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新入生はファンですか?

 別れが有れば出会いもある新学期。

 殿下は本格的に国王の仕事のサポートと引き続きのようなことを始め、お兄様は宰相閣下の補佐官を始めたらしい。

 マイガーさんは私の店である『アリアド』の人気従業員に戻った。

 私は三人が居なくなった学園の寂しさなんてものは、早々に蹴っ飛ばして市場調査がてらいつもの食堂で、仲良くなった庶民棟のルナールさんとグリンティアさんと話をし始めると、新入生の子達に不思議そうに見られた。

 はっきり言って、庶民棟だけでなく貴族棟の新入生も何が起きているのか解らないと言った顔である。

 それに、最近では私の元婚約者様と婚約しているバナッシュさんもお昼を共にしている。

 それは、側から見れば異様な光景に見えるだろう。


「バナッシュさん、コレ食べて見ません?」


 クッキーをバナッシュさんに差し出すと、彼女は私とクッキーを交互に見てから嫌そうな顔をした。


「コレ、何味?」

「……ヘルシーキャロットクッキーですわ」

「私がニンジン嫌いなの知ってるよね?」


 バナッシュさんは満面の笑顔なのに怒気が伝わってくる。


「ヘルシーで、さらにラモール様が丹精込めて作ったニンジンで作ったクッキーですわ」


 バナッシュさんは嫌そうにクッキーを摘むと、それを口に入れしばらく咀嚼した。


「ユリアスさんは卑怯だと思う。ラモール様が作ったなんて言われたら私に拒否権なんて無いじゃない!」


 そう言いながら、二枚目のクッキーを口に運ぶバナッシュさんに笑顔を向けた。


「お味はいかがですか?」

「悔しいけど美味しい」


 私はそれを聞いてから、ルナールさんとグリンティアさんにもクッキーを勧めた。


「ヘルシーな上に、ニンジン嫌いなお子様でも食べられる美味しいクッキー! 売れますわ」


 私が上機嫌で言えば、バナッシュさんが口を膨らませた。


「それ、私がお子様ってこと!」


 バナッシュさんの可愛い反応に思わず微笑んでしまった。


「絶対私のこと馬鹿にしてる」

「してませんわ! バナッシュさんは私の大事なお友達ですから」


 バナッシュさんはキョトンとした顔の後、顔を赤らめながら口を尖らせた。


「ならいいけど」


 そんなバナッシュさんを見て、ルナールさんとグリンティアさんが微笑んでいた。


「勿論、お二人も私の大事なお友達ですわ」


 私達を傍観しているだけだった二人にそう言えば、二人も顔を赤らめて「はい」と返事をくれた。


「あの〜」


 そんな時、誰かの話しかけてくる声が聞こえ見ると、そこには赤茶色のショートボブヘアーで、瞳の色も赤茶色でパッチリ二重の可愛らしい女性が立っていた。


「あぁ〜やっぱり! ユリアス・ノッガー伯爵令嬢先輩ですよね!」


 彼女は私に近づき私の手を掴むと上目遣いに私を見上げてニッコリと笑顔を作った。


「あの〜私」

「確か、アイーノ伯爵家の御令嬢でしたわね」


 アイーノ伯爵家は、不動産事業で頭角を現し最近伯爵位を手に入れた家柄で、昔ながらの貴族の間では成り上がりと嫌悪する人も居るみたいだが、私からすれば仲良くなっておいて損の無い家だったため事前にチェックしていた。


「わ〜! 私のこと知ってくださってたんですか〜。嬉しい」


 彼女は私の手を掴んだままピョンピョンとその場で跳ねた。

 何とも可愛らしい。


「私、ノッガー先輩とずっと仲良くなりたくて! 憧れてます!」


 独特なテンションの高さに、少し苦手なタイプだなぁと思ってしまった。

 私は苦笑いを浮かべた。


「ユリアスさんのそんな顔初めてみた」


 バナッシュさんが楽しそうにクスクス笑っている。

 いや、笑ってないで助けてほしい。


「ところで、ノッガー先輩はどうしてこんなところにいるんですか?」

「えっ?」


 彼女は人差し指を口元に持ってくると小首を傾げた。


「だって、その人ってノッガー先輩から男をとった人ですよね?」


 あからさまな物言いに、思わず言葉が出てこなかった。


「それに……庶民棟の人達とも仲良くしているなんて、次期王太子妃になられるのに慈悲深いんですね!」


 彼女の無邪気な言葉の数々が、私の友人達の心を抉っている。


「貴女は勘違いなさっているようですわ」


 不思議そうな顔の彼女に私は笑顔を向けた。


「王太子妃になろうがならなかろうが友人だと思う人と楽しくお喋りをすることが、私の癒しなのです。身分や些細ないざこざで友人が減ってしまうなんて勿体ないことではありませんか?」


