蜂蜜は幸せの味
リーレン様と、バネッテ様の作る飴の作り方を教えて欲しいと頼んだのだが断られた。
素朴な味わいで本当に美味しい飴だ。
断られた理由が解った。
どうやら、あのバネッテ様の宝物の蜂達はただの蜂ではないらしい。
魔獣だと言ったら怯えられてしまうと思ったらしい。
攻撃しなければ安全らしい。
安全なら私は全然問題ないと言ったら怒られた。
まあ、殿下に滅茶苦茶心配されてしまったから仕方ない。
養蜂をするのは諦めることになった。
仕方がないので自分が楽しむ分だけ作ってもらえることになった。
それに、バネッテ様の作るお菓子にもこの蜂蜜が使われているのだと聞いて、他で食べるお菓子よりも美味しいはずだと納得した。
そんなある日、凄く珍しいことに元婚約者であるラモール様から会いたいのだと連絡がきた。
勿論、今はビジネスにおいて彼の功績はでかい。
それもあって、ラモール様が今お世話になっているバナッシュ伯爵家に護衛の二人を連れて向かった。
道中、護衛の一人であるバリガが不機嫌そうに呟いた。
「商人達のカモにされていたキュリオン侯爵家の子息が今更何のためにユリアス様を呼びつけるのですか?」
それは私には解らないが、たぶん仕事の話か、またはバナッシュさんのことで相談があるのだろう。
「最近日に日に可愛くなるユリアス様に言いよるためだったりして」
もう一人の護衛のルチャルがそう言えば、その場が静まり返る。
「それはありえないと思いますわ。ラモール様はバナッシュさんが愛しくてたまらないのですから」
はっきり言ってこれだけは自信がある。
バナッシュさんの話から言ってもラモール様がバナッシュさんを嫌いになることはないのだ。
そう、説明しても護衛の二人は疑った顔をしていた。
バナッシュ伯爵家に着いて直ぐにラモール様が腰に手を当てエッヘンポーズで現れた。
「久しぶりだなユリアス。付いてこい」
ラモール様は婚約者だった時と何ら変わらず偉そうにそう言って私に背を向けた。
私の後ろにいたバリガが剣に手をかけたのが解ったが、気づかないフリをしてラモール様を追いかけた。
ラモール様が最初に向かったのは羊型の魔獣の放牧場で、誇らしげに仔羊を私に見せた。
「繁殖に成功したぞ」
それは本当に素晴らしい報告で、驚いた。
「しかもだ、仔羊の中には色の違うやつもいたのだ! 見るか?」
「是非!」
仔羊だけを集めて柵で囲った場所には色とりどりの仔羊がいる。
その仔羊の多さも目を見張るものだ。
しかも、仔羊達もラモール様に懐いている。
可愛がっているのが見ただけで解る。
「この黄金の羊は仲がいい。僕とジュリーみたいだろ!」
兄弟ではないのか? とは聞いてはいけない雰囲気である。
「後、お前の髪色と同じ色の羊は殿下の目の色と同じスカイブルーの羊と仲がいいぞ」
それは結構恥ずかしい気がする。
「色合いがいいからあれでブランケットを作ったら送ってやろう」
「ありがとうございます」
綺麗なブランケットができる予感に笑顔になってしまう。
「お前、そんな顔で笑えたんだな」
どんな顔か解らなくて首を傾げると、ラモール様はニヤッっと口元を釣り上げた。
「まあ、ジュリーの方が百倍可愛いがな!」
やっぱりバナッシュさんの自慢話がしたかっただけのようだ。
「他にも話したいことがあるから茶を出してやろう。付いてこい」
後ろにいる護衛の二人から、ただならぬ雰囲気が出ている。
案内された応接室でラモール様が自らの手でお茶を入れてくれた。
今までであればありえなかったことである。
「ありがとうございます」
偉そうであっても、今までのラモール様なら私とお茶をすることすら嫌がっていたのだ。
お茶に誘うのはいつも私で、誘われたのは今日が初めてである。
元婚約者だが、弟が少しだけ大人になったような気持ちになるのはなんなのだろうか?
