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王政の終わり


 私の『殺人審問』はすっかり忘れ去られ、世間は国王選挙のことで持ちきりになった。


 私はその間、諸外国からも歓待を受けた。リカルダが劣勢とみて、国際的にも私の即位を支持する方針が固まりつつあるらしい。


 レムールでは夜な夜なかがり火があちこちで起こる騒ぎになった。


 国王選挙がいまだに限定選挙で行われていることへの抗議だ。国民全員に投票権があるべきだという抗議運動は、全国でさかんに行われていた。


 教会は二、三の反対声明を出したが、ほとんど権威が失墜している状態だったので、無視された。


 およそ三か月ほど、自由党と王党派の間で銃を交えた闘争があったものの、ラルウァ前王の遺言状を盾に、国王選挙は強行された。


 ほとんど私の即位は決まっているようなものだということなので、選挙当日の私はあらかじめ渡された原稿を無難に読み上げるだけでよかった。


 顔なじみの貴族や執政官たちと昼餐の休憩も挟み、和やかに進んでいった。


 リカルダは選挙に顔を出さなかった。代わりにニーナとの恋に生きるつもりだという手紙が朗読され、それがまれにみる名文だということで、なんとなく貴族たちの間にも彼を許そうという雰囲気が出来上がった。


「『貴族であれ人間』……か」

「王太子殿下にとっては重荷であったのでしょうな」

「われら神ならぬ身にて、王となるべく定められたお方のお心を想像するのは難しい」


 彼らも、リカルダやニーナがここ最近の宮廷で何を画策していたのかは知っている。知っていて、あえて話題には出さない。なぜなら、宮廷とは美しい場所であるべきだからだ。選りすぐりの洗練された優雅な人々が集い、愛と尊敬、憐れみと感謝だけを口にする。それが世界中から姿を消しつつある宮廷貴族たちの生きざまだった。王政の最後の生き残りたちが守り通した、よき伝統、よき時代の名残りだった。


 昼餐も終わり、最後にシリウスが演説をした。


 彼の声は大きくはなかったが、静かにしかし確実に会場に行き渡った。それは王政の終わりをたっぷりと示唆しながらも、失われゆくものへの哀惜に満ちた、聞くものの胸を打つ演説だった。みずから特権にしがみついていることを半ば自覚しながらも、悠久のときを貴族として生きてきた、ほかにはどんな姿にもなれない貴族院議員たちの心を見透かしたかのような内容だったので、会場からはすすり泣きのような音も漏れ聞こえていた。


 シリウスは、演説の中で、『貴族の生き残りとして、最後の指導者として、民衆に果たす責任がある』と述べた。


 最終的には彼らに席を譲ることになるだろう。

 しかしそれは、今ではない。


 シリウスは外国での男子普通選挙の失敗例を挙げ、まだこの国には早いと結論づけた。

 きっとこの選挙で選出される統一王は、のちの時代から『時代錯誤の暗君』だと悪罵され続けるだろうが、それでもまだ、貴族にしかやれないことがあるのだと言い、どんなに報われなくても最後まで責任を持って使命を果たすと締めくくった。


 それはこの国の名宰相の呼び声を一層高めるような素晴らしい演説だったので、ほとんど昼の舞踏会のつもりでやってきた議員たちは不意を打たれ、みんな感動していた。彼らは一様に涙にくれながらも、いつまでも鳴りやまない拍手でシリウスを讃えた。


 三百名の投票は小一時間ほどで終了し、その場ですぐに開票となった。


 この国の伝統的な集計作業は、一票ずつみんなの前で読み上げ、三人の書記官がそのつど票に不正がなかったことを確認するようにできている。


 開票がはじまっていくらもしないうちに、会場がざわめき始めた。


 ――ルガーノ様への投票が多い……?


