番になりたい人 バネッテ目線
小さな人間に、恋をした。
笑っていてほしくて、私のできることは全部やってあげようと思っていた。
何をしてもこの恋は実ることはない。
そう思っていた。
何せ小さな人間には最初から好きな人がいたからだ。
それでも、少しでも近くにいたいと思った。
恋とは苦しいものだと知った。
何度も諦めようと思った。
それができないから恋とは厄介なのだ。
喧しいドアを叩く音で、目が覚めた。
嫌な夢を見た気がする。
「ババア開けろ! 妹の熱が下がらねぇんだ」
滅多に人は来ない場所だが絶対に来ない場所じゃないここには医者に行けないようなあまり金の払えない人間が薬を求めてくる。
「煩いね〜見てやるから静かにおしよ!」
私がドアを勢いよく開けるとドアを叩いていた男が妹と思しき女の子を抱えて立っていた。
「見せな」
呆然とする男を無視して女の子の首筋に手をあてる。
「口開けて、あーって言えるかい?」
弱々しいが言われた通りにする女の子はどうやら風邪のようだ。
「よく頑張ったね〜薬をすぐ作ってあげるからこれでも食べて待ってな」
私は女の子の開けたままの口に飴を入れてあげる。
蜂蜜とハーブの飴だから喉が少し楽になるはずだ。
「あ、あんた……ここにいた妖怪みたいなババアはどうした?」
妖怪みたいなババアとは失礼だ。
だが、そこで私が若い姿でいたことを思い出した。
「孫だよ。婆さんが旅行に行ってる間家を任されてるんだ」
マチルダさんに言われた通りに言えば男も納得してくれた。
「いや〜あのババアじゃない婆さんの孫がこんなに美人とは驚きだぜ。妹を助けてもらったお礼に飯でも奢らせてくれよ」
「いらないよ。それよりこの子に栄養のあるものを食べさせておやりよ。子供は国の宝だよ」
私はそれだけ言って奥の調合台に薬を作りにいった。
それからというもの、やたらと人がやってくるようになった。
「大したことないやつらは帰りな!」
「な〜バネッテがデートしてくれたらこの動悸も治ると思うんだ」
「俺も俺も」
はっきりいって面倒だ。
「そんなことじゃ病気は治らないよ! あんまり酷いようなら医者にいきな」
面倒すぎて婆さんの姿に戻りたい。
「婆ちゃん、遊びに来たよ?」
マー坊が遊びに来てくれたというのに今は忙しい。
「悪いね。今混んでいるんだよ」
マー坊はしばらく黙って状況を見てからいった。
「手伝う」
「助かるよ」
マー坊は元気そうな男達をテキパキと外に連れ出してくれた。
それだけでもだいぶ楽になる。
「バネッテちゃんのお婆ちゃんの薬は本当によく効くよ。ここで薬を売ってくれて助かってるんだよ」
近くに住む大家族の母親にはよく薬を売ったりお菓子を作って持って行ったり、おかずを作りすぎたと持ち寄ったりしていた。
それもあってか、ご近所の奥さん達は何かあれば私を頼ってくれるようになっていた。
「お婆ちゃんいつ帰ってくる?」
小さな子供もお婆ちゃんはお菓子をくれる人だと思っているに違いない。
ようやく人がいなくなり、手伝ってくれたマー坊にお茶とお菓子を出してあげた。
「婆ちゃんは婆ちゃんの姿でいた方が良いよ! 変な男達が寄ってきて嫌でしょ!」
なんだか不機嫌なマー坊に嫉妬してもらえたような気がして嬉しく思ってしまう。
「ちょっとある人に若い姿でいるようにいわれてね」
「誰そいつ! 婆ちゃんが危険な目に遭ったらどうすんの?」
心配してくれているのが解ってやっぱり嬉しい。
「マー坊、私はドラゴンだよ。人間なんかにどうこうされたりしないよ」
実際よくて相手を大怪我をさせるイメージの方ができる。
「そうかもしれないけど」
