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ドラゴンの宝物庫

 その日、私は王妃様にお茶に誘われて王妃様の自室に招かれていた。

 王妃様と会うのは殿下と喧嘩して以来である。

 間違いなく、あの後どうなったのかを報告し忘れたせいだと思う。

 案の定、王妃様の自室に案内され中に入ると正座させられた殿下と恐い笑顔でそんな殿下を見下ろす王妃様とリーレン様がいた。

 いや、国王陛下とハイス様も部屋の奥にいる。

「あらあらまあまあ! ユリちゃんよくきたわね〜」

 リーレン様はニコニコしているが、殿下の顔色は最悪だ。


「あ、あの、報告が遅れてしまい申し訳ございません。殿下とは仲直りいたしました」


 私が本題を先に言うと、リーレン様も王妃様もニコニコ笑顔を作った。


「今、ルーちゃんから聞いたわ」

「醜い嫉妬ですって! それって、婚約者を傷つけていい理由になるのかしら? ねぇ、陛下」

「はい」


 どうやらすでに、リーレン様と王妃様の言うことが絶対的な、ルールになっているようだ。


「自分も醜い嫉妬だったと思っています。言い訳はしません」


 殿下が男らしく言う。

 素敵であるが、正座中だ。


「そうよね〜。ルーちゃんが悪いわよね〜」


 リーレン様も逃す気はないようだ。


「リーレン様と王妃様に言っておきたいことがございます」


 これは、正直な気持ちをちゃんと言おうと決めた。


「「何かしら」」

「私、殿下に嫉妬してもらえて嬉しかったのですわ」


 その場にいた全員の注目が集まる。


「私がお金儲けが好きなことは誰もが知っていることで、今までなら殿下に言われた言葉も大して気にしなかったと思います。でも、殿下にだけはお金儲けだけでしか動かない女だと思われたくなかったのです。ちゃんと話をしてみて解ったことは、殿下がこんな私に嫉妬してくれたという事実ですわ」


 私はリーレン様と王妃様に笑顔を向けた。


「それに、私が殿下と喧嘩しても味方になってくれる素晴らしい母親が二人もいることも解りましたわ。私の母は私が小さい時に亡くなったので、私には母の記憶がありませんが、お二人のような素敵な母親を殿下はプレゼントしてくれたのだと、今しみじみと感じております」


