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寵姫の殺人審問


 簡単に言いくるめられてしまう王太子に苛立ちを覚えつつ、ニーナは辛抱強く執筆者が不穏分子だということを説き伏せて、処分を約束させた。


「しかし、自由党のパンフレットが私の批判に回っているというのはどういうことなんだい?」

「それは……」


 自由党は新王妃にニーナを擁立するという野望に賭けている。

 今、ニーナたちを後ろから撃ったとしても、いいことなんてないはずなのだ。


 ニーナは困り果てて、この場で唯一政府の内事情に詳しいシリウスに目を向けた。


「どう思われます? シリウス様」


 彼は新聞から顔をあげて、気づかわしげにニーナを見た。彼の視線にひそむほのかな欲望を感じ取って、ニーナはひそかに満足する。


 男なんてみんな同じだ、と彼女は思う。美しい娘の親しみや、弱い立場や、何気ない笑顔をすべて自分に向けられた恭順の印だと誤読する。ニーナはリカルダも含めて、すべての貴族の男を憎んでいたが、シリウスにだけは少し違うものを感じていた。彼はオペラ俳優のように美しいばかりでなく、他の貴族の少年たちのように、ニーナを手ごろな愛人候補として扱ったりはしなかったから。


「彼らの真の敵は寵姫グラツィアと、そのハレムともいうべき旧弊の非立憲王政府。ニーナ嬢を新王妃にすることそのものはどうでもいい、というように読めますね」


 シリウスが各紙の文章をいくつか指さしながら言う。


「殺人審問がうまく行けば長年の怨敵をようやく始末できる。せっかくの好機をみすみす逃すわけにはいかないと思っているのでしょう」

「どうする? ニーナ」


 リカルダがニーナを抱き寄せたので、ニーナは逆らわずに、甘えるような調子ですかさず返す。


「殿下と結ばれたいわ。……どんな手を使っても」

「もちろんだよ。僕らの出会いは運命なんだ。絶対に君を離したりするものか」


 ニーナは殺人審問の延期を取りやめ、作戦を練り直すことになった。


***


 寵姫グラツィア。

 レムールの偉大なる前王を篭絡し、クレスケンティアの利益を図った売国の毒婦。


 レムール前王が没してから二年後のとある秋の日、亡き王の死因は彼女の毒殺であったという、驚くべき新事実が王太子リカルダによって告発された。

 そこで、その真偽が改めて取り調べられることになった。


 本来であれば裁判所の管轄になるのだが、登場人物があまりにも高貴であるとの理由で、古式ゆかしい国王による裁判となった。ただし、王太子リカルダはまだ即位していないため、彼に代わって摂政評議会が、真偽の追及やその採決にまつわる一切の進行役を務めることで決まった。


 私は『寵姫の殺人審問』と陰でささやかれているその評議会の公開審問に、予定通り到着した。


 公開制にふみきったのは、一般民衆からの突き上げや圧力もあったのだろうが、その方がより決着がつきやすいと判断してのことらしいので、私には文句などない。


 晒し者にされる覚悟はとっくにできていた。

 おそらく、この国にやってきた十年前から。


 服装は『亡き王への敬意から』と称して、喪服を思わせる地味なドレスを選択した。


 乗馬用のジャケットから着想を得た、襟のない前開きの上着に、先の詰まった慎ましやかな袖、シンプルなボタンダウンのブラウス、ロングスカート。飾りけのない黒い手袋。開きが狭い前身頃には襟やラペルの代わりにプリーツを折りたたんだ白いレースを内向きに立ててあしらい、首元や胸元が覆われるようにして、露出度を徹底的に抑えた。


 抑えた装飾の服はなんら貴族らしさを主張するものではない。このような装いの女性ならば中産階級にも大勢いる。


 野暮ったく髪をひっつめて、地味なボンネットで隠し、顏の前には黒いレースを垂らした。装飾品には前王の毛髪で作ったメモリアル・アクセサリーのブローチのみを選択した。


 まっすぐ前を向き、自分の席に座ると、正面の傍聴席は私をひと目見ようとオペラグラスを装着した人たちであふれかえっていた。


 彼ら、彼女らの戸惑う声がわずかに聞こえてくる。


「あれがダニア女のグラツィア?」

「地味ね」


 世間で噂されているグラツィアは、金と赤のデコラティブなドレスを身にまとった派手な遊蕩女だ。期待していた人たちにはいくぶんかがっかりだったのかもしれない。


 王太子殿下とその連れはすでに到着していた。


 ニーナは、まるで舞踏会さながらに着飾っていた。淡い桃色のデイ・ドレスには、春を感じさせる萌黄や黄色のレースが品よくところどころにあしらわれている。手袋には小粒真珠を花弁に見立てた精緻な刺繍が入っていて、それがうららかな春の日差しを思わせる彼女の髪や瞳の色とよく調和していた。


 美しい娘に誰もが目を奪われる。


 そう、ニーナは、美しすぎた。

 おそらく服を用意したリカルダは、庶民の娘と侮られることを恐れたのだろう。並みの貴族よりもずっと貴族らしい装いは、会場を埋め尽くしていた自由主義者たちの目に美しく映れば映るほど、逆の効果をもたらした。


「あれが特例で学園への入学を許された庶民の娘?」

「そうは見えないわね」


 ニーナがびくりと怯えた様子を見せる。気遣うリカルダの瞳は、美しい連れ合いを見せびらかす男性の優越感に満ちていた。


「どちらかといったら、そう……」

「あの子の方が、寵姫って感じ」


 どうやら彼らもあまりいい印象を与えられていないようだ。


 ニーナは女性初の入学者ということもあり、世間からは身分を超えた平等な世界の象徴のように思われている。


 その彼女が、庶民とはかけ離れた格好――つまり、いかにも夢見るお嬢様といった身なりで出てきたのは、拍子抜けだったのだろう。彼女を希望の星だと信じ、期待して押しかけてきた男女同権運動者たちには、さぞや頼りなく見えているに違いない。


 役者がそろい、宣誓を述べたところで殺人審問の開幕となった。


 初めに、リカルダによる疑惑の提示があった。


 彼の言い分は大きくわけて二つ。亡き王の毒殺と、遺言状の書き換えだ。


 ひとまず私は、遺言状の書き換えについて、その場で否定しておいた。


「死の間際のラルウァ様はもはや字が書けるお体ではありませんでした。ですから、遺言状はわたくしが代筆いたしました。字が似ているのは当然ですわ。わたくしが書いたんですもの」


 彼はほら見たことかと言わんばかりの顔つきになった。


「では、遺言を改ざんする機会はいくらでもあったわけだね」

「いいえ、遺言状の作成は正当な手続きで行われました。臨終の司祭様と、侍医長、そしてわたくし。その場に立ち会った証人が三人でございます」

「問題は、証人が君を除いてふたりとも亡くなっているということなんだ。これでは細工をしていても分からない」


 私は呆れるあまりに、沈黙した。

 よりによって、リカルダがそれを言うのか。


「グラツィア、君が二人の老人を騙して遺言状を書き換え、口封じに殺したのではないか? だって、この二人の死因は、父上とまるで同じだ」


 会場がざわめきで満ちる。

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