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クレスケンティア第一王女

「今宵の夜会の有様はひどいものですわ。わたくしはこの国の申し分ない貴婦人とたくさんお付き合いをさせていただいておりますけれど、この会場にはどうやらひとりもいらっしゃらないご様子。どうしてか、理由をご説明いただけますこと?」


 詰問する私に、リカルダは少しむっとしたようだった。


「……僕は身分で付き合う相手を選ぶつもりはないよ。宮廷に出入りする人物も、身分ではなく才知で選ばれるべきだ。今日の夜会はそれをようやく実現できたんだよ」

「では、ルモンテ公妃や、他の立派な貴婦人がたがいらっしゃらないのはどうして? あの方たちは高貴な出自であると同時にすばらしい歌手でもありますわ。今宵の宴にお招きすればきっと場を盛り上げてくださったことでしょう」

「それは……」

「いえ、何もおっしゃらなくても承知しておりますわ。お招きしてもすげなく断られたのですわね?」

「……公妃たちは君と同じように、古い貴族の考え方に毒されているからね。折に触れて君にも分かってもらおうと努力したつもりだったけれど、虚しい努力だったみたいだ。本当に厄介だよ、貴族の傲慢というやつは」

「恐れながら、わたくしの知る限り、殿下も貴族制の落とし子であらせられたと思うのですけれど……」


 リカルダの顔色に、人を見下すような、あるいは拗ねた子どものような、不機嫌な色が浮かぶ。


 会話の沈黙を縫って、ニーナが動いた。


「グラツィア様……お久しぶりです」


 私は返事をせず、そちらを見もしなかった。

 リカルダが気色ばむ。


「また無視かい? 子どもじみた嫌がらせはやめるんだ」

「嫌がらせ?」


 私は聞き捨てならなかったので、語気を強めた。


「嫌がらせなどではございません。これは十年前に改定された典範にもはっきりと明記された公式の作法。ニーナさんはわたくしを名前でお呼びになったけれども、わたくしは先王陛下よりこの宮廷に伺候するすべての人から『クレスケンティア第一王女』の称号で呼びならわされる栄誉を賜っております」


 これが、父であるクレスケンティア王が退位させられ、私の称号が厳密には『クレスケンティア公女』となったあとにも、私が『王女』と呼ばれている理由だった。


 私のファーストネームを口にできるのはごく少数の身内だけに許された特権と、はっきり定められているのだ。


 名前、爵位、称号、席順、立ち位置。

 庶民の目には大した違いがないように映るとしても、こうしたほんの少しの差異が宮廷では重要な違いとして受け止められる。


「わたくしを王女と呼ばないのは、レムール宮廷に対する侮辱であり、クレスケンティア王国に対する深刻な敵対行動に他なりません」

「大げさだね。身分をかさにきて相手を屈服させるやり方しか知らない君たちらしい言いぐさだ」


 私は呆れるあまり、束の間言葉を失った。

 リカルダこそがもっとも身分の恩恵を受けている。

 彼の私に対する仕打ちは、身分をかさにきたものでなくて何なのだろう?


