逃げられない バネッテ目線
毎日、代わる代わる見知らぬ人間が貢ぎ物をしにくる。
はっきりいって鬱陶しい。
お菓子は自分で作った方が美味いし、花は腐ってもグリーンドラゴンである私なら簡単に咲かせることができるから必要もない。
安っぽい愛の告白も私には何の価値もない。
ってか、仕事の邪魔だ!
「あんたら、勝手に居座るんじゃないよ!」
最近よくくる男達と子ども達。
ショックを受けた顔の子ども達にはクッキーを食べさせ、男達にはさっさと帰るように手でシッシとやって見せた。
が、全然私のいうことを聞く気がないように、子ども達に用意したクッキーを食べ始めるしまつである。
「バネッテちゃんのクッキー本当に美味い! いい奥さんになるよ!」
話を聞け。
呆れため息をつけば、子ども達が心配そうに私の顔を覗き込む。
子ども達の頭を撫でてやると皆可愛い笑顔をくれた。
可愛い子ども達に癒される。
「バネッテちゃんが俺の奥さんになってくれたら幸せにするよ」
「お前みたいな奴が幸せにできるかよ!」
騒ぐなら出て行ってほしい。
そんなことを考えていた時、店のドアが開いた。
入ってきたのはマイガーだった。
走ってきたのか息が切れて苦しそうだ。
私は急いで水を持ってきてあげた。
マイガーはその水を見ると一気に飲み干してむせていた。
「そんなに慌ててどうしたんだい? 急用かい?」
背中をさすってあげながら聞くと、マイガーは私を困ったように見た。
いつもと違う雰囲気を感じて、私は店にいた皆に言った。
「大事な要件みたいだ、あんたら皆帰っておくれ! チビ達もまたおいで」
皆んなが出ていき店に二人きりになり、私はマイガーを店の奥に連れて行った。
「大丈夫かい?」
私は心配しながらも、落ち着けるようにハーブティーを淹れて出した。
そのハーブティーをチビチビと舐めるように飲んだマイガーは私を見つめて困ったように眉を下げた。
「美味しくなかったかい?」
「ううん。滅茶苦茶美味いよ」
なら、何でそんな、うかない顔をしているんだ?
いつものように、お嬢がお嬢がと言ってる方がまだ幸せそうに見えるよ。
「悩みかい?」
不思議そうに首を傾げるマイガー。
「何で悩みだと思うの?」
「そりゃ、そんな顔してたらそう思うだろ?」
マイガーはペタペタと自分の顔を触る。
「俺、そんなに解りやすい?」
私は思わず笑った。
「そりゃ、チビの時からずっと見てるんだ。ある程度なら解るよ」
マイガーは自分の頬を引っ張って変な顔をした後、思いっきり自分の頬を挟むようにして叩くと、私の手を両手で掴んだ。
何が起きたのか解らず呆然とする私をよそに、マイガーが何かを言った。
あまりにも小さく、聞き取れない。
「何て?」
聞き返せば、マイガーは顔を真っ赤にして叫んだ。
「婆ちゃんが好きなの! だから結婚してください!」
頭の中が真っ白になった。
こいつ、何を言った?
理解が追いつかず、マイガーの手をこじ開けて自分の手を救い出すと私はハーブティーのポットを手に取った。
「もう一杯飲むかい?」
「俺の告白を、無かったことにしないでよ〜」
都合のいい幻聴ではなかったようだ。
私は思わず遠くを見つめた。
そして、ハーブティーを自分用のカップに注ぐとゆっくりと飲んだ。
「婆ちゃん?」
私はゆっくり笑顔を作った。
「それは、自分の祖母が誰かにとられそうな気がして嫌な気持ちになってる孫の気分とかそんな感じじゃないかい?」
そうだったら泣ける。
「違うよ! 俺の好きは抱きしめたりキスしたりそれ以上のことも含めた婆ちゃんの気持ちがちゃんと無いと成立しない好き!」
私は思わず目をパチパチと瞬いた。
「俺だって男なんだから、結婚したいって思うぐらいの好きは理解してる」
いや、私の好きって感情の方が追いついていない。
だって、私の漠然とずっと側にいたいって気持ちよりも何十倍も具体的に考えているってことだろ?
