一章 解き放たれた三編みグルグル眼鏡 1
恋に本気になる宣言から一夜明けて、俺はベッドでしばらく黄昏た。憂鬱だ。しかし、サポートすると言った初日から欠席するのも幸先が悪いし、起床、身だしなみを整える。
リビングで母さんと朝ごはんを食べていると、不審者を見る目でこちらを伺っていた。なんと失礼な母親だろうか。
「あんた、いっつもひどい顔してるけど、今日は一段とひっどいわねぇ」
「……母よ、もう少し息子をいたわってもバチは当たらんと思うのだが」
「んで? 何があったのよ?」
「そうだなぁ……。エゴと、友情に揺れている男心的な?」
「あっそう。くだらないことに悩んでる暇があるならさっさと学校行きなさいよ」
「ひでぇ」
適当な母だ。でもまぁ、まだ具体的な相談もできない段階なのでこれぐらいが丁度良いのかもしれない。悩む前に進むしかあるまい。
朝食を終えて歯磨きをしている時、ポケットに入れていたスマホが震えた。何事かと見てみると、舞から連絡が来ていた。
『今日は先に行ってるね』
歯磨き粉を吹きかけた。一泊遅れてじわじわと、焦りが生まれた。
俺と舞の家は歩いて5分もかからない距離にある。中学の時に仲良くなってからは1日も欠かさず一緒に登校していた。勿論、下校もだ。
それなのに。今日は舞が先に行ってしまった。これはやはり、昨日の恋に本気になる宣言が影響しているのだろうか。恋心の機微に疎い俺では推測しかできない。
重い足を引きずって家を出て、学校に向かう。歩いて20分程の位置に学校がある。自転車通学にしなかったのは、舞と歩きたかったからだ。もし今後、舞とは別々に登校するのが当たり前になるようであれば、自転車を用意した方がいいだろう。
一人で歩く20分は果てしなく長く、学校に着いた時には既に疲労感があった。もうひと踏ん張り、教室へと向かう。
ようやくたどり着き、教室のドアを開く。舞はもう登校して本でも読んでいるだろうかと、窓側一番後ろの席に目を向けて。
そこに、一人の天使がいた。
長く美しい栗色の髪は腰辺りまで流れるように伸びていて、一本一本の髪が日の光を浴びて輝いている。つり目気味の両目は強い意思と知性を感じさせ、吸い込まれそうになる。顔のパーツ全てが神によって作成されたように整っており、この世の美しいもの全てを一つに凝縮した圧倒的天使。この子はお姫様だ、と言われても疑いもなく信じるだろう。
俺はドキドキとする心を無理やり落ち着かせ、天使の隣の席を目指す。そこが、俺の席であり、その隣の席の主が親友なのだから、どんな容姿をしていても、うろたえてはいけない。だって、俺は舞の親友なのだから。
自分の席に近づくと、舞は読んでいたハードカバーの本から顔を上げて、普段は大きなグルグル眼鏡に隠れていた顔を綻ばせ、煌めくような笑顔を俺に向けた。
「おはよ、歩」