謝罪します
私は殿下の執務室へ急いでいた。
殿下は私を追いかけてこようとしてくれていたという事実にちゃんと会って謝らなくては。
絶対に嫌われたく無い人なのだから。
私が殿下の執務室の近くまで来ると、兄の声が聞こえてきた。
「僕はこの書類を届けてきます」
「縄解いてから行け!」
「不備があったら直していただかなくては。今しばらくお待ち下さい」
どうやら殿下は執務室に一人になったようだ。
私は兄の姿が見えなくなるのを待ってから執務室に入った。
いつもなら入室の許可をもらうが、今はそんなことを気にしていられない。
私がノックもなく執務室に入った瞬間、殿下が大きく目を見開いた。
「殿下、あの」
その瞬間、ぶちぶちと異様な音が響いた。
何事かと思えば、殿下が素手で縄を引きちぎっていた音だった。
怒気というか狂気にも似た気迫に喉がつまる。
殿下は全ての縄を引きちぎると、私に向かってきた。
怖い。
もういらないから出て行けと言われてもおかしくない状況である。
殿下が私の目の前にくる。
思わず目をギュッとつぶった。
「すまなかった」
謝罪の言葉に何が起こったのか解らずゆっくりと目を開けると、殿下は私の目の前で土下座をしていた。
目の前の光景の意味が解らず呆然としてしまう。
「俺が、変な嫉妬をしたせいで、ユリアスを泣かせてしまった。どんなに謝っても許してもらえないかもしれない。何度でも謝るから、婚約破棄だけは許してくれないだろうか?」
殿下の言葉に私は首を傾げた。
「こんな面倒な女、嫌では?」
「ユリアス以上の女を俺は知らない」
何を言ってるんだこの人。
「殿下の言葉に腹を立て、ヒステリックで面倒な女だったはずですが」
「ヒステリックで面倒? あれは怒って当然の言葉だった。俺がユリアスの口から他の男の話を聞きたくなくて、いじけた情けなくて最低な言葉だった。二度と言わないと誓う」
ああ、この人は私が思っている以上に私に感情を振り回されているのだ。
私は殿下の前にしゃがんだ。
「私こそ、殿下が忙しい人だと解っているのに調子に乗って甘えてごめんなさい」
殿下はしばらく私を見つめてからポツリと言った。
「甘えてたのか?」
「殿下以外に愚痴や相談ごとを気軽にできる相手なんていません。そのせいで不快に思われたのでは?」
殿下は困ったように眉を下げた。
「違う。俺が勝手に嫉妬しただけだ」
最近、私と殿下はゆっくり二人で話せてもいないから感情がすれ違ってしまったのかもしれない。
好きって気持ちは一緒なのに、こんなことになるのは本当に不思議だ。
「殿下は、〝いつからお金にならないことをするようになったんだ〟と聞きましたよね?」
殿下の顔が絶望に変わる。
「その答えは、殿下を好きになったからですわ。ドラゴン様達は王族に加護を与える王族の家族です。私は殿下を好きになったから殿下の家族と仲良くなりたくてお金にならなくても何か協力したいと考えたんです。こんな答えではいけませんでしょうか?」
私の言葉を聞いて、殿下は困ったような辛いような顔を複雑に変え、そして最後に幸せそうに笑った。
私の答えを気に入ってもらえたようで安心して私も笑顔を返した。
すると殿下は勢いよく立ち上がり、私の手を引いて私も立ち上がらせ力強く抱きしめた。
「醜い嫉妬を、ぶつけてすまなかった」
私は首を横に振って殿下の胸に、額をのせた。
「私こそ、感情的になってしまい、申し訳ございませんでしたわ」
恥ずかしくて顔を隠しているのに、殿下にアゴを掴まれ上を向かされる。
蕩けるような笑顔で殿下は私の唇を、親指でなぞる。
「キスしても?」
私が反応する前に執務室のドアが開いたのが解った。
「何をしているんですか殿下」
「ローランド、空気を読んでくれ!」
殿下の叫びも虚しく、お兄様は殿下の手から私を奪い取ると言った。
「こんなカス野郎と仲直りなどしなくていい!」
お兄様は私を心配してくれてしていることだが、仲直りはちゃんとさせてほしい。
「頼む、後十分でいいから二人きりにしてくれ!」
殿下が必死にお兄様に頼むが、お兄様は変態を見るような目を殿下に向けた。
「その十分で妹に何をする気ですか? 汚らわしい」
「変なことを考えてるローランドの方が汚らわしいだろ!」
お兄様はフンっと鼻を鳴らした。
「僕が、書類を届けて戻ってくるまでの間にユリアスに手を出そうとした人に言われたくありませんが」
殿下はグッと息を呑んだ。
「反論できますか?」
殿下は悔しそうに口をつぐんだ。
「さあ、新しい書類を預かってきましたので椅子に座って下さい」
殿下は渋々椅子に座った。
「私、お兄様の淹れたお茶が飲みたいですわ」
私はニコニコお兄様におねだりした。
「ユリアスの持ってきたお菓子もあるし、少し休憩にしますか?」
お兄様の言葉に拗ねている殿下はぶっきらぼうに好きにしろと、言った。
お兄様は私の頭を軽く撫でるとお茶を淹れに執務室の奥にある給湯室に向かった。
お兄様が奥に行くのを見送ると殿下の不貞腐れた声が聞こえた。
「君はローランドにも甘えるじゃないか」
私は書類の整理を始めてしまった殿下に近づいた。
「ルド様」
殿下を愛称で呼べば、私を見てくれた。
私はそのまま殿下の唇に自分の唇を重ねた。
そして、ゆっくりと顔を離してから言った。
「だって、こうでもしなくては続きができそうにありませんでしたので」
殿下は両手で顔を覆った。
「君はいつからそんなに可愛くなったんだ?」
「勿論、殿下を好きになってからですわ」
殿下は顔を覆ったまま天を仰いだ。
「可愛いすぎる」
すぐにお茶を淹れて帰ってきたお兄様に殿下はどうしたのか聞かれた。
「私がいじめてあげました」
「流石僕の妹だ! もっとやっていいぞ」
まさか私からキスしましたとも言えなかったのだが、もっとしていいと言うので私は笑顔で頷いた。
「本気か? 最高かよ」
顔を覆った殿下が何か呟いていたが、私とお兄様の耳には届くことはなかった。




