初めてケンカしました
殿下とケンカしました。
朝から殿下のことだけを考えお菓子を焼いた自分がバカみたいだ。
殿下に会いたいと思って周りが見えていなかったのだ。
殿下はいつもとなんだか雰囲気が違った。
忙しいのにやってきて、面倒な話をしようとした私にイライラしたのだろう。
『君はいつからお金にならないことをするようになったんだ?』
そう言われて、頭に血が上って急激に下がった。
普段の殿下なら女性に対して嫌味なんて言う人ではない。
イコール、私が言わせてしまったのだ。
殿下の執務室の机の上は書類でいっぱいだった。
疲れていて、冗談のつもりで言ったのかもしれない。
言った瞬間、殿下は後悔した顔をしていた。
言うつもりの無い言葉を私が言わせてしまった上に、その嫌味を真に受けて怒ってしまった。
殿下にあんな顔をさせたのが私だと思ったら涙が溢れた。
泣くなんて、心配してくれと言っているようなものだ。
絶望で今にも倒れそうな顔の殿下を、私は一人置いてきてしまったのだ。
追いかけてこないのも、冗談の通じない私に呆れてしまったからに違いない。
こんな面倒臭い女、嫌われてしまっても仕方がない。
そう思った瞬間涙が止まらなくなった。
私ばかり殿下を好きで困る。
謝れば許してもらえるのだろうか?
私ならこんな面倒なやつもういらない。
涙のせいで正常な判断ができなくなっている。
「ユリちゃん?」
リーレン様の声に涙でボロボロの顔を声のした方に向ける。
「ユリちゃん! どうしたの! あらあらまあまあ、誰に何をされたの? おばちゃんが氷像にしてあげる!」
リーレン様の物騒な言葉を理解する前に近づいて気遣ってくれる彼女に抱きついてしまった。
「ちょっとゆっくりできるところで話しましょう!」
リーレン様はそう言うと私を軽々とお姫様抱っこして走り出した。
連れて行かれたのは王妃様のプライベートルームで、人を今にも殺してしまいそうな顔の王妃様と国の一つでも滅ぼしそうな金色の目をしたリーレン様と何故か青い顔で小さくテーブルの端にいる国王陛下が私の話を聞いてくれた。
「あらあらまあまあ、犯人はルーちゃんだったの〜」
ボキボキと指を鳴らすリーレン様の目はさっきから金色でギラギラしている。
「あの子ったら一回死んじゃった方がいいんじゃないかしら〜」
王妃様も扇が今にも折れそうなほど両手でしならせている。
「まあまあ、ルドニークも何かあったのかもしれないだろ?」
「「陛下はどっちの味方なのかしら?」」
リーレン様と王妃様に睨まれ国王陛下は口をつぐんだ。
「私が悪いのです。お忙しいと解っていたのに質問しにいくなど面倒だと思われて当然です」
殿下なら許してくれると安易に思って、思った反応を返してくれないからと怒って泣いて最低だ。
私が落ち込む中、リーレン様と王妃様がわざわざ私の横にきて背中をさすってくれる。
「それにしたって言い方ってものがあるでしょ! ねぇ、陛下」
「はい」
リーレン様の威圧感に陛下の顔色は真っ青だ。
「デリカシーって言葉、うちの子は知らないのかしら? ねぇ、陛下」
「はい」
威圧感はリーレン様だけでなく王妃様からも出ている。
「ワシ、一走りルドニーク連れてくるから煮るなり焼くなり馬にくくりつけて引き回すなりするといい!」
爽やかな笑顔を私に向けてくる陛下の顔はやはり青い。
「いえ、大丈夫ですわ」
これ以上私のために陛下の時間を割いてもらうわけにはいかない。
「ルドニークの顔を見るのも嫌か!」
違うと言いたいのに、陛下は解ってる解ってると言って私に話させてくれない。
「大事な婚約者が泣いているのに追いかけてこない薄情な男なんか会ってやることはない!」
陛下がそう言って豪快に笑ったが、私の目からは更に涙が溢れた。
大事な婚約者が泣いているのに追いかけてこないのは、大事ではないからでは?
自分の日頃の行いを改めて考えてみれば、大事な婚約者なんて思われているとは到底思えるわけがない。
「ち、ちょっと陛下! なんてことを言うの!」
リーレン様の怒気が伝わってくる。
「ルドニークのデリカシーの無さは貴方譲りだったみたいですわね〜。余計なことを二度と口にできないように針と糸を侍女に持ってこさせましょうね」
「へ?」
「だって、縫い付けないと余計なこと言うんですわよね?」
王妃様が国王陛下の唇を右手で掴んだ。
国王陛下は首を横にプルプル振る。
「じゃあ、部屋の隅に座って反省してくださいませ」
国王陛下は考えることを放棄したのか、部屋の隅で正座しはじめた。
国で一番偉いのは王妃様なのかもしれない。
「そうだわ! ルドニークのことだから、ローランドに貴女を泣かせてしまったことを報告して、ボコボコにされているのかもしれないわ!」
ありえるかもしれない。
お兄様ならやりそうだし、殿下なら甘んじてそれを受けそうだ。
私は心配になり立ち上がった。
「私、殿下が無事か見てきますわ」
泣いている場合ではない。
私は殿下が心配で走り出した。
後に残された三人が優しく笑っていたことにも気づかずに。