一章 解き放たれた三編みグルグル眼鏡 5
「えっ!? あ、えっと、その、良いんじゃないか!? そう、明るい! 明るいぞ!」
「明るいって……」
本当は舞可愛い、超可愛い、マジ天使と言いたかったのだが、女の子の容姿をほめることに慣れていないため、どもったうえに意味不明になった。
「まぁ、いいや。それじゃ、昨日のアレ、しよっか?」
「アレと言うと、恋の件だな?」
おそらく作戦会議をするのだろう。既に好きな人がいるのか、それともこれから探すのか、その辺のすり合わせだろうか。
「うん」
舞は頷くと俺の隣に座った。座ったのだが……。
「なぁ、舞」
「ん? なに?」
「そのだな……」
近い。とてつもなく近かった。ベンチは4人ぐらい座れるスペースがあるのだが、舞はほぼピッタリとくっついている。ほのかに舞の甘い香りがする。
俺がもごもごと言えないでいると、舞はさらにくっついてきた。隙間がなくなる。えっ、これは夢か?
「今日は一緒に登校できなかったけど、明日からまた、一緒に行こ?」
どこか甘えるような声色で、脳がピリピリしてきた。
「ああ! もちろんだ! ところで、今日はどうして先に行ったんだ?」
「んー。そうだなぁ。意識を変えるため、かな?」
「意識……?」
意識について訊こうとしたら、舞の顔が少しずつ近づいてきた。
「ちょっ!? 舞!?」
「なに?」
「顔が……近くないか?」
「んー、歩の顔、近くで見たことないなーって思って」
「普通だよ! ごく一般的な顔だよ! イケメンじゃないけどね!」
「わたし、世間で言うイケメンっていうのが、よく分からない」
「イケメンって言ったら、ほら、イケメンアイドルとか、良くテレビに出てるだろ?」
「いるけど、見ても何が良いのか、全然分からない。だって、わたしがイケメンって思うのは……」
「思うのは?」
「1人だけで……」
「だけで?」
「……ばか」
「うぇ!?」
舞はうつ向いて、両手の人差し指をくっつけてモジモジしている。思わず抱きしめたくなる可愛さであったが、グッと自分を抑える。
イケメンの話題は芳しくなさそうなので、先ほどトイレで頼まれた事を話すことにした。
「そうだ! クラスの男子が、俺に舞を紹介してくれって言ってきてさ……」
「やだ。断っといて」
「俺としては? 自分で話しかけるべきだとってうええええ!?」
「どうしたの?」
「即答だなぁ、と思って」
舞の恋計画的には出会いを増やすという意味で良い機会ではあったのだが、断ってくれて、どこかホッとしている自分がいた。
でも、このチャンスを逃すことは舞にとってマイナスなのでは、という疑問が湧き出たが、自分の都合を優先して、その疑問は気づかなかったことにした。
「ねぇ、歩」
「なんだ?」
「恋って、したことある?」
舞から、初めて訊かれた。
「恋……」
思い返してみる。
何も浮かばなかった。
「ないかも……」
「疑問系だし、その気持ちを持ったことないのかもしれないね。それか……ううん。それは、今は……」
「?」
「でも、そっか。初恋、まだなんだね。納得した。わざとじゃないんだね。……それと、わたしの目標も見えてきた」
「目標?」
「うん。でも、それは、まだ、言いたくない」
「分かった。言える時が来たらでいいから、いつか教えてくれ」
「うん。ありがとう。あ、それとね」
舞はベンチをひらりと飛び、俺の前に立ち。
「わたしは、歩が」
俺の両耳を塞いで。
「 」
何かを言った。しかし、何も聞き取れなかった。
「さ、帰ろ?」
両耳から柔らかな感触が離れ、音が帰ってくる。笑顔を浮かべた舞は魅力的で、心が浮き立ち、俺はぎこちなく立ち上がった。