 私が同意を求めるようにバナッシュさんを見れば、バナッシュさんは呆れた顔になっていた。


「婚約破棄が些細ないざこざで済む話じゃないと思うんだけど」

「そうですか? 円満な婚約破棄だったではありませんか?」


 バナッシュさんはゆっくり私から視線を逸らした。


「円満な婚約破棄は慰謝料請求する?」

「変に蟠りのある状態でいるより、慰謝料を払ってスッパリと関係が切れる方が円満解決だと思いますけど?」

「……まあね〜」


 バナッシュさんはフーっと息を吐いた。


「そうだったんですね! あの〜話は変わるんですけど、卒業してしまった王子様ってどんな方なんですか? あ、深い意味はないんですけど、あまり関わり合いになれない人って気になるじゃないですか?」


 彼女が殿下のことを聞いてきた瞬間、バナッシュさんは勢いよく席を立ち上がった。


「私、そろそろ行くね」

「バナッシュさん?」

「やらなきゃいけない原稿あるし……後、ユリアスさん! あんまり自分の婚約者のことペラペラ話さないこと!」


 私が首を傾げると、バナッシュさんは怒気を孕んだ瞳を返した。


「守秘義務があんでしょ! 貴女も王族になるんだから、それぐらい自覚しなさい!」

「は、はい」


 バナッシュさんの迫力に思わず頷けば、バナッシュさんは満足そうにその場を去っていった。

 見れば庶民棟のルナールさんとグリンティアさんも離れていってしまい、私は彼女と二人取り残されてしまった。


「皆さん忙しいのですね!」


 いや、多分彼女に対して苦手だと判断したのだろう。


「ってことで、これでビジネスの話ができますね!」


 彼女はニコニコしながらそう切り出した。

 どうやら私は彼女の本質に気づけていなかったようだ。


「私、ノッガー先輩を尊敬していて今後とも仲良くしていきたいので、特別な取引をしたいって思ってるんです!」


 そう言って彼女は私の前に写真を並べた。


「これは?」


 私が興味を示すと、彼女は説明を始めた。


「私が父に頼んで、ノッガー先輩にお勧めしたい物件なんです! その名も〝ホテル・チャロアイトです」


 彼女は並べた写真の中の一枚を指差した。

 見れば高台にそびえる少し小さめなホテルの写真だった。


「春は一面花畑で夏には海水浴ができ秋には裏山の紅葉を楽しめ冬には雪景色を堪能できる素晴らしいホテルなんですよ」


 私は思わず頬に手を当てて考えた。

 そんな素晴らしいホテルが何故売りに出されているのか?


「このホテルは元々ある侯爵様が所有していたみたいなんですが、あまり経営上手ではなかったみたいで手放されたものなんですよ」

「それを、何故私に?」

「ノッガー先輩と仲良くなりたいからに決まっているじゃないですか! それに、経営さえ上手くいけばこのホテルはお金になるのは明白ですから」


 私と仲良くなりたいためだけに、そんなに好条件のホテルを手放すのか?


「家って不動産を扱う事業は上手くできるのですが、経営に関しては自信がないのです。父も直ぐにでも売ってしまうつもりみたいで、ノッガー先輩と繋がりを持つためにはこれぐらい素晴らしい物件でないと……即決してくださるなら、割引もやぶさかではないんです!」


 彼女は私の前に契約書を出した。

 内容は今直ぐにサインすれば五十%オフになると言うもので、隅から隅まで念入りに契約書を読みおかしなところが無いか確認したが、いたって普通のことしか書かれていなかった。


「私ひとりで決めるには、大きな買い物だと思います。少し時間をもらえないかしら?」


 ホテルなんて大きな買い物を何の調査もせずに買う訳にはいかない。

 そんな私に、彼女は申し訳なさそうに言った。


「申し訳ございません。さっきも言ったように、父は直ぐにでも売ってしまうつもりなので、時間がありません。私がノッガー先輩と仲良くなりたいからって無理を言って持ってきたものですから、今日限りのチャンスなんです。それに元の持ち主である侯爵様も上手くいかなかったホテルだと言うこともありますし、経営手腕が問われる物件ですので無理にとは言えませんよね。すみません」


 そんな風に言われてしまったら、私が経営に自信が無いからこのホテルを買わないのだと言われているみたいで、何だか悔しい気がする。


「もし、何か不都合があり手放したいと言うなら家が買い取らせていただきますので、いかがですか?」


 彼女の駄目押しに、私は面倒な気持ちを抑えきれず小さく息を吐いた。


「解りました。貴女との縁を繋ぐために、私がこのホテルを買います」


 普段だったらこんな挑発にはのらないが条件が凄くいいのは解るし、もし不都合があれば買い取ってくれると言っているのだから、大きな問題のある物件では無いだろう。

 このまま、彼女に絡まれたまま、無意味に時間だけを消費するのは、私にとって得ではないと考えてしまった。

 言い訳させてもらえるなら、だから私は彼女の差し出した書類に何の躊躇いもなくサインしてしまったのだ。


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[一言] なんか不穏だけど下克上を狙った罠じゃないか?
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