「婆ちゃんがモデルやってるポスターも、俺以外に見せるのすっごい嫌。でも、すっごい綺麗で格好いいから自慢したい気持ちもあって……俺、どうしたらいい?」
可愛く首を傾げるマイガーの瞳に胸がキュッとする。
「どうしたらって……」
「婆ちゃんを俺のお嫁さんにできたら、婆ちゃんのこと独り占めにしていい権利がもらえると思うんだ!」
「ち、ちょっと待っておくれ。何で恋人とかを吹っ飛ばして嫁なんだい?」
そうだ、むしろ恋人の期間とか必要だろ?
そう思って言ったのに、マイガーは口を尖らせて不満そうに言った。
「俺は婆ちゃんを誰にもとられたくないの! 恋人なんて不確かな関係じゃなくて嫁に欲しいの!」
「不確かって」
「お嬢を見てよ! ルドと婚約していても隣国の王子に求婚されたり横槍入れてくる奴がいるじゃん! そんなやつが婆ちゃんにも沢山いるよ。絶対」
買い被りすぎである。
「婆ちゃんに好きなやつがいるって知ってる。けど、そいつよりも絶対に幸せにする。それに、婆ちゃんが今俺を選んでくれなくてもずっと好きだ。そいつより俺の方が長生きするし絶対に婆ちゃんを手に入れて見せる」
マイガーは獲物を狙う獣のような目で私を見つめた。
目を逸らしたら食べられてしまいそうな目だ。
私の知っているマイガーではなく、雄の顔をしたマイガーに私は怖気付いた。
「ち、ちょっと落ち着け。自分が何を言っているのか深呼吸して考えてみろ」
「ここまで走ってくる間にいっぱい考えた! 婆ちゃんはスッゲー魅力的だ! ライバルなんて山ほど出てくるに決まってる……婆ちゃんは俺のこと嫌い?」
首を傾げ不安そうに聞いてくるそのあざとさにクラクラする。
「と、とにかく、少しぐらい時間をくれ」
「無理!」
マイガーはそう言って私に顔を近づけ唇を重ねた。
何が起きてるのか解らず固まる私にマイガーはニッコリと笑った。
「誰かにとられるなんて考えたくないから、婆ちゃんの全部を俺が奪うから」
目の前にいるのは私の知っているマイガーではないのではないか?
だって、マイガーはいつまでも子どものように無邪気で笑顔が可愛くて私の後を尻尾を振ってついてくるワンコのような存在だったはずだ。
私がグルグル考えているのをいいことに、二度めのキスをしてくるマイガーの頬を思わず殴る。
「ち、調子に乗るな!」
「反応してくれないからいいのかと思って」
「いいわけあるか!」
怒鳴りつければマイガーは幸せそうに笑った。
「婆ちゃんに怒られるの俺大好きだよ」
違う。
怒られて喜ぶのは違う。
私は、反省してほしいのだ。
「マイガー、私はお前をそんな子に育てた覚えはないよ」
「婆ちゃん、俺も婆ちゃんに育てられた覚えはないよ」
どうしたらいいんだ。
「婆ちゃん、俺の告白の答えは?」
嬉しいはずの告白なのに身の危険を感じるのは何故だ?
「そんなに、好きな男がいいの?」
マイガーが何かを呟いたが小さすぎて聞き取れない。
聞き返そうと思った次の瞬間、マイガーは私を肩に担ぎ上げた。
今度は何だ?