 リーレン様も王妃様もなんだか目がウルウルしている。


「私の味方になってくださってありがとうございます」


 私の言葉が終わるのと同時にリーレン様に抱きしめられた。


「本当にいい子だわ〜ルーちゃんにはもったいない!」


 そう言いながらリーレン様は私の頭を撫でる。


「そうよ! ルドニークなんかよりいい男がいっぱいいるのよ! 本当にあの子でいいの? 今なら婚約破棄だってできるんですよ!」


 王妃様もまだ怒り足りないと言いたげだ。


「でも、私はお二人とも家族になりたくて、殿下が好きで仕方ないのですわ」


 私がそう言えば、お二人から頭を撫でられた。


「リーレン様と母上。ユリアスを抱きしめたいので返していただけませんか」


 全然意識していなかった殿下からとんでもないことを言われ驚く。


「あらあらまあまあ! ルーちゃんもそんなこと言えるようになったのね」


 リーレン様が嬉しそうに笑う。

 そして、王妃様が手にしていた扇をバッと開くと口元を隠した。


「仕方がないからユリアスを返してあげます。立てたらですけど」


 言われた通りに、正座から勢いよく立ち上がろうとした殿下は膝と手を突いた状態で固まった。

 足が痺れているのだろう。


「あら、ルドニークったら無様ね〜」


 高笑いしながら殿下の足を扇でつつく王妃様。

 悔しそうな殿下の姿に思わず助けてあげてほしくて、国王陛下とハイス様を見たが、目を逸らされた。

 誰も助けてくれない。

 視線を殿下に戻せば、リーレン様も殿下の足を指で触って遊んでいる。

 その瞬間、殿下と目が合った。

 うん。

 これは殿下の足の痺れがなくなるまで待ってあげよう。

 私はそう決めて、殿下に見えるように手を開いてハグ待ちのポーズをとった。


「いちいち可愛い」


 殿下が噛み締めるように何かを呟いたが小さな声で聞き取ることは出来なかった。

 その後すぐに、殿下はグッと息を呑むと一気に立ち上がり、私に倒れ込むように抱きついた。

 明らかに足は痺れたままのようだが、頑張ってくれて嬉しい。


「あらあらまあまあ! ルーちゃんで遊ぶのも今日で終わりみたいね」


 リーレン様の言葉に王妃様も仕方ないと納得してくれたようだ。



 殿下の足もだいぶ良くなり、ようやく落ち着いてお茶が飲めるようになった。

 お茶は私が持参したお茶を淹れてもらうことにした。

 リラックス効果のあるカモミールを中心にしたブレンドティーだ。


「は〜落ち着く味ね」


 リーレン様にも気に入ってもらえたようで安心だ。

 王妃様も私が焼いた紅茶のシフォンケーキを優雅に食べている。

 さっきまで高笑いしながら殿下をいじめていた人には見えない。


「ところで、バネッテの宝物庫は見せてもらったの?」


 リーレン様の言葉に、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

 そうだった。

 私、ドラゴンの宝物庫を見せてもらうはずだったのだ!

 すっかり忘れていた。


「バネッテに私から頼んであげましょうか?」


 リーレン様はニコニコ笑う。


「いいえ。自分で頼めますわ」


 私はリーレン様の申し出を断った。


 バネッテ様とは仲良くなっているし、友人として自分で頼みたいと思ったからだ。


「バネッテはその後どう?」


 私は首を傾げた。

 だって、数日に一回のペースで二人がお茶会のようなことをしているとマイガーさんに聞いていたからだ。


「あの子、自分のことはあまり話さないのよね」


 困ったわ〜と言いながらお茶を飲むリーレン様。


「ああ、意中の男性とお付き合いできて幸せそうですわ」 


 私が言った言葉に部屋の空気が変わった。

 ピリピリとした緊張感みたいなものを感じる。


「意中の男性?」


 ピリピリの正体はどうやらハイス様のようだ。


「バネッテには恋人がいるのか?」


 ハイス様の威圧感が半端ない。


「相手は誰だ?」


 言ったらマイガーさんが殺されてしまいそうな気がして声が出ない。


「相手はマイガーです」


 マイガーさんの名をあっさりと殿下が口にして驚く。

殿下は真剣な表情でハイス様を見つめた。


「俺が知っている男の中で、最も信頼できる相手です」


 ハイス様と殿下はしばらく見つめ合った。

 そして、ハイス様はゆっくりお茶を飲み泣いた。


「もう、いずれはお嫁に行くんだから、泣かないの!」


 リーレン様がハイス様の背中を撫でてあげている。


「人に恋するなんて、人は、すぐ死ぬ。残されるあの子が可哀想だ」


 ボロボロになって泣くハイス様を慰めるリーレン様。


「でも、マー君ってすぐ死なないらしいわよ」


 首を傾げるハイス様の涙を、王妃様から差し出されたハンカチで拭いながらリーレン様は続けた。


「マー君のママさんって妖精の血筋らしいのよ」

「妖精?」


 何を言ってるんだと言わんばかりの顔のハイス様。


「バネッテってグリーンドラゴンのせいか妖精に好かれやすいし、お似合いじゃない?」

「妖精って羽虫みたいな?」


 ハイス様はさらに不安そうな顔だ。


「マイガーさんはバンシーという精霊の血筋ですわ」


 私がそう言えば、リーレン様がニコニコしながら私を指さした。


「そう、それ! だから、長生きするんですって」

 ハイス様はしばらく黙ると、拳を握りしめて言った。


「一発殴ってチャラにする」


 そういったハイス様の肩を国王陛下がポンポンと叩いた。


「ハイス様に一発殴られたら普通に死ぬから」


 ハイス様がキョトンとする。


「バンシーは戦闘する精霊じゃないから、娘に一生恨まれたくないならやめておけ」


 国王陛下の言葉に、ハイス様は不満そうに口を尖らせていた。

 愛する娘を思う父親とは皆ああなのだろうか?

