商談は恋人の居ないところで
最近売り出した『踏まれたいほどセクシーな靴』の売れ行きがいい。
今まであまり出してこなかった〝セクシー〟を題材にしたのがよかったのか、それともモデルをしてくれるバネッテ様の影響か!
勿論、顔を出さず靴なら足だけ、ドレスなら後ろ姿で白黒やモノクロ写真のポスターでバネッテ様がモデルをしていることに気づくのはマイガーさんだけである。
何故解るのか?
謎すぎるとマチルダさんに言えば、見ただけでスリーサイズを言い当てられる恐怖の話をされたので、たぶん宰相閣下も持っている特殊スキルなのだろう。
ポスターが出来上がるたびにブーブー文句を言うマイガーさんには、毎回同じポスターをプレゼントすることで、なんとか機嫌をとっている。
まあ、ポスターをプレゼントしていることがバレてバネッテ様に怒られるが、自分の恋人のことは自分でどうにかしてほしい。
背中の大胆に空いたセクシードレスは私にはあまり似合わない気がしたので、レースで透け感を出すデザインにしてそれを着てパーティーに出席しようとするもエスコート役の殿下に玄関先で猛反対された。
「今、最先端のお洒落ですのに、宣伝出来ないとはどういったことでしょう?」
「そのデザインは女性の注目は勿論だが、男性の注目も集めてしまうから却下だ!」
こんなに素敵なのに。
私が頬を膨らませると、殿下は大きなため息をついた。
「俺の気持ちも考えてくれないだろうか?」
「殿下の気持ちですの?」
不貞腐れる私に、殿下は言い聞かせるように言った。
「婚約者がそんなセクシードレスなのは心配だ。拐われたらどうする」
「小さな子どもじゃないんですのよ」
「子供じゃないから、心配なんだ。その格好は男からいやらしい目で見られる。絶対だ」
自信満々に言う殿下に私は不満を隠さずに口を尖らせた。
「では、殿下も私をいやらしい目で見ていると思ってもいいということですわね」
グッと息を呑む殿下に、私はニッコリ笑顔を向けた。
だが、殿下は私の腕を掴み抱き寄せると耳元で囁いた。
「好きな女性のそんなセクシーな姿見ていやらしい目で見るなっていうのは、無理だ」
殿下にそんなことを言われては、このドレスで出かけるのは止めた方がいいのだろう。
「き、着替えますわ」
私がそう言えば、腕を離してくれた。
「そうしてくれ、じゃないとまた嫉妬でおかしくなりそうだ」
嫉妬してもらえるのはちょっと嬉しい。
「では、このドレスは封印ですわね」
「……似合っているんだ、二人きりの時なら着てもいいんじゃないのか?」
どうやら、殿下はこういったデザインが嫌いではないようだ。
「二人きりの時に着るドレス……ナイトドレスに応用するのもいいかもしれませんね」
思わず商品開発に頭がシフトしてしまう。
「下着に応用するのもいいのかも……」
頭の中に浮かんだデザインを紙に描いてしまいたい。
そう思っている私の横で殿下が何やら照れたように言った。
「それは、着て見せてくれるってことだろうか?」
いいデザインが浮かんでいる時に話しかけるのはやめてほしい。
思わず舌打ちしてしまったのは許してほしい。
「着替えてきますのでお待ち下さい」
私の冷たい態度にオロオロする殿下を玄関先に残し、着替えもしないでデザイン画を描き始めたのは私が悪い。
そのせいで、パーティーを欠席したのも私のせいだ。
後でお兄様から余計なことを言って私を怒らせてしまったと殿下が凹んでいたと言われ、悪いことをしてしまったと反省したのは数日後の話である。
新しいブランドの開発もそれをバネッテ様に着てもらうのも楽しくて仕方がない。
私が店の奥にある自分専用の作業部屋でデザインの構想を練っていると、マイガーさんがやってきた。
「あのね、お嬢。婆ちゃん独り占めするの止めてくれない?」
マイガーさんが不満そうに口を尖らせる。
「独り占めなんてしてませんけど?」
「してる。俺が婆ちゃんをデートに誘うと大抵お嬢と約束してるからって断られるんだよ!」
それは、マイガーさんと二人きりにならないようにバネッテ様がついた嘘では?
まあ、約束もたくさんしているのは確かではある。
「マイガーさん、恋人になったのですから焦らずゆっくり手を繋ぐところから始めてはどうでしょう?」
「無理! 恋人になったんだからずっと側にいたいし、イチャイチャしたい」
なんとも欲望に忠実である。
「たぶんルドも同じだと思うよ」
「私は、手を繋ぐだけでもドキドキしますわ」
マイガーさんは呆れたようにフーっと息をついて見せた。
「そんなじゃ足りないでしょ? 俺なんてずっと抱きしめていたいよ」
流石にそれでは生活できないのでは?