マイガーは私を担いだまま歩き出す。
私の寝室の方に。
「ち、ちょっと待て!」
「またない! 婆ちゃんの全部を奪う。婆ちゃんが俺のことしか考えられないようにする。他の男のことなんて、一瞬も頭に浮かばないように」
これはまずい。
「他の男のことなんて考えてない」
「嘘だ」
このままでは何も信じてもらえない。
私は小さくなる声で呟いた。
「私が好きなのは、お前だ」
私の呟きに、マイガーは動きを止めた。
「下ろしてくれないか?」
すかさず言えば、マイガーは私を下ろしそのまま抱き寄せた。
「逃げるための嘘じゃない?」
泣きそうな顔で私を見下ろすマイガーに私は呆れてため息をついた。
「好きだぞちゃんと」
「俺の好きと一緒?」
これは、恥ずかしい。
マイガーの言っていた好きと一緒だと抱きしめたりキスしたりそれ以上もしたいと言っているようなものである。
不安そうなマイガーを見れば、ちゃんと伝えた方がいいことは解る。
「一緒、だと思う」
そう言った瞬間、キスされた。
「ちょ、やめ」
「止めない。婆ちゃんの好きは俺のと一緒だもん。全部俺のだ」
また、獣のような目に戻ってしまったマイガーにアッパーをくらわせ、私は走った。
この暴走した獣は、たぶん主人の言うことしか聞かない。
お嬢さんならどうにかしてくれる。
そう、私はキャパシティオーバーだ。
困った時はお嬢さんに頼むしかない。
あの人ならどうにかしてくれる。
たぶん。
私は、自分ではどうすることもできないと判断してお嬢さんのもとに急いだ。
必死に走り、お嬢さんの店である『アリアド』に着くと、お嬢さんと王子に出迎えられた。
「ご無事ですか?」
お嬢さんに心配そうに聞かれて、私は一応頷いた。
「よかった。私が余計なことをしたせいで、バネッテ様を危険にさらしてしまったようで本当に申し訳ございません」
「君が原因か」
呆れたような殿下に、少し頬を膨らませて見せるお嬢さんが可愛らしい。
「とにかく、殿下は外でマイガーさんを足止めしていてください」
「はぁ? 俺は君をデートに誘いに来たんだぞ」
「イコール、時間があるということですわ」
王子は悔しそうにお嬢さんを睨むと店の外に向かった。
「私達も、プロの元へ向かいましょう」
そういって、お嬢さんが連れて行ってくれたのは、マイガーの母親のマチルダの部屋だった。
ドアをノックすれば、慌てた様子のマチルダがドアを勢いよく開けた。
「バネッテ様、無事ですか?」
「ああ」
私の肩から腕を、確認するようにペタペタ触ったマチルダは安心したようにフーっと息をはいた。
「とりあえず、入ってください」
促されるまま、中に入れば雑多に置かれた本の上にクッションを置かれ、座るように言われた。
言われた通りにすると、直ぐにお嬢さんからカモミールティーを差し出された。
「落ち着きましょう。冷静な判断をすることが、これからの人生でもっとも重要になるのですから」
しみじみと語るマチルダにお嬢さんはカモミールティーを手わたす。
「まあ、逃げられる場所があるって本当に重要。自分でいうのもなんだけど、そんな急速に距離縮めようとするのって何なのって普通なるから」
見ていたように語るマチルダに思わず首を傾げる。
「本当に父親そっくり。気に入らなければ殴っていいですからね!」
「いや、でも……加減できなかったら殺してしまいそうで」
「あれは男ですが、バンシーの血族です。簡単には死にません! ただ……」
本当に困ったように言葉を詰まらせるマチルダを見て、お嬢さんは苦笑いを浮かべた。
「マイガーさんの場合、殴って死なないかわりに喜んでしまいそうですよね」
「?」
「あの子、滅茶苦茶ドMだから……」
頭が理解していない。
「あ、ちなみにドMは痛いことが好きな人のことを言います」
「知ってる」
私の知らないマイガーの一面に、思わず絶句していると、お嬢さんが私の前にクッキーの入った籠を差し出した。
クッキーを一枚手にとり、口に入れる。
自分で作ったクッキーも美味いが、お嬢さんの作るクッキーは格別である。
「作り方を知りたいぐらい美味い」
「ありがとうございます」
私達がほっこりしていたその時、外でマイガーの声がしたのが解った。
「邪魔しないでくんないかな?」
「俺だって、こんなことしてる時間があるならユリアスとデートしに行きたいさ」
王子の声にお嬢さんが可愛く顔を赤らめている。
その顔は王子に見せた方がいいんじゃないのか?
