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ショーの幕引き


「私からも質問をよろしいですか?」


 ニーナの呼びかけで、私は我に返った。

 彼女は評議会の許可を得て、侍医に直接話しかけた。


「ラルウァ王が亡くなったとき、寝室にはラルウァ様とグラツィア様のおふたりだけがいらっしゃったという報道がありましたが、これは確かなのでしょうか?」

「ええ……しかし、あとから侍医長と司祭が呼ばれていますから、お亡くなりになった瞬間はふたりきりではなかったはずです」

「王女殿下は、自由に先王陛下の寝室へと出入りする権利を持っていたということですが、その権利は、専属侍医のあなたでさえも持っていなかったそうですね?」


 元侍医は質問の意図をはかりかねたのか、戸惑いながらもうなずいた。


「典範にも書かれておりますでしょう。そうです」

「もう少し言うのなら、ラルウァ様の寝室に自由に出入りする権利を持っていたのは、歴代の公妾たちだけだということですが」

「はい。しかし……珍しいことではありません。典範を遡ればすぐに判明することですが、歴代の王もそのようになさっていました」

「寝室に、王妃や、ご子息であるリカルダ殿下も入室が許されなくて、公妾だけが自由に出入りするのは、普通のことなのでしょうか?」


 会場にまた少しのどよめきが満ちた。

 彼らの好奇心を刺激する話題だったようだ。


「ええ……しかし、王女殿下は、看護師としての必要性から寝室に出入りしていらっしゃいました」

「でも、看護のときは、要するにラルウァ様とグラツィア様のふたりきりだったわけですよね? 入室の権利が王女殿下しかないわけなので。そうすると、中で行われていたのが本当に看護だったのかを知るすべは、誰にもないわけで」


 侍医は焦れたように、頭をかいた。


「ですから、先ほども申し上げたように、王女殿下は必ず貴婦人か、高貴な男性の付き添いを伴っておいででした。ふたりきりということは絶対にありません」

「でも、事件当日はふたりきりだった?」

「それは……私はその場にいたわけではないのではっきりとは回答できませんが、やはり付き添いのどなたかがいらっしゃったのではありませんか?」

「では、あなたは王の寝室にどのくらい出入りをしていたのですか?」

「それは……」

「グラツィア様が、ラルウァ王と『絶対に』ふたりきりにはなっていないことを、実際に寝室で確認する機会は何度くらいありましたか?」

「私が緊急に呼び出されたことがあるのは、一度だけですが……」

「一度しか確認していないのに、絶対と断言しているのですね?」

「そうですが、しかし、こんなことは他の証人を呼べばすぐに分かることですが、私の言っていることは確かですよ」


 ニーナの誘導がどのぐらい傍聴席の人員を騙せたのかは不明だが、少なくとも、野次馬根性は満たされるものだったらしい。


 翌日のパンフレットも、このゴシップで持ち切りだった。


***


『殺人審問』はしばらく、くだらない見世物と化していた。

 リカルダたちが呼んだ証人はことごとく激しい反クレスケンティア派で、最後は必ず寵姫グラツィアのバッシングで終わった。


 私はヴィルトゥスによって厳重に守られていたので、パンフレットの類をほとんど見せてもらえなかったけれど、激しい攻防があることは肌身で感じられた。パンフレットが中傷を書き立てる一方で、御用新聞などはずっと私の擁護を続けていたのだ。


 民衆の狂乱をよそに、殺人審問は完全に私の有利で進んでいった。

 もともと冤罪で根も葉もないというのもあるが、摂政評議会が私の味方をしてくれていたのも大きかった。


 リカルダによってふっかけられた毒殺嫌疑はほとんど撤回された。


 故意ではないかもしれない。

 しかしさじ加減の間違いが命を奪ったのかもしれないと、苦しい主張をするまでになった。


 私は献身的な看護師ではあったが、大学で学んだ医師ではなかった。まして中世の神秘的な秘薬を扱う薬草売りの老婆でもなかった。


 当日の現場検証が行われ、王の遺体の所見があらためて検討された。

 周囲からは血液の反応が出なかったこと、外傷がなかったこと、心臓の発作はまったく偶発的に起きたことであり、薬によって引き起こされたものではないということが確認された。


 過失による殺人が裁かれるのか否か、評議会は何日もかけて結論を下した。


「あらゆる証拠と証人は、グラツィア王女が献身的な看護師だったことを示している。また、侍医らによる処方が適切であったことも議論の余地がない」


 私は無罪を勝ち取ったのだった。


 最後のリカルダの演説も、毒殺の嫌疑などはそっちのけで、クレスケンティアとの統一国家に対する批判に終始していた。


「グラツィア王女の理性と節制に満ちた態度に、僕は敬意を表します。彼女はすばらしい女性です。しかし、僕はもう、王女殿下との婚約を続けることが意義のあることとは思われないようになっています」


 リカルダの発言を、私は苦い思いで聞いていた。


 たとえ本心でそう思っていたとしても、摂政評議会の承認もなく、公式の場でそれを口にするのがいかにまずいか。どうしてリカルダには分からないのだろう。


「学園での生活は僕に様々なことを教えてくれました。王女殿下もまた、新しい時代の思想を学園でともに学んだ者同士です。私があなたと深い親愛の情でつながれていながらも、哀惜を込めて決別の意を表明すること、あなたの高潔な魂が憐れみをもって受け入れてくださることを願います」


 きれいごとを並べ立てているが、婚約破棄を正当化しているだけだ。


 私は呆れ返りながらも、かえって心は落ち着いていた。


 私の発言はそのままクレスケンティアの印象に直結する。私の失言でクレスケンティアの株価や通貨価値は簡単に下落してしまうのだ。


 だからこそ、来たるべきこの日に備えて、私の演説は入念に準備がされている。

 父であるクレスケンティア前王や、シリウスや、摂政評議会の執政官たちが裁判を引き延ばし引き延ばし、秘密裡に打ち合わせながら総出で書いた筋書きには信頼を寄せていた。


 あとは、私という演者がうまくやるだけだ。


「わたくしたちの婚約破棄裁判にお越しくださり、ありがとうございます」


 殺人審問とは名ばかりのショーに、誰もが疑問を抱いていたから、このいささか度を越したユーモアには、傍聴席をハッとさせる効果があった。それも、相当なとまどいを伴って。


「どうか、愚かな冤罪をでっちあげようとしたリカルダ殿下のことを責めるのは差し控えてくださいませ。彼は切実だったのです。わたくしは、国の未来を憂いるあまり、みずから喜劇役者の仮面ドミノを被った殿下のことを、責めるつもりはありません。オペラ・ブッファさながらの三文芝居を演じたリカルダ殿下とニーナ嬢のおふたりに、どうぞ惜しみない拍手を」


 開廷以来、絶えずうるさかった傍聴席のざわめきが、いっとき鳴りやんだ。

 会場の誰もが戸惑っている。

 皮肉がききすぎて、容赦のない罵倒とすら感じられる台詞だ。


「彼らに喜劇を敢行させてしまったのは、ひとえにわたくしの至らなさゆえでございます。クレスケンティアをとりまく複雑な諸問題に心を痛めている皆様にも、深くお詫び申し上げます。これはわたくしたちの王朝が勇気をもって責任を取るべきことでしょう」


 観客のどよめきが聞こえてくる。「くそったれ」「どういうこと?」「エデア様……」

 いつしか私は歓声とブーイングの両方を受けていたが、優勢なのはやはりブーイングの方だった。


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