「勿論、いい男だと思われたいから仕事しないととは思うけど……」
その時、マイガーさんは私の手元にあるデザイン画を見て恐い顔をした。
「まさか、それのモデルを婆ちゃんにやらせる気じゃないよね?」
この前考えた下着のデザイン画を見られてしまったようだ。
どう言い訳したものか考えているうちに、マイガーさんは恐い顔のまま私に詰め寄った。
「俺の彼女なんだよ!」
「勿論男子禁制のブース用ポスターだけですわ」
「そういうことじゃないの! 俺以外が見るのが嫌なんだよ! 解ってよ〜」
そう言われても、なんだかんだバネッテ様は薄着に対して抵抗が薄くて、下着の撮影も嫌がったりしない。
この下着の撮影の許可もちゃんととっている。
「ですが、恋人の特権としてポスターは手に入りますが、それでも嫌なのですか?」
一瞬マイガーさんの眉間にシワが寄った。
嫌だったのだ。
これはモデル無しの撮影になりそうだと思った瞬間、マイガーさんは豪快に頭を抱えた。
「ポスターは欲しい! けど撮影はして欲しくないんだよ〜」
それはわがままが過ぎる。
マイガーさんが苦悩しているのを見ていると、ノックの音がした。
やってきたのは殿下で、部屋に入るなりマイガーさんにすがりつかれていた。
「俺はどうしたらいいんだ!」
「知らん」
話の糸口すら聞かずに答えることは、そりゃ無理だ。
「何があった?」
困り顔の殿下に事情を話すと、殿下も腕を組んで悩み始めた。
「そんなに悩むことなのですか?」
思わず口から出た言葉に、二人から信じられないものを見るような目を向けられた。
「お嬢は男心が微塵も解ってない」
そんな言われ方をされると、ちょっとショックである。
「基本、自分の彼女が下着のモデルをするのは嫌だろ」
殿下も困ったようにいう。
「それは困りました」
私がそう呟くと、部屋に沈黙が流れた。
「お嬢、それはモデルがいなくて困るってことだよね?」
私が首を傾げると、殿下も不安そうに私の顔を覗きこむ。
「今回のモデルの話をバネッテ様に持っていった際、私と一緒ならやってくださるというので、そのつもりで準備をしてましたの」
私の返答に殿下が先ほどのマイガーさんのように豪快に頭を抱えた。
流石乳兄弟。
マイガーさんが私にデザイン画を突きつけて叫ぶ。
「これをお嬢が着るの?」
「それはバネッテ様用に黒か赤で作る予定で、私はこちらのデザインを白か水色で作る予定でいます」
もう一枚のデザイン画を見せて語れば、マイガーさんは膝から崩れ落ちた。
大丈夫だろうか?
「ユリアス、それは駄目だ。どう考えても許可できん」
殿下が真面目な顔で言ってくるのを、私はデザイン画を突きつけて言った。
「私ではモデルは力不足なのは重々承知しています! ですが、私でも着られる素敵な下着を考えたつもりですわ!」
私も真剣に言ったのに、殿下は真っ赤な顔を手で覆うと言った。
「違う、力不足とかじゃなくて……」
言葉の続かない殿下に私は聞いた。
「似合いませんか?」
「似合う。が、違う。そうじゃない!」
じゃあ、何だというのだ?
「そのポスター、男子禁制のブース用だって言ったよね?」
マイガーさんの地を這うような声に私は軽く頷いた。
「俺、お嬢のポスターも欲しい」
「駄目に決まってるだろ」
殿下がマイガーさんの胸ぐらを掴んで睨みつける。
「マイガーさんにはバネッテ様の許可もありますし、お渡しできますが私のポスターは差し上げられません」
「ええ〜」
不満そうなマイガーさんの頭を殿下が殴り付けていた。
痛そうである。
「というか、その撮影自体駄目だ!」
結局、殿下が猛反対したため下着のモデル使用は禁止された。
婚約者の殿下が嫌がるなら仕方がないと思うことにした。
まあ、デザインが禁止されたわけではない。
売り方を工夫すればいくらでも看板商品になるだろう。
「俺だって、婚約者を独り占めしたいんだぞ」
殿下に恨めしそうにそう言われたので、私は殿下の耳元に口をよせた。
「では、いずれ殿下にだけ着て見せますので、感想を伺ってもよろしいでしょうか?」
私の言葉に殿下は驚いた顔をした後言った。
「レポートにまとめるの無理だぞ」
「そうなのですか?」
殿下は顔を赤く染めて困り顔だ。
「それ、まじまじ見ろと言ってるのと一緒だからな」
「それは恥ずかしいですわ」
「お互い様だ」
まだ見たわけでもないのに照れる殿下を可愛く思うのは末期症状である。
「目の前でイチャイチャしないでくんない? 俺も婆ちゃんとイチャイチャしたいの滅茶苦茶我慢してんだかんね!」
マイガーさんに羨ましい羨ましいと騒がれ、殿下はイラッとしたのか、マイガーさんの頭を叩いていた。
後々、下着の撮影が無くなったことをバネッテ様に報告したところ、グリーンドラゴンの力で植物を人型にした木製のマネキンを二台作ってくれた。
本当に助かった。
マネキンのスタイルがバネッテ様と私のスリーサイズで作られているのは、お互いに面倒な恋人がいるので内緒にすることになった。