序章 変身前夜
高校生になって2週間。落ち着かなかった新生活にも慣れ、心の余裕も生まれてきた頃。隣の席にいる俺の親友、花園舞は休み時間の雑談にこんなことを言った。
「ねぇ、歩。高校生活において重要なことってなんだと思う?」
花園舞。中学生の頃からの親友だ。
彼女は栗色の髪を三編みにまとめ、そして野暮ったいグルグル眼鏡をかけている。セーラー服も学校のホームページに掲載されてもおかしくないほどにキチッとしており、スカートは階段でもアレが見えることがないくらいには長い。
これが他の男子達からすこぶる評判が悪く、陰で地味子とか、昭和女子とか呼ばれているが、俺にはそれが許せない。舞の素晴らしい所は内面だというのに、どいつもこいつも外面ばかり気にしている。彼女の美しさ、気高さ、可愛らしさに気づかないなど節穴もいいところだ。
俺は予習のために開いていた数学の教科書を閉じ、舞に身体を向けた。
「そうだなぁ。青春、とか?」
「青春……。広義的ね」
「確かに。しかも人によって全然違う。部活、勉強、恋、遊び、親友とバカ騒ぎすること……全て青春だ」
「うん。でもその親友、バカ騒ぎするキャラじゃないわ。なに? もしかして歩、わたしとバカ騒ぎしたいの? わたし、陰キャだけど大丈夫かしら?」
「あ、いや……言葉の綾っつうか……。と、とにかく! 俺は舞とゲームするのも青春なんだ! ということで今日とかどうよ?」
「ええ。いつも通り夕飯後に連絡を入れるわ」
「ほーい。んじゃ今日の宿題は休み時間に終わらせますかね」
「ええ。でも、バカ騒ぎはできないわ」
「わかっとるわい」
中学の頃から変わらない舞との絆。俺は、それに満足していた。これからの高校生活も、変わらないで欲しいと、本気で願った。
夜。夕飯を終え、自室でゲーム機を起動。舞とする予定のゲームは狩りゲーとMMOを足して2で割ったようなものだ。最大4人でパーティーを組めるゲームだが、不利であることを承知で俺と舞の2人パーティーでクリアしている。
装備やアイテムの確認をしていると舞からトークアプリで無料通話がかかってきた。スピーカーをオンにする。
「やっほー舞」
「やっほーあゆむぅぅ」
学校とは違い、電話で話す時の舞は少しだけテンションが高い。自室でリラックスしているからだろう。
「さあさ、舞さんや。何かやりたいクエストはあるかね」
「歩さんや。わたし、最近実装された防具の素材が欲しいですわ。可愛いのよねー、アレ」
「おけ、んじゃちゃちゃちゃっと行くか」
そしてクエストを受注、狩りに出かける。
それからは他愛のない話で盛り上がったり、連携をとったりして楽しい時間を過ごす。
そして、クエストが終了し、ちょっと休憩をしている時、舞がなんでもないように、言葉を漏らした。
「ねぇ歩」
「ん?」
「わたし、恋に本気になろうかな」
「まじか、親友よ」
俺は危うくコントローラを落としかけた。舞にそんな兆候はなかった。誰か男子を気にかける仕草もなかった。一番舞を見ている俺が言うのだから間違いない。
今日の休み時間に言っていた、青春とはなんぞやとは、まさかこれの伏線だったのか。相手は誰なのか。一度に何個も疑問符が浮かぶ。
しかし、親友が俺に打ち明けたのだ。それを手助けしないで何が親友か。俺の心の動きなど、どうでも良い!
「そうか! ならば、俺は全面的にサポートするぞ。親友に任せろ!」
「鈍感乙。でも、ま……言質、とったからね。明日から、本気になるから、覚悟しといてね……?」
「……ん?」
「それじゃ、明日の準備もあるし、わたしはもう寝るね。それじゃおやすみ、歩」
「あ、ああ。おやすみ、舞」
そして通話が終了した。しばらく、放心していた。
恋……恋かぁ。その相手と上手くいってしまったら、今は親友だけど、疎遠になってしまうのだろうか。恋人がいるのに、男と親友なぞ彼氏としては気が気でないだろうし。
明日からは舞の恋を全力で応援するが、出来ることなら、上手くいかないで、と、思ってしまった自分が、醜かった。