俺の兄弟 マイガー目線
俺の兄弟のルドが俺の大事なお嬢を泣かせた。
ハッキリいってボコボコ案件だ。
でも、ルドの今にも死にそうな顔を見たら殴ってやらない方が辛いだろうと解った。
あれは罰を与えてほしい顔だ。
お嬢を傷つけたんだ、思い通りにしてなんてやらない。
とりあえず、ルドを椅子に縛りつけて俺はお嬢を探すことにした。
しばらく城中を探し回ったが見つけることができず、店か屋敷に戻ってしまったんじゃないかと思いながら中庭に差しかかると、空から天使が舞い降りた。
いや、あれは婆ちゃんだ。
緑色の羽根の生えた若い姿の婆ちゃんは本当に神話に出てくる女神様みたいだ。
「婆ちゃん!」
思わず声をかけて手を振った。
「マー坊」
地上に降り立った瞬間、緑色の羽根はサラサラと砂のようになって消えた。
「婆ちゃん、どうしたの?」
高いヒールの似合いそうなスタイル抜群の美人なのにペッタンコのサンダルをペタペタいわせている姿はなんだかバランスが悪い。
今度、全身俺がコーディネートしようと決めた。
「ママが一緒にお茶しようって、マー坊こそ何でいるんだい?」
「俺はルドの手伝い。あ、リーレン様のところにお嬢いるのかな?」
リーレン様のところはまだ行っていないから、もしかしたらいるかも。
「お嬢さんがどうかしたのかい?」
「ルドがお嬢を泣かしたんだ」
その瞬間、婆ちゃんの綺麗な若草色の瞳が金色になった。
瞳の色が変わるのを今までに見たことがなかったから凄く驚いた。
「あのお嬢さんが泣くだって? どんな酷いことをされたんだい?」
婆ちゃんから放たれる威圧感に喉がつまる。
これがドラゴンの力。
「マイガーさんにバネッテ様!」
婆ちゃんの威圧感が消えたのと、お嬢の声が聞こえたのは同時だった。
「お嬢さん、泣いたって聞いたよ!」
「あ、ああ、それは……はい。あまりにも自分が不甲斐なくて」
お嬢の言葉に俺は更に驚いた。
「はぁ? お嬢は微塵も悪くないじゃん!」
「いえ。殿下はお忙しい方なのに甘えた上に、冗談で言った言葉を真に受けて怒ったりして……殿下にあんな辛そうな顔をさせてしまいました」
ルドはただの嫉妬で酷いことを言ったって後悔してた。
お嬢はお嬢で後悔してるルドの顔を見て自分が傷つけたと思っている。
なんだそのケンカ、早く仲直りしなよ。
「ルドがお嬢を探しに行こうとしたのを、俺が若様に言われて椅子に縛りつけて邪魔しちゃったんだ。ごめんねお嬢」
俺が謝れば、お嬢は目をパチパチしてから本当に嬉しそうに笑った。
その可愛い顔はルドに見せてあげてほしいな。
「いいえ。探そうとしてくださったのが解ってほっとしました。呆れられて嫌われてしまったかと」
「それは無い。あいつ、もう死んじゃいたいってぐらい後悔してたよ」
お嬢は困ったように、眉を下げた。
「死んでしまわれては、私が困りますわ」
「なら、早く仲直りしないと! ちゃんと何であんなこと言ったのかも聞いてあげて、馬鹿な理由だからぶん殴ってやって」
本当に二人は世話がやける。
俺の大事な二人なんだから、仲良くしてくれなきゃ困るよ。
「マイガーさん、ありがとうございます」
お嬢は俺にお礼を言い足早に去っていった。
「お嬢さんは大丈夫なのかい?」
立ち去るお嬢の背中を心配そうに見つめる婆ちゃんに俺は笑顔を向けた。
「大丈夫、ルドはお嬢が思ってる以上にお嬢が大好きでお嬢はルドが大好きだから」
「マー坊もだろ?」
俺の好きはそういうのとは違うんだって最近気づいたんだよね。
「辛くないか?」
心配そうに俺の頭を撫でる婆ちゃん。
「辛くないよ。でも、ありがとうね」
そう言ったのに婆ちゃんは頭を撫でるのをやめないし、なんなら抱きしめてもくれた。
こんなに俺のこと大事にしてくれる人、婆ちゃん以外にいない。
甘えたい時に甘やかしてくれる。
調子にのって抱き締め返したら慌てて離れようとする。
真っ赤な顔でオロオロして、凄く可愛い。
しまいには俺の頬っぺたをつねりだした。
「離せ〜」
頬っぺたつねられるのって俺からしたらご褒美だよ。
思わずにやけた顔してしまう。
「なんて顔してるんだい!」
シワだらけの婆ちゃんでは、あまり解らなかった表情の変化とかめちゃくちゃ可愛い。
婆ちゃんは知らない。
お嬢とルドがどんどん仲良くなる中、俺のお嬢に対する好きはルドに対する好きと一緒ってことに気づいた。
そして、婆ちゃんに対する好きは全然違う特別な好きって感情だって。
若い姿でなくても、婆ちゃんの反応は凄く可愛い。
見た目若造の俺が、見た目年寄りの婆ちゃんに好きだって言っても揶揄ってるとしか思われないから、死ぬまで一緒にいるには介護するってことだと思ってたのに。
俺がバンシーの血族だから年齢とか関係ないのかな? って悩んだりもしたのに。
若くなれるとかマジでなんなの?
余計な奴らが婆ちゃんの可愛さに気づいちゃうじゃん。
「マー坊、ちょっと! 離れろ!」
「婆ちゃん顔赤いよ? 大丈夫?」
「……大丈夫だよ! だから、離しておくれ」
婆ちゃんは俺だけのものなのに。
でも、婆ちゃんは俺の愛なんて信じてくれていない。
まあ、仕方ないと思う。
婆ちゃんは俺がバンシーの血族だって知らなかったし、見た目がお婆ちゃんだったから惚れるなんて考えてないんだ。
でも、俺だって感情のオーラぐらいならちょっとだけ感じることができる。
この人は今、負の感情を持っているとか好意的だとか。
でも婆ちゃんはいつでも好意的な感情を俺に向けてくれる。
婆ちゃんはお婆ちゃんでこんな若造に告白されても困ると思ったから我慢してあげてたけど、今は姿形とかじゃない存在だと解る。
気長に俺の好きを自覚させればいい。
「婆ちゃん、大好きだよ!」
抱きついたままそう言えば、婆ちゃんは顔をこれでもかって赤くして、俺の顔面を掌で叩いた。
地味に鼻が痛いけど、嬉しい。
「からかうんじゃないよ!」
そういいながら俺のオデコをテシテシ叩く。
この、大した痛みの無い攻撃も、たまらなく可愛い。
俺がどれだけ婆ちゃんを大事に思ってるか、これからゆっくり解らせる。
覚悟しといてね婆ちゃん。
俺はそんなことを考えながら婆ちゃんとの二人きりの時間を噛み締めたのだった。




