仲間は多い方がいい
私とリーレン様とバネッテ様は一緒にお茶を飲んでいた。
「マー君は強敵ね」
リーレン様の言葉に同意見である。
基本、マイガーさんの中でバネッテ様はお婆ちゃんで孫気分なのだ。
下手にお婆ちゃん歴が長いせいで今や女神のような美しさなのに、お婆ちゃん扱いである。
「どうにかならないかしら?」
リーレン様がお手上げなら私だってお手上げである。
「仲間を増やしましょう」
私では力不足だ。
ここは助っ人のところへ行こう。
私は急いで私の店であるアリアドの二階に二人を連れて行った。
勿論マイガーさんが戻ってきても立ち入り禁止だと店長であるオルガさんに頼んで。
「あらあらまあまあ! マチルダじゃない!」
「リーレン様ではございませんか! ご無沙汰してます」
そうか、マチルダさんは元々王妃様の侍女で殿下の乳母をしていたからリーレン様とは顔見知りなのだ。
「師匠の知り合いですか?」
バナッシュさんが口を開くと、マチルダさんはバナッシュさんの頭を押さえつけるように頭を下げさせた。
「失礼をいたしました」
「いいのよ! それより、バネッテを紹介させて! 私の娘なの」
「リーレン様の! それはそれはお初にお目にかかります。マチルダと申します」
バネッテ様は慌てて頭を下げた。
「こちらのバネッテ様の恋愛相談に乗ってほしいのです」
マチルダさんはニッコリと笑ってお茶を淹れますねと言って一旦奥に行き、お茶の用意をして戻ってきた。
「さあ、話を聞きましょう」
マチルダさんが優雅にお茶を口にするのを見ながら私は口を開いた。
「バネッテ様がマイガーさんに片思いをしていまして」
マチルダさんは霧状に口に含んだ紅茶を吹いてしまった。
「師匠汚い!」
バナッシュさんが雑巾を探して右往左往している。
「マイガー、ですか?」
右手の甲で口元を拭いながらマチルダさんはリーレン様を見る。
「実はね〜」
リーレン様は井戸端会議のノリでこれまでの経緯を話た。
話が終わった時、マチルダさんは頭を抱えテーブルに突っ伏していた。
しかも、バナッシュさんが横で笑いを堪えている。
「バカ弟子笑ったら蹴る」
「ち、ちょっとトイレ行ってきまーす」
バナッシュさんが急いでトイレに駆け込んだが、爆笑しているのが聞こえている。
「戻ってきたらあいつは蹴り上げる」
マチルダさんは大きく深呼吸をするとバネッテ様を呆れたように見た。
バネッテ様は何を言われるのか警戒していた。
「とりあえず、バネッテ様はお婆ちゃんスタイル禁止、他の人達には孫だって嘘ついとけばいいので、まずそこからやりましょう。いいですね!」
ポカンとするバネッテ様にマチルダさんは腕を組んで立ち上がった。
「私以上にマイガーのことを解っている人間はこの世にはいませんのでお任せください」
マチルダさんの気合いにオロオロするバネッテ様。
「あ、言い忘れちゃってごめんね、こちらのマチルダはマー君のママさんなの」
リーレン様が思い出したと言わんばかりに言った言葉に、バネッテ様の顔色が真っ青になった。
私がマチルダさんとバナッシュさんに恋愛相談を常にしているために連れてきたが、好きな人の母親に恋愛相談をするのはダメだったかもしれないと今更気づいた。
「実際息子に片思いの子にアドバイスなんてなんだか複雑ですが、よくよく考えたら、お似合いだと思うわ。だって、ドラゴン様より生きるかは解らないけど、うちの家系もパートナーが先に死ぬ問題が課題みたいなところがあるからね」
マチルダさんは苦笑いを浮かべた。
「私の母親も今年二百九十七歳ですが、未だにピンピンしてますから。それを考えたら似た時間を過ごせる相手を見つけられる方が幸せじゃない?」
マチルダさんはニッコリと笑った。
「息子の幸せのために私はバネッテ様の味方になります」
こうして、マチルダさんが仲間になった。
ようやくトイレから帰ってきたバナッシュさんがお尻を蹴られていたのは、私は見ていないことにした。
その日から、バネッテ様はお婆さんスタイルをしないようにしている。
元々滅多に人のこない地域なのもあって、お婆さんスタイルを封印しても大した影響も今のところないみたいだ。
マイガーさんは今までと何も変わらずに接してくれているらしい。
まあ、それではダメなのだが。
学園の昼休み、昼食を食べた後殿下を呼び出した。
私は気になっていた疑問を殿下に投げかけた。
「殿下はマイガーさんがバネッテ様に恋心が無いって気づいてらっしゃいますか?」
「は?」
今の反応だけで殿下が理解していないのが解った。
私は殿下にこれまでの経緯を話して聞かせた。
話が終わるころ殿下は頭を抱えていた。
マチルダさんと似た反応である。
「殿下も、協力してくださいますわよね?」
聞けば殿下も頷いてくれた。
「はっきりいって、マイガーの場合気づいてないだけで絶対バネッテ様が好きに決まっている。きっかけさえあればな」
殿下もちゃんとマイガーさんがバネッテ様を好きだと思っている。
「殿下はやっぱり、マイガーさんの弟なのですわね」
しみじみ呟く私に殿下はムッとした顔を向けた。
「弟と言うのがなんだか納得いかないが……生まれたのは確実にマイガーの方が先だからな。弟で我慢してやっている」
私はクスクス笑ってしまった。
「笑い話ではない」
拗ねたように言う殿下が愛しいと思った。
「ユリアス」
「すみません。あまりにも殿下が可愛くて」
殿下は凄く嫌そうな顔である。
「……可愛いは褒め言葉じゃないぞ」
更に拗ねたように視線を逸らす殿下に私は言った。
「褒め言葉ですわ。現に私は今殿下が愛しくてたまりませんから」
私がそう言えば殿下は周りをキョロキョロと見まわしてから私を抱きしめた。
「可愛い顔で言えばなんでも許されると思っていないだろうな?」
「可愛い顔は殿下ですが?」
「嬉しくないと言っているだろ」
「殿下は可愛い殿下は可愛い」
「嫌がらせだ」
私は殿下の胸元に額を擦り付けた。
「大好き」
聞こえるか聞こえないかわからないぐらい小さな声で伝えれば殿下の抱きしめている方の手に力がこもった。
「今のは卑怯だ」
悔しそうな殿下の声が耳元で聞こえる。
ドキドキするから止めてほしい。
しばらく抱きしめあっていると予鈴の音が聞こえ名残惜しいが離れた。
「いつもいいところで邪魔が入る」
そう言いながらも殿下の顔は幸せそうに見えた。
「この続きはまたいずれ」
「今の言葉忘れないからな」
こうして、殿下もこちら側に引き入れることに成功したのであった。