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学校の七不思議。誰がなんの意図で広めたか、事実かは分からないが何十年と続くその学校に伝わる伝統。言い伝え。
僕の通う学校にももちろんある。
ひとつ、三階の三番目の女子トイレには、トイレの花子さんが住んでいる。
ひとつ、体育館には夜な夜な足のない幽霊が出てバスケットをしている。
ひとつ、化学室にある人体模型が人気のない校内で歩いている。
ひとつ、とある教室の一番後ろの席で下半身がない女生徒が座っている。
ひとつ、二階の踊り場にある姿見に深夜一人で映ると異世界に連れていかれる。
ひとつ、音楽室で深夜、ピアノが鳴り響くのを聞いた。その音を聞くと呪われる。
そして、最後のひとつを知ったものは、誰一人いない――――。
実は、僕自信も七つ目を知らない。知っている人を見たことがない。それなら知りたくなる。ジャーナリストの血が騒ぐわけですよ。といっても、僕の職業はジャーナリストじゃない。
僕の名前は、棗 優輝。この神保中学校に通う中学二年生だ。数人の幽霊部員を抱える新聞部の副部長をやっている。意欲的に活動しているのは、部長の沢渡 要先輩と後輩の蔵持 進くらいで、残りはほとんど顔を見せない。うちの学校は、部活動が義務付けられているから名前だけ在籍しているといった感じだ。
なんでこんな話になったのかというと下校時刻も迫った新聞部の部室で沢渡先輩がこんなことを言い出したからだった。
「あなたたち、この学校の七不思議知っている?」
嬉しそうに、口にする沢渡先輩の顔は暗くてうかがえないけど絶対なにか企んでいる口調だ。うかがえないが、約一年この人の後輩をやっている僕はいい予感がしない。この部に入部したのが運のつき。毎回、新聞部のネタは沢渡先輩が持ってくる。というか、沢渡先輩が興味あることしかやらない。一応、年間行事は新聞部も写真撮影を任されているから記事にするけど、写真をピックアップするだけであとは僕と蔵持に任せて沢渡先輩はどこかに行ってしまう。
「学校の七不思議って三階の三番目の女子トイレには、花子さんが住んでいるってやつですか?」
「そう。その花子ちゃんに会ったことある?」
「あるわけないじゃないですか!」
僕も蔵持も男だ。女子トイレに入ったことなんてない。それになんだ。花子ちゃんって親しげだな。友達かよ。
沢渡先輩は、蔵持の顔を見たが、当の蔵持は首を振っている。
「……なんだ。会ったことないのね。つまらない」
そんな意図は含まれてはいないのだろうが、僕自信つまらない人だと言われたように感じ心にグサリとくる。蔵持もそう感じたようでうな垂れているようだ。
うな垂れているところに、この話はこれでおしまいとでもいうかのように下校を知らせるチャイムが鳴り響いた。
「あら、残念」
「なにが残念なんですか?」
「花子ちゃんに会いにみんなで行こうかと思っていたの」
「はぁ?なに言ってるんですか?第一、噂ですし花子さんは女子トイレにいるんですよ。男の僕たちが入れるわけないじゃないですか」
無言で蔵持がしきりに頷いている。
「きょ、今日はとにかく帰りましょう。その花子さんに会いに行くなら手土産も必要でしょうし」
「いいことに気が付くじゃない。蔵持くん。花子ちゃんはお菓子が好きなのよ。買って帰りましょう」
いそいそと帰り支度をして、沢渡先輩は先に部室から出ていった。僕と蔵持は、なにも言わず顔を見合わせると苦笑いをして先に出た沢渡先輩の後を追いかけた。
花子さんがお菓子好きだという沢渡先輩の情報をもとに僕たち三人はコンビニで、あんパンにポテトチップス、チョコレート、ロリポップキャンディー、アイスをカゴに入れていき、それを僕に渡した。レジで会計をしている僕たちを置いて先に出ていく。
会計を済ませて出てきた僕の持つコンビニ袋からアイスを取り出すと開けて口に付けた。当たり付きのソーダ味のアイスを食べている沢渡先輩は、僕の視線に気が付くと食べかけのアイスを僕の方に差し出してきた。
