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モノクロの世界  作者: 相葉 綴
プロローグ
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プロローグ

 その場は騒然としていた。


 一帯はあっという間に封鎖され、KEEP OUTと書かれた黄色い規制線の周囲には、若い警官が等間隔で直立している。彼らはその表情に正義感と使命感を宿しながら、一般市民を立ち入らせないように体を張る作業に苦心していた。11月の寒気によって冷えた両手を揉む暇もない彼らの指先は、すでに色を失くしている。


 抑圧と指示を内包した怒声が飛び交い、追従して重苦しい靴音が往来する。規制線の内側は、緊張感に満ちていた。それは主に、恐れと憤りによるものだった。

 ある者は連続で発生する怪事件に恐怖する。いずれ自らにも魔の手が。制服に身を包んだ警官たちは、うっすらとそんな表情を滲ませていた。

 一方、スーツを着た刑事たちの表情には、はっきりと怒りが現れていた。この街の安全を守る自らの責務を思い、被害者とその親族の無念を思い、罪を犯し続ける犯人に激怒する。

 そんな警官や刑事を見つめるのは、どれもが好奇の視線だった。鳴り止まないスマートフォンのシャッター音。人々は首を伸ばしては記憶に収め、腕を伸ばしては記録に収めていった。

 誰も彼もが高揚した表情を浮かべ、規制線の内側とは異なる緊張感に包まれていた。


「被害者は」


 大勢の警察関係者が行き交う中。鉄の仮面でも被っているかのように表情を消した男が、脇に付き添う別の男に問いかけた。その声は冷たく、人間が本来持つ情のような温かみを一切感じることができなかった。

 彼は行き来する警官たちの間を縫うことはせず、その足取りは揺るがない。逆に、周囲の警官たちが彼の行く道を塞がぬように避けていく。そして、誰もが彼に敬礼し、その眼差しに尊敬の念を込めていた。


「佐伯亮。二十三歳、男性。三年前から行方不明で、家族から捜索願いが出ています」


 付き添いの男が答えた。真冬だというのに、額には汗が浮き、ハンカチで忙しなく拭っている。

 ブルーシートで覆われた現場を前にし、彼は白い手袋をはめた。そして、控えていた警官の手によってシートがたくし上げられ、彼と付き添いの男はシートの内側へ足を踏み入れる。


「……酷いな」


 口ではそう言いながらも、彼は表情を変えることなく合掌する。毎度、命を失くした被害者に立ち会ったときは必ずそうすることにしていた。

 そして、静かに黙祷を捧げること、30秒。目を開けた彼は、鷹のように鋭い眼差しで、被害者の状態を冷静に分析していく。

 被害者である佐伯は、すでに原型を留めていなかった。四肢は捻じれ、顔面は陥没し、腹は裂け、肋骨が胸部を突き破っていた。

 そんな状態の死体の主が佐伯だとわかった理由は、所持品の中に免許証があったからだった。2年前に有効期限が切れたそれには、内気そうな少年が写っていた。若干の陰りが見て取れるその表情からは、被害者が少なくないストレスを溜め込んでいたことが伺える。


「三人目、か……」


 呟きながら、ブルーシートの覆いから外へ出た。

 同様の事件が11月に入って3件、今までに26件も発生している。つまり、29人もの被害者がこうして無残な最後を遂げていることになる。警察も全力で捜査しているが、まだめぼしい成果はあがっていない。なにしろ、被害者同士に関係性が一切ないのだ。共通点はたったのふたつ。全員が捜索願を出されている行方不明者だということ。そして、徹底的に破壊された状態で空から降ってくるということ。しかし、そのどちらも手がかりとして追うには難しい。今をもって行方不明扱いということは、警察が何年も探し続けても見つからなかったということだ。そんな人物の足取りを一朝一夕で足取りが掴めるはずがない。まして、空から降ってくるだなんて、荒唐無稽に過ぎる。手がかりとしていいのかさえ疑わしい。

 そんなわけで、この事件は暗礁に乗り上げていた。警察としてできることはしているものの、進展が見られない。現場の刑事たちの苦々しい表情はそのためだ。

 しかし、そんな状態も今日で終わりかもしれない。


「今回は目撃者がいるそうだな」

「あ、はい」


 付き添いの男が、慌ててノートをぱらぱらとめくり始める。

 今までの事件では、目撃者が一切いなかった。それがもうひとつの共通点であり、捜査を妨げている最大の要因だった。目撃者がいないことで、被害者の周囲を洗うしかない。しかし、被害者は行方不明者で、数年間の足取りが不明。捜査が行き詰まるわけだ。


「市内の高校に通う男女です」


 ようやく目的のページに行き当たったのか、付き添いの男が先導しながら情報を伝えていく。


「被害者が空から降ってきたとき、付近の建物の屋上で、怪しい人影を見たと証言しているそうです」

「話を聞こう」


 こちらです、と手で指し示す男に従いながら、彼は思う。

 この事件、なにがなんでも解決しなければならない。

 近頃、行方不明になる者が増えてきている。警察に提出される捜索願の数が、それを物語っていた。そして、この事件の被害者が全員行方不明者であったことから、行方不明になっていく者たちが、なんらかの事件に巻き込まれている可能性も否定できない。公にされている情報で、彼らに共通点はなかった。大半が高校生か大学生ではあったが、通っている学校も違えば、家族構成にも共通点はない。

 しかし、身辺の聞き込みを行ううちに、一点だけ共通点が見付かった。

 個々人の理由は様々だが、その心に傷を抱えていたのだ。なかには、自殺したのではないかと囁かれている者もいた。大人から見れば些細なことかもしれないが、当人たちにとっては大きな負担となったであろうと彼は思う。

 次々と惨殺される行方不明者と、発見されずに増加の一途を辿る行方不明者。その双方を止めねばならない。

 人影を見たという少年の前に立ち、警察手帳を開く。そして、写真を見せながら。


「君が目撃した人物について、話を聞きたい」


 事件発生から初の目撃者となる少年の事情聴取を始めた。

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