「では、殿下の大好きな才知というお言葉でもって言い換えましょう。……明文化されている典範もろくに読めないような方に、才知の輝きがあると本気でお思いですの?」


 リカルダはまた戸惑うような様子を見せた。

 そのすきに私は今度こそニーナの方を向いた。


「ニーナさん、ごきげんよう」

「グラ……王女、殿下」


 ニーナは次に話す言葉に困っているようだった。うかつなことをすればまた責められるということくらいは察したらしい。


「わたくしは、すべての女性に自由に話しかける権利と、着席を許す権利を持っています」


 こんなことは宮廷の行事に参加する以前の常識なので、説明するのも面はゆいのだけれども、相手が分からず屋である以上は仕方がない。


「……ニーナさん。あなたはいつ起立するのですか? わたくしはあなたに着席を許した覚えはありません。立ち上がるのがマナーですわ」


 ニーナは椅子に座ったまま、凍り付いている。まるで被害者のような顔をすることで私を非難する意図なのだろう。


「お立ちなさい!」


 私の一喝は、ホールいっぱいに響き渡った。それでも彼女は動かない。

 リカルダはニーナをかばうように、前に立った。


「時代錯誤だな。僕が君に愛想を尽かした理由がきっと皆さんにもよく分かることだろう」


 なにごとかと、物見高くこのやり取りを見守っている周囲に向かってリカルダが手を広げる。


「いいえ、リカルダ殿下。あなたがたが無作法なのです。宮廷の貴婦人からことごとく招待を断られるくらいに」

「……くだらない嫌がらせだ」

「リカルダ殿下は学園のときもそれをおっしゃっていましたわね。よろしくてよ。ぜひそのご高説を、今回不参加を表明した貴婦人ひとりひとりに説いてさしあげて。『子どもじみた嫌がらせは即刻やめ、王太子である自分に服従せよ』、と」


 古来からレムール宮廷に貴族が集まってきていたのは、そこが貴族の特権を保護するための場所として機能していたからだった。

 レムール王国は先王が力強いリーダーシップをとっていたこともあり、現時点ではほとんど古くからの貴族特権を失っていない。

 そこに代替わりが発生して、王太子が急に貴族制への批判をやりだし、先進的な自由主義を推し進めるようになると、どうなるか?


 現状をよしとする貴族たちにとっては、リカルダが目障りな障害と映るだろう。

 となれば、彼らは特権を保護するために、現王権への不支持を表明する方に動く。


「嫌がらせ、では断じてございません。これが、この国のまつりごとにございます」


 中世の時代には、不支持の表明はそのまま戦争につながった。

 でも、今は現代だ。不参加という形での意思表明は、中世の戦争にも匹敵する。


 すでに戦いが始まっているというのに、直接矛を交えるでもなく、静かに、しかし確実に当事者にだけそれと分かるよう駒が進められるのがこの時代のやり方なのだ。


 それを子どもじみた嫌がらせと見なすのは、大局をまったく見失っている。


 おそらくリカルダやニーナにはまだ戦争の符号が見えていない。

 彼女は私憤を晴らすための手段として貴族たちをかしずかせようとしているが、学園で小さな成功を収めたから、宮廷も同じやり方でどうにかできると過信してしまったのだろう。


 彼女は確かに優秀だけれども、圧倒的に政治への認識が甘すぎた。


「開幕の婚約破棄ではわたくしが後れをとったけれど、第二戦、第三戦のパーティはどちらもあなたがたの負けよ。それも無理はないわ。わたくしはこの国の貴族三千人とすぐに連絡がつくのだもの」


 貴族にとってみれば大事なのは自らの特権なので、それが守られるのならば国のトップが王太子でなくとも構わない。他に担ぎやすい神輿が存在するのならば、そちらで一向に構わないのだ。


「今回のボイコットは、レムールの全貴族からの警告とお考えくださいまし」


 私の発言に、ふたりが何も言い返す様子がないので、その場を辞そうとした矢先。


 突然、ニーナがくすくすと笑い声を立て始めた。


「うふふ。あは、あははははは。あーっ、おっかしい!」

「……ニーナ?」


 彼女の豹変に、リカルダが戸惑っている。

 でも、ニーナはリカルダのほうを見ていなかった。


 まっすぐ私のほうを見つめて、蓮っ葉に言う。


「私の予想では、さすがにひとりくらいは顏を出すと思っていたんだけど。さすがは『放蕩ダニア女』ね。名君を骨抜きにした毒婦の面目躍如といったところ?」

「無礼な……! わたくしはともかく、先王陛下への侮辱は許さなくてよ」

「何が侮辱よ。お互いさまじゃないの。私をよってたかって無視してやがったくせに。やり口が陰険でいけすかないと思ってたけど、まさか本物のお貴族様たちも同じような手でくるとはね。ばっかみたい」


 ニーナは早口でまくしたてながらも、テーブルにあった盃をつかんだ。


「私に勝ってさぞやいいご気分でしょうけど、これでゲームが終わりだと思ってはいませんよね?」

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