2
三階の女子トイレの前に僕らはいた。中に入るのを拒んだ僕らだったけど、沢渡先輩に冷たく女の子一人で行かせる気?などと言われてしまったら入らないわけにはいかない。当然ながら、電気は消えていて沢渡先輩がスイッチを押すと点滅したのち明かりがついた。明かりが付くと懐中電灯を消す。女子トイレは、ピンク色のタイルで統一されており手洗い場と鏡が並んでいる。男子トイレと違うところといえばピンクのタイルくらいか。
三番目の個室は不自然に閉まっており、沢渡先輩は躊躇せずに軽快にノックした。心の準備とかないのか。この人。
「はぁなこさん。遊びましょ」
沢渡先輩が言い終わると不気味な音を立てて閉まっていた扉が開いた。そして、中から小学生くらいのおかっぱの少女が出てきた。
「沢渡。久しぶり。なかなか会いに来ないから成仏したかと思ったよ」
「新聞部の方が忙しかったのよー。ほら、お土産持ってきた」
僕の持っていた袋を引ったくり花子さんに見せた。花子さんは袋をガサガサとあさりロリポップキャンディーを取り出した。
「……しょっぱいものが食べたかった」
「後輩が気が利かなくてごめんねー」
そうは言いますが、沢渡先輩。あなた、ここに来る前に腹ごしらえと言って、ポテトチップスとあんパンを食べていたじゃないですか。しかも、しょっぱいもののあとには、甘いものよねーと言ってチョコレートも半分食べていたじゃないですか。
「それよりなにしに来たの?」
「この学校の七不思議を記事にしようと思って。まずは定番の花子ちゃんから取材しに来たのよ」
「ひとつ質問いいですか?なんで中学校に小学生の花子さんがいるんですか?」
「なかなか鋭いことに気がつくじゃない」
口にしていたロリポップキャンディーをマイク代わりに語った。花子さんの話によると、花子さんは学校のトイレを自由に行き来でき、怪談全盛期はそりゃあもう忙しかったらしい。今は、少しずつ風化して来てなかなか遊んでくれる人がいなくて寂しかったらしい。
「あの頃は忙しくて一緒に遊べなかったわよね」
あの頃ってそんなに古くからの友達なのかよ。
「遊ぶってなにしてたんですか?」
「あやとりとお手玉」
今、それやっている人あまり見かけませんけど?!いつの時代の人なんだ。沢渡先輩は。
「花子さんは何歳なんですか?」
さすが蔵持。いいこと聞くな。
「蔵持くん。女の子に歳なんて聞いちゃだめよ」
「あ、はい。すみません」
沢渡先輩にたしなめられて蔵持はしゅんとしている。
僕は、ポケットから生徒手帳を取り出しメモのところに記入していく。
“三階の三番目の女子トイレに花子さんは実在した。花子さんは、意外にも現代のお菓子を好むようだ。全国のトイレを行き来できる模様”記入し終えるとまたポケットにしまう。
「じゃあね。花子ちゃん。また遊びに来るわ」
「あぁ。今度来るときは、ポテトチップス持ってきてね」
「わかった?棗くん」
沢渡先輩は、当たり前かのように言った。買ってきたってあなたが食べちゃうでしょう。と思ったけど、黙っておくことにした。無駄に叩かれたくない。
「さて、次は体育館ね。行きましょうか」
ふたつめの七不思議。体育館には夜な夜な足のない幽霊が出てバスケットをしている。
そもそも、幽霊って足がないものって思っていたけどどうやら違うらしい。花子さんだって足あったしな。足がないなら、ボール持ったまま三歩歩いても反則にならないのかと考えているうちに体育館に着いた。
ドアに手を掛けたとき、中からボールの弾む音が聞こえてきた。もちろん部活で残っている生徒ではないだろう。仮に、バスケット部が残って練習をしているのだとするならば、暗闇の中するはずがない。よって、これは幽霊がバスケットをしている音なのだとわかる。僕が躊躇っているのも構わずに相変わらず沢渡先輩が、ドアを開けた。怖いもの知らずか。この人。
僕らが入ってきたことに気が付いたのか、バスケットをする幽霊は手を止めた。バスケットゴールにシュートされたボールは弾んだのち転がった。
腰から下半身がないバスケット部のユニフォームを着た少年が近づいてきた。沢渡先輩と楽しそうに談笑している。
僕と蔵持が体育館の入口で立っていると僕らの存在に気が付いた足のないバスケット部の幽霊は近づいてきた。
花子さんは、どことなく古の雰囲気を感じたがこの幽霊はどこか現代風だ。ただ、違うのは、入学したての頃、新入生歓迎会の時に部活紹介で見たユニフォームの色は赤だった気がする。この幽霊が着ている色は真っ白だ。
「人数もいることだし、せっかくだから試合をやらない?いつもシュートばかりでつまらないでしょ?」
沢渡先輩が手を叩き、とんでもない提案をしてきた。3ON3ならぬ2ON2。自慢じゃないが僕は、体育で突き指をしてからというもののバレーやバスケットといったボールを使う球技が大の苦手だ。ボールは友達にならなかった。そもそも、友達なら蹴るなという話だ。というわけで僕らは、幽霊を交えてバスケットをすることとなった。
チームは、沢渡先輩と幽霊。僕と蔵持。
結果は、僕らの惨敗だった。普段の体育の授業でも教師にバレずにいかに上手くサボるかばかり考えている僕にとって幽霊とはいえバスケット部員からボールが奪えるはずがないのだ。そして、補足しておくと、上手くサボったとしても案外教師は、気付いているものだ。
息切れした呼吸がおさまった頃、ポケットから生徒手帳を取り出し、先ほどの花子さんの下に記入していく。
“足のないバスケット部の幽霊はいた。バスケットの腕もピカイチ。ぜひ、都大会に出てほしい。そして、全国に連れていってほしい。”
軽く挨拶を交わし、僕らは体育館を後にした。
みっつめの七不思議、化学室にある人体模型が人気のない校内で歩いている。
「次は、化学室にいる人体模型くんだったかしらね」
「でも、たしかその人体模型は校内をうろついているんですよね?」
「……となると、化学室にいるとは限らないな」
「なら下半身がない女の子を探しながら人体模型くんを見つけましょう」
そんなわけで僕らは、ひとつひとつ教室を見て回った。
真っ暗な教室の電気をつけては、いないことを確認しては消していくを繰り返していく。どうやら、一年の教室にはいないようだった。自分のクラスに下半身がない女生徒の幽霊がいないことがわかると蔵持は、ほっとしたようでさっきまでのこわばっていた顔がどことなく和らいでいた。二年の教室があるのは、今いるところのひとつ上だ。廊下を歩いて角を曲がったところで硬いなにかとぶつかった。僕はその衝撃で手に持っていた懐中電灯を落としてしまった。
懐中電灯は、壊れることなく明かりはついていて、ぶつかったそれの足元を照らしていた。