「俺も兄弟喧嘩してる暇があるなら、婆ちゃんとイチャイチャしたいの!」
「解るが、いきなりイチャイチャしたいとかいって怯えられたくないだろ? それで嫌われていいのか?」
王子がマイガーを、説得してくれている。
感動する。
「嫌われるのは嫌だけど、これでもかってイチャイチャしたい気持ちも解るだろ!」
しばらくの沈黙が流れた。
「……解る」
王子、言い負けてどうする!
あれはどうなんだと聞きたくてお嬢さんを見れば耳まで真っ赤にして蹲っている。
可愛いがすぎるぞ!
「解るが、焦って嫌われる方が辛い」
男らしくいい放つ王子。
「俺は、婆ちゃんの全部が欲しいの! 誰かに、とられる心配もしたくないの!」
「その気持ちも痛いほど解るが、嫌われたら元も子もないだろ? 二度と触るな近づくなって言われたらどうする!」
「泣く!」
即答。
返答がガキすぎるんじゃないか?
マチルダを見れば何故か遠くを見つめていた。
「マチルダ?」
「ああ、二度と触るな近づくなって言うと、監禁されそうになるかもしれないので止めた方がいいですよ」
何故そうなるのか、原理が解らないのだが?
マチルダの疲れきった顔に絶対に言わないと決めた。
「あの子、無害そうに見えてかなり厄介なので、取り扱い的にいうと……喜んじゃうけど殴る。または、お嬢様か、私のところに逃げる。間違っても男性に助けを求めてはいけないってことは覚えておくといいかも」
私は思わず首を傾げた。
「男性に助けを求めてはいけないのかい?」
マチルダは苦笑いを浮かべた。
「浮気と勘違いされ助けを求めた男性をよくて骨の数本を折り、最悪殺します」
「物騒!」
「冗談ではありません。父親はそういう男なので……国王陛下には悪いことをしたと反省したものです」
私はなんて生き物を好きになってしまったんだ?
「それって、王子は大丈夫なのかい?」
思わず聞けば、お嬢さんが立ち上がり部屋のドアを開け、店の方にいる従業員に向かって言った。
「店の前でマイガーさんが暴れているんですの、オルガさんに捕まえるように言ってくださる?」
お嬢さんの言葉の直ぐ後に、縄でグルグル巻きにされたマイガーが部屋の前に投げ捨てられた。
なんだか疲れ顔の王子も一緒だ。
「マイガーさん。営業妨害ですわ」
「お嬢! 店長出してくるのずるい!」
イモムシのようになっているマイガーを無視して、オルガと呼ばれた白髪の紳士が一礼して店の方に消えていった。
「私の時にも、店長が欲しかった」
羨ましそうにオルガの後ろ姿を見つめるマチルダは見なかったことにした。
「マイガーさん、バネッテ様が怯えていますよ」
マイガーは頬を膨らませて見せる。
「俺がゆっくり外堀埋めてこうと思ってたのに、他の男に取られたくないなら頑張れって背中押したのはお嬢だもん!」
お嬢さんは遠くを見つめた。
あんたのせいか。
「背中は押しましたが、怯えさせてまでなんて言ってませんわ」
遠くを見つめたまま言われても説得力のかけらもない。
そんなお嬢さんの横に移動してきた王子が、さりげなくお嬢さんの腰を抱き寄せた。
驚くお嬢さんに気づかないのか、わざとなのか王子はそのまま言った。
「俺の恋人だと主張するだけじゃ駄目なのか?」
ムスッとしたマイガーはフンっとそっぽを向いた。
「主張してても、横槍入れられてるやつを見てるから不安なんです〜」
王子がぐぬぬっと言葉を詰まらせた。
それは、王子の負けだと思う。
「では、バネッテ様にはマイガーさんの前以外ではお婆さんの姿でいてもらうというのは? きっと今までどおりですわ」
……その手があったのか〜。
私は納得した。
マイガーが不服そうに婆ちゃんは婆ちゃんの姿でも可愛いと呟いていたが、聞こえなかったことにした。
マイガーは納得していなかったが、私が老人の姿になると少しだけ冷静になったのか、ギラギラした目で私を見るのはやめてくれたのだった。