はじめての…… 王子殿下目線
俺の婚約者は日々可愛くなっている。
特に俺に向ける照れたような笑顔は本当に可愛い。
出会った頃は企んだような笑顔しかしてくれなかったが最近は本当に可愛い笑顔をくれるようになった。
独り占めしたいと思ったって仕方ないと思うし、その権利を俺は持っている。
婚約者なんだから、持っている。
持っている……はずだ。
それなのに、独り占めするためにデートに誘えば必ず仕事の視察のようになったり、ユリアスの商魂にダイレクトアタックしてくる素材や品物を見つけて人が集まってくる。
独り占めしたいと思っているのにだ。
二人きりで過ごすことがこれほど難しいというのはどういうことだ?
むしろ、ユリアスの元婚約者のラモールの浮気の証拠集めをしていた時の方が二人になれた。
なんだか悲しくなってきた。
この前、デート用にお洒落したユリアスは本当に可愛かった。
ドラゴンと出会うなんて、天災みたいなことが起きるなんて想像すらしていなかった。
あれから二人きりになれていない。
ユリアスが常にドラゴンと一緒にいる気がする。
ユリアスは俺の婚約者なのに。
執務室の自分の机に突っ伏す。
ユリアスの婚約者になれて、可愛い顔を沢山見せてくれるようになってから、だいぶ欲張りになってしまった。
前は笑ってくれるだけで幸せな気持ちになれていたのに、今は俺の横で笑っていてほしいのだ。
その時、執務室にノックの音が響いた。
入室の許可を出せば、今一番聞きたい彼女の声がした。
「殿下、少し休憩いたしませんか?」
手に差し入れらしきバスケットを抱えたユリアスが入ってきた時は抱き締めてしまいたい気持ちになった。
「今日は、一人か?」
「はい。少し殿下とお話したくて」
俺の婚約者が可愛くて辛い。
「君はいつからそんな可愛いことを言うようになったんだ?」
「何を言ってるんですの? 私はバネッテ様のお話がしたくてきたんですわ」
少し顔を赤らめて可愛い反応なのに、またドラゴンの話なのか?
テキパキとお茶とお菓子の用意をしながらユリアスはゆっくりと話始めた。
「マイガーさんがバネッテ様を意識してくれるのではと思うことを色々と始めたのですが、私では男性の気持ちはまだ勉強不足で殿下にアドバイスをいただけたらと思っているのですが」
何故他の男の機微を気にして俺に聞く?
せっかく二人になれたのに考えるのは他の男のことなのか?
最近の激務も相まってイライラする。
「君はいつからお金にならないことをするようになったんだ?」
ユリアスの淹れてくれたお茶を飲んだ瞬間、なにを言ったのかを自分で理解した。
ユリアスに視線を移せば信じられないものを見るような目で俺を見ている。
これは駄目だ。
「ユリアス、あの、違」
ユリアスはキッと俺を睨んだ。
「殿下は私がそれ以外のことを考えていないと思っているのですね」
「違うんだ、そうじゃなくて」
「気分が優れないので……失礼いたします」
目に涙を浮かべたユリアスは俺の伸ばした腕から逃げるように執務室を出て行ってしまった。
自分の口から出た最低な言葉に今すぐ死んでしまいたい気持ちになり、一歩も動けなかった。
何であんなことを言ってしまったんだ?
考える必要もない。
ただの嫉妬だ。
ただの嫉妬でユリアスを傷つけてしまった。
自分の愚かさに吐き気すらする。
目の前が真っ暗になり俺は執務室のソファーに腰掛けた。
俺は最低だ。
大事な婚約者を泣かせてしまった。
絶望の中執務室のドアが勝手に開いたのが解った。
ユリアスが戻ってきてくれたのかと思って顔を上げるとマイガーがキョトンとした顔でこっちを見ていた。
「あれ? お嬢は?」
その言葉に心臓を抉られた。
「ユリアスが朝から殿下に差し入れをすると言って早起きしてお菓子を焼いていたのですが、きませんでしたか?」
マイガーの後ろにいたローランドの言葉は俺に止めを刺した。
俺は二人の前で土下座した。
「俺は最低だ。殺してほしい」
俺を殺してくれるのはこの二人しかいないと本気で思った。
「殿下? 何があったのです?」
俺の土下座に慌てて駆け寄ったローランドが俺の背中をさする。
「話てくれよ兄弟」
マイガーも優しく笑ってくれる。
俺は二人に優しくしてもらえるような立場ではない。
早く話て殺してもらおう。
俺はさっきの出来事をマイガーの名前を出さず、ドラゴンの話ばかりで嫉妬したと説明し、最低な言葉の上ユリアスを泣かせてしまったことをちゃんと話した。
話を聞いた二人は何故か黙りこんだ。
ボコボコに殴られる覚悟で言ったせいで拍子抜けもいいところだ。
「ユリアスの兄としては今すぐ城の天辺から突き落としてしまいたい話ですが、僕もマニカ様としばらく会えず久しぶりに会って他の人間の話などされれば嫉妬で何をするか自信はありません」
何かとはなんだ?
俺の幼なじみに酷いことをしてくれるなよ。
人のこと言えた義理ではないが。
「とりあえず早く謝った方がいいよ」
マイガーが苦笑いを浮かべる。
お前のせいだと言ってやりたい。
だが、言ってしまったらユリアスの計画の邪魔をすることになる。
今は口が裂けても言えない。
「ユリアスを探してくる」
俺が立ち上がると、ローランドはニッコリと笑った。
そして、ゆっくりと言った。
「良い心がけですが、仕事が溜まっているので殿下をここから出すことはできません」
「はぁ?」
「マイガー、やれ」
ローランドの言葉にマイガーが俺を椅子に縛り付ける。
「ごめんよ兄弟、俺、若様怖いから逆らえないんだ」
「ふざけるな」
ローランドがいい笑顔を俺に向ける。
「ふざけるなはこちらの台詞です。最近ユリアスを膝に乗せたりイチャイチャしすぎなんですよ。しばらく拗れていればいいじゃないですか」
ローランドは俺の味方ではないことが今ハッキリ解った。
「マイガー」
助けを求めるようにマイガーを見ればいい笑顔を向けられた。
「お嬢は俺がちゃんと慰めておくから心配しないで!」
こいつも敵だ。
そう思ってもすでに椅子に縛られているせいで動けない。
そんな俺に手を振るとマイガーは執務室を出て行った。
「仕事が終わったら解いて差し上げます。キビキビ働いてください」
ローランドは口元をニンマリと引き上げた。
悪魔だ。
俺はその時、ユリアスを傷つけてしまうと死ぬよりも辛い目に遭うことを実感したのだった。