞと勝負を挑んで、ひとまずそれを証明すべくボコボコにしてやった。


 おかげで、同じ空気も吸いたくないというほどに嫌われてしまった。


 奴はほとんど魔法に頼っていて、体力や接近戦では圧倒的に僕に劣った。年下に負けるという初めての経験で闘争心に火が付いたのか、事あるごとに勝負を挑んで比べてきた。


 僕はよく少年に間違われることが多く、『バリー』という偽名で活動していた。その魔術師野郎も、容姿や背恰好から僕のことを男だと勘違いしていて、旅が始まってからというもの、毎回懲りずに戦いを申し込んでくる彼を僕は負かし続けた。


 つっかかってくる魔術師野郎を日々からかうのが、旅の楽しみの一つにもなっていた。しかし、あまりにも奴が負け記録を更新し続けるもので、ふと心配になった。


「これで女だと白状した日には、奴は死んでしまうのでないか……?」


 共に魔物と戦う同胞として、僕は奴の勘違いを正さないという、優しい対応をすることにした。はじめから女だと気付いていたメンバーも、事が終わったらでいいんじゃないかなと苦笑していた。


 戦争しかなかった前世の世界。


 それでも悲観的な想いを抱く仲間はいなかった。戦争のない未来があるといいな。伝説の中に語られる、名もなき英雄の中に入れたら光栄だろうなと語り合う日々の中、僕らの旅は目的地まで一人も欠けることなく進んだ。


 でも、ようやく目的の場所へ辿り着いた時、みんなが初めて青い顔をした。


 ああ、きっと駄目だな、と僕も一目で分かってしまった。


 辿り着いた場には、魔物を産み出す大きな『何か』が居座っていた。それは一括りに魔物と呼ぶにはあまりにも脅威的で、強すぎる存在だった。


 戦いは三日三晩続いた。魔術師野郎が結界を張ったおかげで、負傷したメンバーは虫の息ながら、まだ命はある状態だった。けれど立って戦えているのは、もう僕と魔術師野郎だけの状況だった。


 不意に、ぴたりと大魔物が止まった。ようやく休憩でもしてくれたのかと思った僕は、頭の中に直接語りかけられてびっくりした。


『汚れのない乙女』


 その声は、僕にしか聞こえないものだった。

 私は、こうして生きることを望んでいない。『我が子』もろとも滅する方法を教えてあげるから、どうかもう終わりにしないか……その大魔物は、敵意を潜めてそう提案してきた。


 直感的に、罠ではないだろうとも思った。


 もしかしたら、こちらと同じようにソレが肉体的ではない部分で、とても疲れ切ってしまっているのを、声から感じたからかもしれない。


 僕だってそうだった。畏怖の存在とばかり思っていたその大魔物が、戦っていた短期間で意思を持ち始めたらしいことには驚いたけれど、それについて考えるほどの体力は残っていなかった。


 ここまでの長い旅で、僕は仲間達に死んで欲しくないとも思い始めていた。世界を守るのだったら死んだとしても後悔はない、そんな中で僕は、ここへ辿りつく直前に全員が助かるような、そんな道を夢見たのだ。


「――なぁ、一つだけ方法があるんだけど」


 少しの逡巡をしたあと、僕は散々コケにしてきた魔術師野郎に、意地悪く笑いかけてそう言った。


 もちろん警戒はされた。でも、最後なのだ、こうやって隙を作るくらい許されるだろう。


 僕はニッと意地悪く笑うと、動きを止めているあいつから魔法の杖を奪って、後ろにある結界まで思いっきり奴を蹴り飛ばした。


「ばいばい、皆をよろしく」


 そう笑顔で別れを告げて、大魔物の『手』を取って、ソレから教えられるがまま呪文を反復した。


 それを唱えている間、大魔物が『清らかな聖人の人柱を使った、全てを浄化して無にするものなのだ』と頭の中に言葉を送ってきて説明してくれた。


 なんだ、普通にお喋り出来る異形じゃんか、と僕はなんだか可笑しくなった。


 もし人として生まれ変われたのなら、僕ら友達になれるかもしれないね。浄化された魔物だって、生まれ直すチャンスが与えられればいいのになぁ、どうなんだろう……。


 僕はソレの手を取ったまま、最期にそう言って笑った。


 一緒に死ぬということのせいだろうか、不思議と怖さも痛みもなくて――僕は眩い光にただただ目を閉じたのだ。



 そこで僕は一度目の人生を終えた。


 だから、まさかこんな来世なんて想像していなかったのだ。



 僕は、今、嫌われていたあの魔術師野郎にそっくりの顔を持った男を前に、緊張の汗が止まらないでいる。


「言い訳なら聞いてやる。今すぐ服を剥いて確認されるか、素直に白状するか選ばせてやろう」

「め、めめめめめ滅相もございません喋りますとも!」


 魔法が存在していた世界にいた魔術師野郎が、二度目の人生で同じ時代に生きていて、王国騎士団の中でも恐れられている最強軍人になっているなんて、誰が予想出来ただろうか。


 奴に逃げ道を断たれてしまっている状況に、僕は「え、こいつホモなのか」といった普段のジョークすら浮かばない。ただただ、仕返しという名の報復が怖い。


 そもそも、なんでこうなったんだっけ。


 そう考えて、僕は奥の手でも使ってこの状況を回避しなかった、半日前の自分を殴りたくなった。

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