「た、食べませんよ。それ、花子さんに買ったんじゃないですか?」
「アイスは溶けちゃうから持っていくわけないじゃない。ねぇ。この男は、夏の暑さでおかしくなったのかしらね。そう思わない?蔵持くん」
同意を求められた蔵持は苦笑いをしている。なんで否定をしないんだ。
「これは新聞のネタ提供の謝礼。あ」
新聞のネタ提供が数十円で買えるアイスひとつってどんだけ安上がりなんだ。この先輩は。
「当たった」
アイスの当たり棒を僕の胸ポケットに入れて帰っていった。横断歩道を渡った沢渡先輩がなにか言っている。僕の持っているコンビニ袋を指差して、
「それ食べないでちゃんと明日、持ってくるのよ」
僕は、去年からずっとこの先輩に振り回されている。それはこの先輩が卒業するまで続くのだろう。この学校は中間一貫校だからこのままいくとまた沢渡先輩のいいなりになってしまうことを考えただけでこの夏の暑さのせいではなくめまいで倒れてしまいそうになるのをなんとかこらえた。
「帰るか」
「そうですね」
家に帰って制服から部屋着に着替えるとなにか落ちてきた。さっき、沢渡先輩が入れたアイスの当たり棒だった。交換せずにもって帰ってきたままだった。無意識に沢渡先輩が舐めていたアイスの棒を見つめてしまう。思わず唾が嚥下する音が僕の中に響いたような気がする。さっきこのアイスを食べている沢渡先輩が脳裏によみがえる。そんなとき、母さんが呼ぶ声がする。夕飯ができたようだ。匂いから察するに今日はカレーだろう。僕の名誉のために言っておくが、アイス棒は舐めなかった。夕飯前だからじゃない。夕飯が終わっても決して舐めたりしない。
夕飯は、カレーではなくブリの塩焼きだった。もう口の中は、カレーを味わう気満々だったのになんということだ。どうやら母さんは、明日久しぶりに友達に会うらしくそのために用意したものだったらしい。帰りが遅いってことだから僕が遅く帰っても多少はばれないということだ。父さんもいつも仕事で帰りが遅い。やはり、沢渡先輩のお遊びに付き合うしかないようだ。
夕飯を食べ終え、僕はさっさと風呂に入って明日の用意を済ませて眠りに付くことにした。
僕は、この放課後までの穏やかなひとときを大切にしている。なぜならば、いつも厄介事を持ち込んでくる沢渡先輩が絶対に来ないからだ。僕は、先輩のクラスを知らないし、先輩も僕のクラスを知らないと思う。そんな束の間の幸せな時間も終わり放課後になった僕は、部室に向かった。もちろん手には昨日買ったコンビニ袋を提げて。そういえば、お菓子代貰ってないよな。あとで、言ってももらえるか怪しい。部費で賄えないだろうか。そう思ったのだけど、領収証をもらい忘れたことに気が付いた。
沢渡先輩の話によると花子さんは、とても恥ずかしがり屋だからたくさん生徒が残っていると出てきてくれないそうだ。だから、僕らは、下校時間が過ぎるまで他の七不思議について教えてもらった。
「まず、ひとつめ。三階の三番目の女子トイレには、トイレの花子さんが住んでいる。ふたつめ。体育館には夜な夜な足のない幽霊が出てバスケットをしている。みっつめ。化学室にある人体模型が人気のない校内で歩いている。よっつめ。とある教室の一番後ろの席で下半身がない女生徒が座っている。いつつめ。。二階の踊り場にある姿見に深夜一人で映ると異世界に連れていかれる。むっつめ。音楽室で深夜、ピアノが鳴り響くのを聞いた。その音を聞くと呪われる。これが、うちの学校に伝わる七不思議よ。昨日いった通りこれを調べるわ」
指についたうすしおを舐めている。花子さんに渡す手土産のポテトチップスを食っていた。
「さて、そろそろ時間ね」
外はすっかり陽も落ちて窓からは月明かりや街灯が光っていた。沢渡先輩があらかじめ用意していたかのように懐中電灯を僕に持たせた。
「花子ちゃんに会いに行きましょう」




