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地下活動


 ニーナは王子の私邸の一室で、ひとり親指の爪を噛んでいた。


「……どうして? これまでとは全然違う。手ごわい……」


 ニーナの主な仕事は、連日のパンフレットの編集だ。


 この国では、政府の検閲なしに自由な出版活動はできない。すでに憲法を有し、自由な出版の権利を謳歌している諸外国に比べて、大きく遅れている。不満はすさまじいものだが、なにせ庶民には訴える手段がない。自由主義者が正当な権利を勝ち取るためには非合法な出版――パンフレットの力に頼らざるを得ないのだった。


 毎日、グラツィアの誹謗中傷を書き、国政上の不満はすべて彼女に結び付けられるようにしている。

 政策の不備は古い血筋の信仰がもたらしているのだ。


 新しい王妃が必要だ。

 この国に解放をもたらす、才知のある娘が――


 自由主義者の間では、人間の文明を大きく進歩させる力のことを才能と言い、才能のある人間こそが政治に関わるべきだと言われている。


 ニーナはその思想に乗っかって、グラツィアを古い悪弊に、ニーナを新しい才能にうまく結び付けて宣伝していった。


 学園では、それが非常にうまく行ったのだ。ニーナの思想と魅力に、王太子でさえも陥落した。


 だから、王政府相手にもきっとうまく行くと思っていた。


 ところが、ニーナが王妃となるためのイメージアップ工作を始めたあたりから雲行きがどうにもおかしくなっている。自由党を根城としたパンフレットの発行所はひとつまたひとつと差し押さえられ、すでに稼働している印刷所はわずか数カ所のみにまで減少していた。これではレムールの主要都市にパンフレットを行き渡らせることはできない。


 ニーナは自由党として、小さなころからずっとレジスタンス活動に協力している。ニーナの父親は秘密結社の幹部をしていて、莫大な資金を提供しつつ、ニーナが王妃になることに望みをかけていた。父親ともども、それほど簡単に差し押さえられるような、やわな活動はしていないつもりだった。


「誰かが手引きしている……? まさか、グラツィアが……?」


 ニーナはあの、おっとりとして内気な王女を思い出し、吐き気をもよおした。やることなすことすっとろくて頭が悪そうなので、ニーナはひと目見たときから彼女のことが目障りで仕方なかった。自分の意見ひとつろくに言えやしないくせに、周囲から蝶よ花よと大切にされている。あれではニーナに王太子を寝取られても仕方がない。ニーナの方が何万倍も魅力的で快活な性格をしているからだ。


「あのぼんやり王女にそんなことできるわけないか……」


 おそらくは彼女の周囲に優秀なバックアップが存在するのだろう。いまいましいことに。

 彼女はただ高貴な身の上に生まれついたというだけで、何もかも持っているのだ。


「でもまあ、私の人たらしの能力にかかれば、あんな女目じゃないけどね」


 実際、学園にいたときと同じように、宰相のシリウスの掌握はすぐにできた。


 あまり知られていないことだが、シリウスの父、前ルガーノ伯は過激な共和制支持者で、シリウスが少年のころに政治犯として亡命したまま、今でも本国に戻れないでいる。

 少年から父親を奪った王政府に対して、腹に一物抱いていないわけがないのだ。


 その証拠にシリウスは、その場しのぎのような政策を積み重ねている。そのやり方はまるで、レムールとクレスケンティアを別々の国として扱っているかのようで、統合する気がまったくないとしか思えなかった。


 シリウスも本音ではクレスケンティアを憎み、いつでも切り離せるようにしているのではないかと思い、探りを入れてみると、どうやら図星のようだった。


 すでにシリウスはニーナの味方だ。


 抜かりはない。ないはずだった。


 それなのに。


「どうして誰もパーティに来ないの……!?」


 ニーナがレムール宮廷に来てからというもの、週三でパーティを続けている。

 ひとりでもふたりでもいい、貴族の女性を呼べればそれでニーナの勝ちなのだ。


 古い貴族の女性の輪に一度でも入ることができたなら、王党派からの支持を得られたとみなして大々的なキャンペーンを張る予定だったのに、誰も罠にかかってくれない。


 ほんのひとりかふたりでいい。大貴族ばかりが参加する社交界のどこかに、ニーナの入り込む隙間があればそれで充分なのに。


 一向に道が開かれない。


「しょうがない。作戦を変えるしかないか」


 ニーナは父親や他の自由党幹部とも相談をして、グラツィアの殺人審問を先延ばしにすることにした。貴族たちの承認が得られないままやみくもに糾弾しても、逆に殺人容疑の甘いところを突っ込まれてしまうだけだ。


 彼女を有罪とし、断頭台送りにするには、どうしてもクレスケンティア統一に反対の貴族を味方につける必要があった。


 王太子にもそのことを相談すると、彼は輝くような――見た目だけは理想の王子なのだ――笑顔を見せた。


「うん、分かった。君のことを信頼しているよ」

「ありがとうございます。長期戦になるかもしれませんが、父たちもたくさん資金を提供してくれているので」

「方法は君に任せるよ。お金で懐柔するのもいいけれど、ほんの少しでもニーナと話す機会を作れないか、僕も考えてみる。まったく、いまいましいね? 彼らも一度会って話してみればすぐに分かるのに。グラツィアなんかよりも、ニーナの方がずっと魅力的で、王妃に向いている娘だということが」


 当然だとニーナは思ったが、もちろんそんなことは口に出さない。


「そうでしょうか? 普通にしているだけなんですけどね」

「きっと君の人なつこさや、人を垂らし込む力は、天性の才能なんだね」


 ニーナは呆れてしまった。この男は、ニーナが慎重に彼をもてなしてさしあげていることにまるで気づいていないのだ。ニーナが魅力的に見えるとすれば、それは努力して振る舞いを身に着けたからに他ならなかった。でも、そんなことはもちろん教えたりしない。天才のように思われるのはいつだって気分がいいからだった。


 リカルダは残念ながら、あまり考える力を持っていない。いいところは顏と、お世辞が上手なところぐらいだが、これはこれでニーナは気に入っていた。少しでも高圧的にニーナを支配しようとしてくる男なら歯牙にもかけなかったに違いないが、彼が簡単にニーナに懐柔されて、言うことを聞いてくれているうちは、愚鈍なところもなんとか我慢できた。


***


 数日後、殺人審問の延期に関する告知は、あちこちで論争を巻き起こすことになった。


 ニーナは各界の反応に衝撃を受けた。なぜかこの延期に否定的な論調が多いのだ。


「なぜ――? なぜ、王党派の新聞が王太子殿下を批判するの?」


 この国の新聞はすべて王政府の検閲を受けている。中でも王党派の発行紙は御用新聞として機能しており、王族を賛美称揚する内容の記事が多いのだ。

 つまり、王太子の批判が書かれることは絶対にないはずだった。


 翌日、宮殿に苦情を言いにいくと、リカルダは心の底から済まなさそうな顔をした。


「今、事情を確認しているけれど、どうも手違いがあったらしいんだ」

「手違い……?」


 これほど致命的な手違いなどあるものか。

 どう見ても、誰かに妨害されているではないか。


 ニーナよりも狡猾で、影響力のある誰かが、裏から妨害工作を仕掛けてきている。


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