一章 解き放たれた三編みグルグル眼鏡 4
放課後。いつもならさっさと舞と帰るだけなのだが、今朝別々に登校したので下校も別々になるのではないかという恐怖と、トイレでの一件を舞に話さなければならないという二重の重みに耐えられず俺は1人で教室から逃げ出した。
我ながらチキンだと思う。舞に一緒に帰るか帰らないかすら訊けないとは。断られるのが、とにかく怖い。
3階にある庭園のベンチに腰を降ろす。屋上は閉鎖されているけれど、空が見えて、かつ外の空気を吸えるこの庭は素晴らしい。
周りを見渡して誰もいないことを確認してからベンチに横になり、仰向けになる。青空を眺める。雲の流れを追う。そよ風が頬を撫でた。自分とベンチの境界が曖昧になり、まるで置物にでもなったかのように錯覚する。ああ、あと1時間くらいはここで寝てしまおうか。
「歩、やっぱりここにいた。もう、先に行かないでよ」
「うおおおわあぁあいぃぃ!?」
空を眺めていたら舞が突然、視界に入った。頬を少し膨らませてむくれている。
「よ、よくここが分かったな、舞?」
「親友ですから」
澄ました顔でふふふー、と上機嫌に笑った。今までは大きな眼鏡で顔が見えなかっただけで、舞はこんなにも表情豊かだったのか。本当に、親友でも知らないことは、たくさんある……。
それとも、俺が見落としていただけなのだろうか。舞は無表情なことが多いと決めつけて、余計なフィルター越しに見て、見ようとしなかったのではないだろうか。
三編みグルグル眼鏡じゃなくなって、可愛くなってからはじめて舞を見たのではないか。結局、それは……。
「わたし、歩が何に苦悩してるかなんとなくわかる」
「……えっ?」
「例えばだけどさ、明日から歩が、髪の毛や眉毛を全部剃ってくるとしよっか」
「俺に何があったし」
「例えばだよ。そうなったらね、親友のわたしでも、やっぱり引くと思う」
「まぁ、そりゃ」
「でもね、それが歩の意思なら、わたしはすぐにそれを受け入れるよ。だって、見た目は大きく変わっても、歩は歩だから」
「あ……」
ストンと、憑き物が落ちた。そっか、いいのか。
「って、それ例えのベクトルが逆だよ。舞がプラスで、俺がマイナスじゃないか」
「……歩は、わたしの変化をプラスにとってくれたのね……」
「えっ、あ、ああ。当たり前じゃないか!」
「だったら、ちゃんと言葉にしてほしい。わたし、これでも朝からソワソワしてたんだけど?」
「だ、だけど、いきなり、その、言葉にしたら、今までの舞を否定しているみたいで……」
「歩、妙なところで拘るね。前のわたしも、今のわたしも、どちらもわたし。かわいいって言ってもらいたくて、密かに努力して、その成果を今日出しただけだよ。だから、歩の考えてることは、全くの的外れ。内面を見てくれるのもすっごく、すっごく嬉しいけれど、もっと、もっと、外見のわたしも見て? 内面も、外見も合わせてわたしだから」
泣きそうになった。俺の葛藤を看破し、そして、それをいとも簡単に打ち砕いた。彼女には、いつも頭が下がる。
「ねぇ、歩?」
彼女は舞うようにその場で一回転して。
「今日のわたしは、どう?」
にこりと。天使のような。
微笑み。