マー坊は不貞腐れた顔だ。
「それいったのって婆ちゃんの好きな人?」
「違うよ」
「その人は婆ちゃんを幸せにしてくれんの?」
マー坊はクッキーを三枚重ねて口に入れた。
私はお茶のお代わりを入れながらいった。
「さあ、どうだろうね。ただ、一緒にいるだけで私は幸せな気持ちになるよ」
「ふ〜ん」
私はマー坊の頭を乱暴に撫でた。
「ちょっと、婆ちゃん何?」
「何拗ねてるんだい」
「別に〜」
マー坊は口を尖らせていたが、私に頭を撫でさせてくれた。
こういうところが可愛くて困る。
若い姿でいるようになってお嬢さんもよく家に来るようになった。
お嬢さんがいる間はいつもくる冷やかしの男達もサボっていると思われたくないのか、家に寄り付かなくなる。
なんとも便利な人だ。
「頭痛はよくなったのかい?」
「はい。バネッテ様のおかげですわ」
顔色も悪くないから嘘をついているわけではないのだろう。
ハーブティーを淹れながらお嬢さんの方を見れば、お嬢さんは私の方を見ながら何かを描いている。
「何を描いてるんだい?」
「バネッテ様は美しいので、創作意欲が湧くのです! 私の店は可愛い系の服や靴が多いので、今度立ち上げようと思っているブランドはセクシー系にしようと思っているんです」
「で、なんで私の家で新ブランドの構想を練ってるんだい?」
お嬢さんはニッコリ笑った。
「バネッテ様に着せたい服や履かせたい靴を描いているからですわ」
なんだかお嬢さんの笑顔が怖い気がする。
「勿論モデルをしてくださいますよね?」
何故モデルをすることになっているのか?
だが、逆らってはいけない気迫を感じる。
「ちなみに今は何を描いてるんだい?」
「ハイヒールです! コンセプトは〝踏まれたいほどセクシーな靴〟ですわ」
それは、売れるのか?
「そのうちマイガーさんが買ってくれると信じています」
何故マー坊?
私が首を傾げると、お嬢さんはニッコリと笑った。
「……マイガーさんはセクシー系が好きなはずですから」
何かを誤魔化された気がするのは気のせいだろうか?
「そんなことよりバネッテ様は赤も黒も似合いそう! カラーバリエーションは原色に近いもので考えたいですわね」
あからさまに話を逸らした気がする。
「モデルなんてママに頼めばいいじゃないか」
私の言葉にお嬢さんは慈愛に満ちた笑顔でいった。
「勿論リーレン様も美しい方です。ですが、娘が異種族に恋をし姿をくらませ何処にいるかも解らない状況に心を痛めてらした姿を見てきましたのでお仕事を頼むなんて……むしろ心配ばかりかけて姿を眩ませたバネッテ様にはそれ相応の対価があってよろしいのでは?」
「対価?」
「勿論、慰謝料請求いたします」
私は首を横にゆっくり振った。
「慰謝料請求できるのはママだろ」
言い返した私を気にもとめずに続けた。
「そうです。リーレン様はバネッテ様を心配して泣いてらしたのですから」
そう言ってお嬢さんは私に自分の付けているイヤリングとネックレスを見せた。
それはドラゴンが泣いた時に出る石だった。
「ママが泣いたの?」
私は自分の行いを反省した。
「それに、私もストレスで円形脱毛症になりました! ちょっとモデルをするぐらいの慰謝料請求してもバチは当たりませんわ!」
お嬢さんは首の近くの髪をかきわけて見せた。
小さな円形のハゲができている。
恨めしそうに見るお嬢さんに逆らえるやつが何処にいる?
「モデルをやれば満足なのかい?」
お嬢さんはこれ以上ないってほど美しい笑顔を作った。
「はい! とりあえずは」
これは、絶対に満足していないやつでは?
その日、私は敵にしてはいけない人間がいることを知った。