 今のハイス様を見るとお父様とお兄様を思い出す。

 そんなふたりを無視するリーレン様と王妃様と殿下と一緒にお茶を楽しむのだった。

 


 次の日早速、私はバネッテ様の家に向かった。

 勿論宝物庫を見せて欲しいとお願いするためだ。


「いらっしゃいお嬢さん」


 出迎えてくれたのは老人バージョンのバネッテ様だ。

 バネッテ様に促されるまま私はリビングの椅子に座った。


「今回はお願いがありまして」

「お嬢さんはお願いごとがないと家には来ないね。なんだい? 下着のモデルの話が復活したかい?」

「いいえ、それは残念ながら無理でした」


 バネッテ様は私にハーブティーを出して向かい側の席に座った。


「単刀直入にいいますが、宝物庫を見せてくださいませんか?」


 私の言葉にハーブティーを口にしていたバネッテ様は豪快にむせた。


「見るだけで満足しますから、お願いします」

「あらたまって言われると恥ずかしいんだよ」


 下着のモデルは恥ずかしくないのに宝物庫を見せるのは恥ずかしいとは、ドラゴンの考え方はなぞである。


「お嬢さんにはマイガーのことで色々お世話になっているからねぇ。いいよ。見せてあげる」


 ハーブティーを飲み終わるとバネッテ様に案内されたのは地下室だ。

 奥に進むにつれ、木の根っこのようなものに覆われてきた。


「ここだよ」


 バネッテ様がドアを開くと、そこには小さな箱庭が、あった。

 小さな泉と花が沢山咲いていて蜂のような虫が飛んでいる。


「私の宝だ」


 その空間自体が凄く美しくて、宝物だと言われても信じてしまう。

 なのに、バネッテ様が指差した先にいたのは丸々と太ったニワトリと辺りを飛び回る蜂である。


「金の卵を産むニワトリですか?」

「いいや、普通の白い卵を産むニワトリと、私が作る飴の材料の蜂蜜を分けてくれる蜂達さ」


 私の想像していたものとは完全に一致しない場所である。


「前は金銀財宝ってやつを集めていたんだよ。ほら、廃鉱の中にあったキラキラした石とかさ。けど、マイガーに会ってからそんなものは全部霞んでしまうんだよ。それなら、あの子が喜ぶ飴の材料を作る蜂とケーキの材料である卵を産むニワトリの方がよっぽど価値がある」


 言われてみたら、宝物とは人それぞれなのだ。


「バネッテ様の宝物は本当に素晴らしいですわ」


 私は凄く感動した。


「まあ、私の両親の宝物庫は金銀財宝ガッチガチだけどね。今度見せてもらいなよ! 私から頼んでやるからさ」

「この前の鉱山のように山登りは流石に懲りました」

 バネッテ様はそれを聞くと豪快に笑った。

「もし、本当に行くなら私が背中に乗せて飛んであげるよ」


 そうか、バネッテ様の本当の姿はドラゴンなのだ。


「宝物庫以上に、空を飛べる方が興味があります! と言ったら失礼でしょうか?」


 私が聞けば、バネッテ様は私の頭を乱暴に撫でた。


「お嬢さんはいつまでも子どもみたいな目で物事を見ていて好きだよ」

「それ、褒められてます?」


 こうして、私は空飛ぶ姿のお友達を手に入れ、ちょっとそこまで感覚で隣国に買い付けに行き、食べ歩きして帰ってくることが可能になり、デートが出来ないと殿下とマイガーさんに怒られるようになったのだった。

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[気になる点] 誤字報告です ほら、廃校の中にあったキラキラした石とかさ。 廃校→廃坑ではないでしょうか? [一言] 頑張ってください
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