私は出されたお茶を口にした。
はっきり言って、本当に美味しかった。
「どうだ、美味いだろ!」
「はい。とっても」
胸を張って自慢げなラモール様。
「茶葉も僕が育てているからな。美味いに決まっている」
本当に人は見かけによらない。
まさか、ラモール様にこんな才能があるなんて婚約破棄されてみるものだ。
「茶葉の買取も検討いたしますわ」
「では、畑を広げてやろう」
ちゃんと仕事の話をできていることに感動する。
それもこれもバナッシュさんのおかげ。
本当にバナッシュさんは素晴らしい。
「蜂蜜もあるぞ。お茶に入れるとさらに美味しくなるぞ」
出された蜂蜜は琥珀色でキラキラと輝いて見えた。
「何だか美しい蜂蜜ですわね」
思わず呟けば、ラモール様は驚いた顔をした。
「解るのか?」
「何か違うのですか?」
私が聞けばラモール様は自慢げに言った。
「特別な蜂からしか取れない蜂蜜だ」
どこかで聞いた話である。
「まさか、魔獣ですか?」
「なぜ解った?」
不満そうなラモール様だったが、私からしたら朗報だ。
「ちょっと縁がありまして。それより、この蜂蜜は量産可能でしょうか?」
駄目元で聞いてみればやはり難しい顔で腕を組んで悩みはじめてしまった。
「量産は難しいと思う。だが、大量でなければ一定量を供給することはできるかもしれない」
曖昧だが確実にお金になる話だ。
「では、供給できるだけ買い取らせていただきますわ」
「蜂は育てたことはないが、数を増せたらまた自慢してやってもいいぞ!」
「それは楽しみですわ!」
私が素直に喜ぶと、ラモール様は私を睨んで言った。
「僕はお前が嫌いだ」
突然の言葉に、後ろの護衛が怖くて振り返ることができない。
「存じております」
その言葉しか出てこなかった。
「だが、お前は僕の愛するジュリーの親友だからな。愛するジュリーのために、お前と仲良くしてやらないこともない」
バナッシュさんが私を親友だと思ってくれていることが解って、少なからず嬉しくなってしまったのは、言うまでもない。
その日、元婚約者と今までで一番充実した時間を送ることができた。
帰り道、馬車に揺られながら、今回契約できそうな商品のことを考えていた私に護衛のバリガがポツリと言った。
「ユリアス様が許してくださるなら、やつを斬りつけてまいります」
物騒だ。
「やつとは何方のことでしょう?」
いや、解っているがとぼけておく。
「ユリアス様も解ってらっしゃるでしょ? バリガが言わなければ、僕が戻って殺ってますよ」
いつも常識的なルチャルまで物騒である。
「二人が怒ってくれるのは嬉しいのだけど、一緒にお茶ができて私は嬉しかったのですわ」
調教……ではなくて教育って素晴らしい。
私ではあのポンコツをあそこまで仕事のできる人間にするのは不可能だった。
それをバナッシュさんはやってのけたのだ。
真実の愛とは素晴らしい。
そんなことを考えているなんて知らない護衛二人が変な勘違いをしているなんて、その時の私は知る由もなかった。
数日後、殿下が神妙な面持ちでやってきた。
滅多に見せない何か言いづらそうな雰囲気。
なんだろう?
私は応接室に殿下を連れて行き向かい合わせに座った。
私が首を傾げると、殿下はゆっくりと言った。
「ラモールに会ったらしいな」
「はい。それが何か?」
殿下の顔色が悪い。
「ラモールはどうだった。元気だったか?」
「そうですわね。私のお願いした仕事以上の成果を出し、少し日に焼けて健康的な感じになっていましたわ」
私の返しに、殿下は頭を抱えた。
「……一つ聞いてもいいだろうか?」
「はい。何でしょう?」
しばらくの沈黙の後、殿下がポツリと言った。
「好きな男性のタイプは?」
何とも変な質問である。
殿下がタイプだと言うのは、さすがに恥ずかしい。
「強いて言うなら、仕事のできる人ですわね」
殿下の様よさはそれ以外にも沢山ある。
だが、どれか一つを挙げるとしたら、これだろうか?
「ほ、他には?」
他?
「ええっと、ちょっと不憫なところが可愛い人とかでしょうか?」
一つ一つ殿下の好きなところを言わされているみたいで凄く恥ずかしい。
「ふ、不憫……それは、馬鹿で偉そうで金髪でデコッパチなやつだろうか?」
私は首を傾げた。
「それって、ラモール様でしょうか?」
この人は何を勘違いしているのだろう?