 予定では、私がすべての票を取って終わるはずだった。


 もちろん、票は過半数、つまり百五十一名が入れてくれればいいから、少しくらい遊んでやろうと思った貴族が出てもおかしくはない。


 最終的に、私への票が過半数を占め、次がシリウス、残りを他の王族が分け合う形になった。


 逆に言えば、シリウスが他の王族を差し置いて支持を得たことになる。


 彼が家柄の問題で最初から考慮の外だったことを考えると、かなりの大健闘だ。


「お疲れさまでした。まずは貴族院での承認、おめでとうございます」


 にこやかにシリウスから声をかけられたとき、私は一瞬、何かの皮肉かと思って焦ってしまった。状況を見たら私が貴族院を通過したのは間違いないし、どこにも皮肉の要素はないのだけれど、気持ちの面で劣等感を抱いていたのが災いしたのだろうか、なんだか妙に緊張した。


「ありがとう。でも、おめでとうを言いたいのはわたくしの方よ、ルガーノ様」

「まあ、私はあれが本職ですから。不慣れな皆さんよりは少し有利だったかと」

「やっぱりルガーノ様は……」


 王に向いている、と言いかけて、私はあわてて言葉を呑んだ。

 この公式の場で、私が発言をすることは、私の想像する以上に重い意味で受け取られる。

 余計なことは言わないのが花だと思い直して、違う言葉を探した。


「……すごい方ね。下院ではどうなってしまうのかしら」

「そうですね……」


 彼は周囲の目を盗むようにして、私の耳元に口を寄せた。


「……私が選出されたら、グラツィア様の王配候補としても現実的に受け止められるようになるかもしれませんね」


 彼はさりげない動作で私から距離を取り、そのまま目礼してどこかに行ってしまった。

 私は追いかけたり呼び止めたりする勇気がなくて、その場に立ち尽くしていた。


***


 下院は上院と打って変わって、ブルジョワの世界だった。下院議員には自由党員も多いらしく、私はときどき不躾な視線などを浴びることはあったものの、一応は地位も名声もある名士たちの集まりであるせいか、直接的な暴言や暴力などは受けずに済んだ。


 私は緊張気味の下院議長にあれこれと世話を焼かれつつ、やはり無難に演説をした。


 このときのシリウスの演説も出色の出来だった。女神と王の時代に対する批判と、ブルジョワへの特権の委譲をほのめかす論説は熱狂的な支持を得て、幾度も喝采を浴びた。


 この様子だと、シリウスが選ばれそうだったので、私は急に緊張してきた。


 ――グラツィア様の王配候補としても現実的に……


 先日のささやき声が奇妙に生々しく蘇ってきて、頬が熱くなる。


 もともと私に結婚の決定権はない。誰が夫になるとしても受け入れる覚悟はできている。だから、シリウスが選ばれるのなら、私はその命令を受諾するだけだ。


 ――でも、そんなことってありうるのかしら?


 貴族院でシリウスがいくらか得票したのは意外だった。もしもあれが、王配への階段を登るための幸先の良い前触れだったのだとしたら、と考えて、私はそわそわする気持ちを抑えきれなくなり、頬に手を当てた。


 でも、あの票はおそらく、その場の雰囲気で軽く投じられたものだろう。

 それとこれとは別。王配問題は貴族の勢力争いに直結しているから、また紛糾するはずだ。まだ期待するには早すぎる。


「人の世の統治に、投票を!」


 シリウスが掲げた耳に心地よいスローガンが繰り返し会場の誰彼から叫ばれる。


 狂乱する会場で、ふとシリウスと目が合った。


 シリウスは栄華の頂点にいた。ブルジョワならば誰もが憧れる大貴族の優雅さと風格を持ちながら、輝く才知とすばらしい弁舌の才能をも併せ持ち、それらが産み出した、栄光という名の黄金の果実を手にして、彼は――


 誰にも気づかれないように素早く、略式の敬礼を捧げるように、胸に手を当ててみせた。


 周囲から音が消えうせ、世界にふたりだけのような錯覚に陥った。

 でもそれは一瞬のことで、次の瞬間にはまたシュプレヒコールが上がり、彼はまた称賛の渦に巻き込まれていた。


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