あの人には最初から好きだなんて感情持ち合わせていなかった。
それなのに、目の前の愛しい人は、元婚約者を私が好きになってしまったんじゃないかと顔色が青くなるほど心配しているのだ。
「馬鹿なのですか?」
思わず口から言葉が漏れた。
馬鹿な子ほど可愛いとはこのことだろうか?
馬鹿げた勘違いをしているのは、私のことを好きだからだと言ってくれているようなものだ。
「ば、馬鹿だと自分でも解っている……だが、君の護衛達の報告によれば、ラモールに会いに行った帰りの馬車の中でラモールのことを愛しそうに語っていたと聞いた」
愛しそうに?
「あんな偉そうな態度をとられてもニコニコ話を聞いていられるのは、愛しい相手だからじゃないかと報告がきている」
レポートのようにまとめらた報告書を見せられ。
ラモール様の発言を一字一句間違えることなく書き出している二人には護衛騎士よりも書記官か秘書の仕事の方が向いているんじゃないのかと思うほどのレポート能力である。
だって、メモなどもしていなかったのだから。
「護衛二人の勘違いですわ」
「だが」
「だって、昔のラモール様に比べたらだいぶお優しい言葉ばかりでしたわ」
「……」
そうそう、昔だったら偉そうな上に罵倒のようなものも言われていた。
だから、愛しくなくてもニコニコ笑って聞いていられただけの話だ。
まあ、どんなにムカついても笑顔でいられる自信もあるのだが。
「……好きなのか?」
殿下の消え入りそうな声が微かに聞こえた。
「好きですわ」
殿下が可愛くて私も呟いてしまった。
あ、この言葉は勘違いされる。
そう思った瞬間、殿下の顔が絶望に変わる。
「好きですわ! 殿下のことが。つまらない勘違いで一喜一憂する殿下が可愛くて仕方ありません」
そんな顔をさせたかったわけじゃないと早く伝えたくて叫べば、殿下は喜んだらいいのか悲しんでいいのか複雑そうな顔をした。
それは、仕方がないと私も思う。
「すみません。可愛いなんて嬉しくないですわよね」
私は殿下の真横に座り直すと殿下の手をギュッと握った。
「ちゃんと伝えますわね。ラモール様を愛しく思ったことなど微塵もないとは言いません」
「はぁ?」
「弟が大人になったような、そんな感じの愛しさといいますか……殿下に対する愛しいとは全然違うものですわ」
これで少しは伝わっただろうか?
そう思って殿下を見ればなんだか不思議そうな顔である。
「ラモールが弟?」
「反抗期の弟がちょっとだけ大人になった感じがして、バナッシュさんの存在の素晴らしさに感動しましたわ」
「そっちか」
安心したような殿下に私も思わず口元が緩んでしまう。
「何笑ってるんだ?」
不満そうな殿下に私はさらにクスクス笑ってしまった。
「自分でも心配しすぎだと解っている」
拗ねたように私から視線を逸らす殿下が可愛い。
「殿下が私と同じように、不安になったり心配したり嫉妬してくれて嬉しくて。殿下の好きも、私の好きと一緒なのだと安心しましたわ」
私がそういって笑えば殿下にそのまま手を引かれ、抱きしめられた。
「可愛すぎるのも大概にしてくれ」
私はそのまま殿下の背中に手を回し抱きしめ返した。
「そのまま、同じ言葉をプレゼントいたしますわ」
愛しい人と気持ちが通じ合うって本当に幸せだ。
殿下が私を愛しげに見ているのに気づき、キスを予感する。
だが、応接室の入り口のドアがノックされた。
「やっぱりか」
何とも残念そうな殿下を残し、ドアを開けてみる。
そこには、執事長のバルガスがお茶とお菓子の置かれたワゴンとともに待っていた。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
私が直にお礼を言うとバルガスはニッコリ笑顔でいった。
「旦那様がもう直ぐ戻ってらっしゃいますので、ほどほどに」
うちの執事は優秀だ。
優秀すぎて困る。
家でイチャイチャするのはやめようと決めたのだった。